花村元司九段の機転

将棋世界1988年6月号、内藤國雄九段の「自在流 スラスラ上達塾」より。

 ゴルフのテレビを見ていると、青木功と岡本綾子が組んで、外人勢と戦っている。

 その時二人はこんな会話を交わしていた。

「この試合はお遊びだもんね」

 これを聞いて驚いた。千数百万円の賞金がかかっているということは別にしても、おおぴらにこんなことを言っていいのかと思ったのである。

 そこで将棋とゴルフの違いについて考えさせられた。

 将棋の場合も気楽な試合がないことはない。

 消化試合と呼ばれる、昇級降級が決まった後のリーグ戦。将棋祭りやデパートなどのエキシビジョンとして行う対局などである。

 しかしそれでもファンを前にして、

「負けても、何ともないもんね」などと言おうものなら忽ち総すかんを食ってしまう。

 テレビ将棋の感想戦で、「時間の短い将棋だからこう指した」と言っただけで、感じが悪いといわれるファンが多いのである。

 いつだったか、デパートの席上対局の時であった。解説は故・花村九段。

 九段は当意即妙と出たら目とがいりまじって、どちらとも区別のつかない洒脱な人であったが、しゃあしゃあとこう語ったものだ。

「皆さん、対局者は気楽そうに指しているが内心は必死なんですよ。これは永久に棋譜が残る公式試合だから、両者絶対に負けられない一局なんです」

 対局者の私はビックリした。こんな見えすいたウソを言っていいのか、と心配したのだが、そのとたん場内の空気が変わってきた。

「ほおー」というどよめきとともに、勝負の雰囲気が盛り上がってきたのである。

 自然それが対局者に伝わって、その日は特に熱のこもった将棋の展開となった。

 故九段の機転が場を盛り上げ面白くしたのであった。

 決闘というと大げさだが、将棋は真剣勝負の味がないとファンからそっぽを向かれる。そういう気がする。

(以下略)

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百戦錬磨の花村元司九段の真骨頂。

「嘘も方便」の代表的な成功事例だ。

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デパートの将棋祭りが行われるのは夏真っ盛りの時期。

夏真っ盛りになると、いつも気になることが一つある。

「立秋」という言葉の使われ方。

ニュース番組などを見ていると、「今日は立秋、暦の上では秋に入りました」、「立秋を過ぎても暑い日が続きます」などと話されることが多い。

私は高校時代に天文研究会に入っていてその時に読んだ「天文年鑑」という本に、立秋(8月7日頃)=夏の頂点と書かれていた。

夏らしさのグラフがあったとして、グラフの傾きが8月7日が0で、それ以前がプラス、それ以降がマイナスなんだなと、習ったばかりの微分を思い出しながら納得した。

夏らしさが8月7日頃に向かってどんどん積み上げられて、8月7日頃を境に夏らしさが減っていくということだ。

だから、8月7日頃は夏の頂点になるわけで、立秋が過ぎてからも暑いのは当然なことになる。

これは、立春(2月4日頃)、立夏(5月6日頃)、立冬(11月8日頃)についても同様。