将棋世界1984年8月号、谷川浩司名人(当時)の今期名人戦を振り返って「調子の差が勝負を分けた」より。
名人戦は、4勝1敗という望外の成績で防衛することができた。
森安八段とは、名人戦までの対戦成績は8勝6敗。殆んど五分なので、この七番勝負でも最終局までもつれこむことを覚悟していた。
両者の調子の差が出たシリーズと言えそうだ。私の方は、今年初めから、全日本プロ優勝をきっかけに不調を脱し、8割近い勝率をあげていたのに対し、森安八段の方は、昨年棋聖を獲得されてからの好調を、棋聖戦・棋王戦の対米長戦の敗戦で、調子を落とされていたからである。
戦型的には、四間飛車が4局、変型向飛車が1局。
第1局は、森安-谷川戦(名人挑戦リーグ)。第4局は、第1局。第5局は、谷川-森安戦(全日本プロ)と淡路-森安戦(名人挑戦リーグ)に酷似。というように、参考資料は多かったと言える。
対振飛車を5局戦って、改めて感じたことは、当たり前だが、一気に攻め切ることは不可能、ということである。
仕掛けて、一段落して、それからの戦いが重要、という感じである。1・3・4局などは、この辺で形勢が分かれたようだ。
2・5局は、終盤もつれたが、森安八段の疑問手に助けられた。この2局は、森安ペースで進んでいただけに、やはり、タイトル戦疲れかもしれない。
どうも、米長三冠王のおかげで勝たせて頂いたようなものだが、その米長三冠王に、棋聖戦で挑戦できるとは、我ながら運の良さに驚いてしまう。
名人戦が終わって、休む暇もなく棋聖戦だが、こちらの方も、楽しく指せるのでは、と思っている。
やや話がそれてしまったが、それでは名人戦の5局を振り返ってみたい。
第1局 4月11、12日 川崎市民プラザ
初戦は、やはり得意戦法でということで、四間飛車対4六銀戦法は予想通りである。
1図は、私も好きでよく指している攻め方である。
以下、△2二角に▲4五銀△4三銀▲3二飛成△同銀▲4四銀の強攻が成立するか、一度試してみたくて、第1局の2日前にも研究していた。その通り進んでゆくので驚いたが、結局、本シリーズ中、その順は遂に実現しなかった。
実戦は、1図以下△4五歩▲3三角成△同飛▲8八角△3五歩▲5七銀引。そこで△2二角が森安八段らしい一着である。
驚いたことに、この形は森安八段も研究しておられて、△2二角はNHKテキストに既に原稿を書かれたそうである。ただ、その将棋は振飛車側先番で、居飛車側▲6八金直の一手が入っていなかったので、事情は違う。
△2二角から、▲3三角成△同角▲6六歩△6五歩▲6七金右△6六歩▲同銀△6五歩▲7七銀で2図。
ここでの△5一金寄▲5七銀△4一金が、個性を出しすぎたと森安八段が感想で言われた手だった。△2五歩ぐらいで互角だったと思う。
▲6六歩△同歩▲同銀右△6四歩▲7五歩となっては、結果的だが、駒の方向が違ってしまった。
以下は少し危いところもあったが、強く攻めてまずは快勝。本局は、終始谷川ペースで進んだ将棋だった。が、これからである。
(中略)
初防衛戦、私にとっても大事な七番勝負だった。昨年、名人位を獲得した時は、歴代名人の中でも、一番弱かったと思う。今回防衛して、ようやく「並の名人」である。
これからは、強い名人、と言われるよう、頑張りたい。
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芹沢博文八段(当時)が観戦記を書いた名人戦第1局について、谷川浩司名人(当時)が振り返っている。
芹沢八段が唸った▲2四歩は、1図に至るまでの研究手順の中の一手であったことがわかる。
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「昨年、名人位を獲得した時は、歴代名人の中でも、一番弱かったと思う。今回防衛して、ようやく「並の名人」である。これからは、強い名人、と言われるよう、頑張りたい」は、素晴らしい名言であると思う。
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将棋世界のこの号の巻頭クラビアは、初防衛を果たした谷川名人の特集で、撮影は弦巻勝さん。
- 1ページ目が「天下統一に乗り出した谷川浩司」のタイトルで、日本庭園に立つ凛々しい表情の和服姿の谷川名人。
- 2ページ目が、神戸元町の「延歌ター坊」にて、という小さなキャプションがついた次の写真。
突然、カラオケで歌っている写真!
- 3ページ目も「延歌ター坊」での写真。谷川名人の左側の女性は、キーボートを演奏する女性。当時は、ギターやキーボードなど、生演奏で歌うことも多かった。
この3ページ目の記事。
ニュータイプの王者
4勝1敗―。以外に思える大差だったが、本人にしてみれば予定通りなのかもしれない。とにかく、この名人戦を乗りきったことで、谷川株はまた大きく上がった。6月18日から始まった第44期棋聖戦では三冠王・米長邦雄に挑戦中。今の目標は天下統一に違いない。飲めば歌う―。現在のレパートリーは高田みづえの「秋冬」にチェッカーズの「涙のリクエスト」。女性と飲む機会は残念ながらあまりないそうだ。
- 4ページ目は「研究も怠りなし」のタイトルで、和服の谷川名人が和室で駒を並べているシーン。
1・4ページと2・3ページの雰囲気が非常に違っているのが面白い。
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それにしても、「延歌ター坊」、なかなか印象的というか、すごい店名だ。