井上慶太四段(当時)「ショックでした」

将棋世界1984年11月号、井上慶太四段(当時)の「棋士近況」より。

 8月から心機一転、坊主頭になりました。

 先日、使いでタバコを買いに行くと、タバコ屋の主人曰く「中学生に売るタバコはウチには置いとらんわい」。

 仕方なく違うタバコ屋に行くと、主人曰く「僕、齢いくつや」。

 ショックでした。

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この頃、坊主頭になっている棋士が多い。

芹沢博文九段が、禁酒を決意して坊主頭になっている。

真部一男七段(当時)は、「将棋指したるもの、大いに酒を飲み、大いに遊べ。ハメをはずせ」という「真部教」を提唱し、教祖になるために坊主になった、と言われている。

そして、その真部七段と一緒に飲みに行った大野八一雄四段(当時)が、酒場で真部七段よりも年上に見られたということで、やはり坊主になっている。

真部七段は31歳、大野四段は24歳であったにもかかわらず、坊主頭の真部七段が年下に見えたということで、大野四段もそれに対抗して坊主になったという。

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ネットで調べてみると、たしかに坊主頭は年齢よりも若く見えると、複数のサイトで書かれている。

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井上慶太四段(当時)が坊主になった理由は分からないが、井上慶太四段が髪を切る前の頃の写真が下の2枚。(将棋世界1984年6月号掲載、撮影は炬口勝弘さん)。

井上1

井上2

この頃20歳の井上慶太四段。「関西のアイドル」と呼ばれていただけあって、美男子であるとともに、とても若々しく見える。

17歳と言っても通りそうだ。

これで坊主になったのだから、たしかに中学生に間違われても無理はないかもしれない。

そもそも、坊主頭にならなくとも、タバコは売ってもらえなかった可能性が高いような感じもする。

どちらにしても、うらやましい話だ。

井上慶太九段が四段時代の意外なニックネーム

 

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