「阿久津君は女難の相がある、と言われてますよ」

将棋世界2000年1月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。

 第二対局室へ行くと、阿久津新四段対斎田女流三段戦(新人王戦)がある。これは阿久津四段のデビュー戦だ。

 いつも書くのだが、将棋界は十年に一人の割合で大天才があらわれる。とすれば、羽生につづく天才が出てきてもよさそうな頃なのだが、その気配がない。私は将棋界も日本経済と同じく、不況の時代に入ったと見ているが、そんななかで、あるいはの期待をいだかせるのが、阿久津四段である。今日は、颯爽たる勝ちっぷりを見せてくれるかと思ったらそうでなかった。

 1図は終盤の場面だが、ここでは斎田さんが勝勢になっている。

阿久津斎田1

1図以下の指し手
▲1三桂成△同桂▲同香成△同銀▲同馬△同歩▲同香成△2一玉▲4四桂△4五桂(2図)

溜めていた力を爆発させたような殺到ぶりである。▲1三桂成から馬も切って▲1三香成となっては、あらまし寄り形となった。

 △2一玉と逃げようとしたが、▲4四桂が厳しい追求。阿久津四段も、こうなってはあきらめざるをえない。△4五桂は形作りだった。

阿久津斎田2

2図以下の指し手
▲2二銀△同金▲同成香△同玉▲3二金△1三玉▲1九飛△1五歩▲1四歩(3図)

 まで、斎田女流三段の勝ち。

阿久津斎田3

 考慮5分で、斎田さんは詰みを読み切った。桂を手がかりとして残し、▲2二銀と打って詰みである。

 3図からは、△1四同玉、△2四玉のどちらでも、▲2五銀と打ち、△同玉▲2六銀△2四玉▲1五銀と出れば詰む。

 局後の検討を見ると、斎田さんが中盤以降実にうまく指している。最近にない会心の一局といえるだろう。

 阿久津四段は記念すべき一局を負けたわけだが、過去を思い出すと、大天才と言われた人達も、デビュー戦で負けた例が多い。だから気にすることもない。

 控え室で「阿久津少年は斎田さんの美貌に見とれたかな」と冗談を言ったら、「阿久津君は女難の相がある、と言われてますよ」の声があった。すると別の声が「むしろ女難の相があるくらいの方が、彼のためにいいんじゃないの」と言った。あまりに真面目すぎる、という意味なのだろう。

(以下略)

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野球の長嶋茂雄選手のデビュー戦は4打席4三振、王貞治選手はデビューから26打席ノーヒット。

華々しいデビュー戦というのは、意外と少ないものなのかもしれない。

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女難の相には、「女性にモテ過ぎることによっていろいろと災いが起きる可能性の高い相」という意味と「女性にモテるかどうか別として、女性から災いをもたらされる可能性の高い相」の二つの意味があり、ここで言われている女難の相は、前者の意味になるだろう。

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故・池崎和記さんは2006年の近代将棋に、「山崎さんはジャニーズ系、阿久津さんは銀幕のスター系という感じである」と書いている。

たしかに阿久津主税八段は、戦前の美男子映画スターという雰囲気がある。

阿久津八段のモノクロのブロマイドが浅草のマルベル堂に飾られていたとしても不思議ではない感じがする。

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そういう意味では、都成竜馬四段も現代的ではないイケメンの代表格かもしれない。現代的なイケメンの代表格は中村太地六段や斎藤慎太郎六段。

都成四段は、『太陽にほえろ』よりも前の時代の刑事ドラマの若手刑事のイメージ。昭和30年代のブロマイドの雰囲気か。

いろいろな個性があって面白い。