中原誠十六世名人「大山先生、升田先生は凄い迫力があったからね」

将棋マガジン1993年1月号、鈴木輝彦七段(当時)の「枕の将棋学’93」より。ゲストは中原誠名人。

鈴木 谷川さんにとっては、羽生君は20代前半の自分を見ている感じかもしれませんね。

中原 8歳違うと、同世代じゃないね。先輩と後輩、まあ大先輩ではないといったところで。

鈴木 中原先生はそういう人はいました?8歳位下で、自分の牙城をおびやかす人。

中原 うーん、いなかったねえ、そういえば(笑)。ぼくが45歳だから、36、7、8だね。

鈴木 あっ、ぼくらの世代ですね(笑)。

中原 そのあたりが頼りない(笑)。

鈴木 アハハ、それは恵まれたというか、良かったということもありますよね(笑)。

中原 あまり良くなかったんじゃない(笑)。その年代でしっかり守ってくれないと(笑)。

鈴木 なるほど(笑)。しかし谷川さんはしんどいですね。10歳ぐらい下の人が、もうタイトルを持って挑戦してくるのは……。

中原 そうだね。今回は勝負っていう感じだからね。

鈴木 今30歳でしょう。40歳までタイトルを持ち続けるっていうのは大変ですよね。だから、20年天下を取るという体制が、中原先生の時代よりも大変なんじゃないですか。

中原 時代のペースがどんどん早くなっているからね。

鈴木 谷川さんの年齢の時は、中原先生はちょうど米長先生と戦っていたころですよね。

中原 谷川さん、やりづらいんでしょうね。郷田君にやられたのも、結局それでしょう。

鈴木 同じ人とダブルでタイトル戦をやるのは、別の人と立て続けにやるよりも防衛側は楽だと言いますね。しかも棋聖戦で負かした後だから、王位戦は谷川乗りだと思っていましたけどね。

中原 うん、何だろうね。多少油断があったかなという気がしないでもないけど、それは本人しか分からないことだからね。

鈴木 郷田君の将棋の強さという点ではどうですか。奨励会を抜ける時にかなり強くなっていますけど。プロの将棋の強さはもまれて身についてくるところがありますよね。こういう若さでタイトルを取っちゃうのは、もうかなり強いんですか?

中原 そういう要素があるということだろうね。だから、七、八段に近い力があって、チャンスに恵まれると飛躍的に伸びる。現実的にそうなったんだけど。

鈴木 しかし、なかなかプロの強さが身につかないという感覚で、ぼくらはいたんですけどね。谷川さんも四段になってからタイトル取るまで6、7年かかっていますよね。

中原 最近早いよね。全盛期が早くなったんじゃないかな(笑)。

鈴木 それありますねえ(笑)。対局中の迫力の点ではどうですか。ぼくはタイトル戦出たことないから分かりませんけど。将棋盤は多少いいとしても同じ。タイトル戦だからといって盤が大きいというわけではないですよね(笑)。駒も同じ。盤に対する距離も同じ。まあ島君はずうっと後ろに下がっているけど(笑)。しかしもの凄い迫力、エネルギーがあるような気がするんです。お互いに負けられない思いを背負って、凄い迫力を受けながら指していく。人間的な度量とか身につかないと、タイトル取れないというイメージがあったんですよ。だから大山先生にみんな負かされてきたと思うんです。

中原 それは、大山先生、升田先生は凄い迫力があったからね。

将棋世界1971年8月号より。

将棋世界1971年6月号より。

鈴木 大山、升田クラスでないまでも、みんな迫力あったでしょう。

中原 みんな個性があったね。

鈴木 そういうのを乗り越えるためには、やっぱり何年もかかるのに、郷田君が3年でパッとタイトル取ってしまうのが、分からないところなんです。迫力がないんですかねえ。

中原 今は迫力がないのか、感じないのか(笑)。

鈴木 それはありますね。谷川さんだって、修羅場くぐって来ているから相当迫力出しているでしょう。圧倒されちゃうような。

中原 両方言えるんじゃないかな。大山先生のような迫力はみんなないし、相手も感じないという。感じなければ、電波が伝わらないから。

鈴木 ぼくが早指し戦で大山先生と初対局した時、盤の前に座って始めたら、もの凄い迫力を感じるんですよ。圧迫感を受けまして。ぼくは普段、何回もしゃべったことがあるんですよ。それが盤の前に座ると……。

中原 そう、盤の前は本当に大きく感じる。ぼくもずいぶん指したけど。

鈴木 あれは凄いエネルギーですね。巨大な感じを受けたんです。そういったものをタイトル保持者が出していると思うんですよね。挑戦者はそれに跳ね返されてしまうみたいな。どこかで変わっちゃったんですかねえ。屋敷君がタイトル取ったりしたあたりですか?もう少し前の中村君あたり……。

中原 みんなぼくがやられているんじゃない(笑)。

鈴木 高橋君が先鞭をつけたってこともありますよね。つけたけど、高橋道雄は何か雰囲気を持っていましたよ。

中原 高橋君は最初に五段で内藤さんを倒したからね。それから加藤さん、米長さんも負かしたわけだ。あのあたりから、今の流れが始まったのかもしれない。

鈴木 そのころから、迫力を感じなくなったってことでしょうかね(笑)。

中原 どうなんだろうなあ。

(以下略)

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「両方言えるんじゃないかな。大山先生のような迫力はみんなないし、相手も感じないという。感じなければ、電波が伝わらないから」

迫力とタイトル防衛の関係は、この中原誠十六世名人の言葉にすべてが集約されていそうだ。

逆に言えば、大山・升田クラスの強烈な迫力であれば、感じたくなくても感じてしまう、ということにもなるだろう。

迫力は身につけようと思っても、身につくものではない。

時代背景、育ってきた環境、何年にもわたる様々な要素の積み重ねが、迫力のオーラを作り上げる。

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とはいえ、何回も対局をしているうちに、その迫力に少しずつでも慣れてくるので、同じ相手に対して迫力がいつまでも効力を発揮するとは限らない。

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「だから、20年天下を取るという体制が、中原先生の時代よりも大変なんじゃないですか」

このような分析がされていたにもかかわらず、羽生善治九段は、この後、25年以上時代を築き続けてきている。この時点では誰もが想像をできないことだった。