神崎健二六段(当時)「ふたりっ子制作舞台裏」

近代将棋1997年4月号、神崎健二六段(当時・ふたりっ子将棋指導担当)の「”ふたりっ子”最高潮! ー今後の展開と、楽しみ方」より。

 約5ヵ月放送された「ふたりっ子」も残すところあと1ヵ月。いままで放送されたことに関する疑問の一部にお答えいたします。今後の展開や楽しみ方もお教えします。

初のドラマの手伝いと不安

 では、まず自己紹介から…。

 私は昨年6月ごろより、NHKと日本将棋連盟関西本部より依頼されて、ふたりっ子のリハーサルや本番に立ち合い、史上初の本格的な将棋ドラマ作りを手伝っております。

 ある時は、自動駒ならべ機となって盤面の整備、またある時は役者さんへの手つき指導係、そしてまたある時は、スタッフと出演者によるソフトボール大会に参加させていただいて、オーロラ輝子さんの投げる球に三振したり、大変なことも決して少なくありませんが、それなりに楽しくいろんなことをしております。

 私と同様に、将棋指導として派遣されているのは藤内忍三段。交代して担当してきました。三段リーグ参加中でありながらも、フル稼働してもらっています。

 そして、後半撮影が最終コーナーをまわったころ、リリーフエースとして助けてもらっているのが、本間博五段です。

 将棋指導の仕事は、大阪城の近くの中央区馬場町、NHK大阪のスタジオに出向くわけですが、それだけでは不十分。他にも、多くのことを連盟は協力しています。

 まず、完成した台本のチェック。東和男七段と森信雄六段が担当されています。盤面の図面制作もおもに前記の二人が作られています。とても大変な作業ですが……。

 用具の貸し出し。盤、駒、チェスクロック、振り駒用の布から、封じ手用紙に至るまで、将棋に関係するもののほとんどが、関西将棋会館の備品です。その準備、手配等、連盟の窓口となっているのが総務課職員の三根裕之さん。

 連盟ロケ時の部屋の準備、スタッフの弁当の注文、本物奨励会員のエキストラの用意も、大変です。

 以上が、連盟側のドラマ班(?)の主力。

 大阪の連盟にとってもNHKさんにとっても、初めての、慣れないことばかりだったので、最初はまさに右も左もわからない状態でした。

 しかし、連盟の心配をよそに、放送が始まってみると、ドラマは絶好調!! 脚本や配役が受けたことはもちろんのこと、将棋の棋士をめざすという話がドラマの筋書きになっても立派に通用するということは、関係者の一人としてとても嬉しいことです。

スペシャリストの集まり

 次はNHK側。

 こちらは、うっかり名前を羅列するとそれだけでこの原稿がいっぱいになってしまうほどのものすごい大所帯。

 制作統括、二瓶亙さんが代表者。チーフディレクターの長沖渉さん他演出家6名、制作演出のディレクターは他に約8名。技術スタッフ、カメラ、照明、音声、音響効果、美術、広報、記録、編集、アナウンス、美術進行、大道具、生花木、小道具、持道具、衣装、メイク、書物、特殊効果、大阪ことば指導、…etc…総勢100名以上(推定?)

 昨年の夏、初めてリハーサルと本番(リハーサルの数日後)に立ち会った時の印象は、(これはえらい大変なことを引き受けてしまったなあ)でした。

 まるっきり知らなかった世界のこととはいえ、思ったより実に多くの方々がいました。ひとつひとつの場面は、実に丁寧に、安易な妥協などなくつくられてゆきました。

 それぞれの持ち場のスペシャリストの集合体だけに、自分の持ち場に関しては、本番の時に最善手を指せるように、各自が調整していきます。本番の日だけでも、ブロッキング、ランスルー、そして本番と、ひとつのシーンだけでも最低3回は同じ所を撮ります。カメラの位置、照明の具合、マイクの調子等の微調整のためです。

 3回目のいよいよ本番になると、対局にたとえれば、深夜の双方1分将棋みたいになります。現場の空気が異様に重たくなるのです。

 スペシャリストの一人が、最善手を指しそこなって疑問手を出せば、みんなでやり直し。最善手を指したはずのまわりの方々にも、もう一回最善手を指してもらわなければならなくなるのです。なおさら緊張感が増します。

 そのせいか、本番収録を終えて帰ると、自分が思っていた以上に体は疲れているようです。それだけに、いかにも真実味のある対局シーンが撮れたり、放映後あの部分が面白かったという感想が聞ければ、疲れも吹っ飛びます。

 制作統括の二瓶さんから以前伺った話ですが、「最近、対局シーンが少ないので多くしてください」という要望が12月ごろ、ひとりの主婦からきたそうです。「将棋はしらないのですが、対局するシーンがかっこよくて好きです!」

香子はなぜ立て膝だったか

 質問、疑問点の中でも多いなあと感じたのは、最初の頃の香子の対局態度の問題です。

 一例として、10月23日~24日放送の香子対史郎の通天閣での初対局での収録のことを振り返ってみます。

 香子は、まだ通天閣のお香と呼ばれていて、奨励会の存在さえ知りません。相手が奨励会三段とも知らずに、香子愛用の香住でもらった駒袋をあけ、自分のほうが強いと思っているので上位者が持つべき王将を並べます。玉将を持たされた史郎は、「これでよろしいですか?」と言って飛車と角を落とします。香子はカチンときて、立て膝に座り直し、荒々しい手つきで対局を開始します。

 現場にいた私は、①駒箱は上位者があけるのが作法。②王将は上位者が持つのが作法、特に駒落ちの下手は玉を持つ。③立て膝や荒々しい手つきはマナー違反で相手に失礼。

 以上のことは、将棋界の礼儀として演出家に説明させていただきました。ところが、この時は、そういったことも知った上で。あえて、荒々しい香子を演出したいと言われました。

 その時は最初の頃だったので私もよくわからなかったのですが、今考えてみると不必要に将棋の作法を強要しなくてよかったと思っています。

 二枚落とされた香子が、「そんなに強い方とは知らずにごめんなさい。先ほどは駒袋をあけてしまって、大変失礼しました。私のほうが玉を持ち直します」と言って、かしこまった正座で深く一礼しておだやかな手つきで開始しては、パロディーになってしまいます。

 この対局で終盤に金打ちを見落として、まさかの敗戦。カルチャーショックを受け、奨励会をめざすというストーリーも、不自然になってしまいます。

(中略)

各役者さんの素顔

  • 岩崎ひろみさん(香子)=初対面の時に将棋を指してみたところ、△4九桂成に3九の銀を▲3八銀と上がる最善手を指されてびっくり。この勘の良さで棋士を演じられると確信。いつも元気一杯!
  • 菊池麻衣子さん(麗子)=ソフトボールでピッチャーライナーを好捕。局の事務所で私が演出家の方と遅くまで打ち合わせをしていた時には、差し入れをいただきました。やさしく、明るい。
  • 内野聖陽さん(史郎)=最初のリハーサルで、通天閣に奨励会三段がくるのは、変では?といきなり質問され、なるほど!とこちらが感心してしまいました。自分なりの棋士のイメージを持って演じられている。実戦心理に関する質問も多い。努力家。
  • 中村嘉葎雄さん(銀じい)=手つきは、かなり練習されてきていると感じました。軽やかな駒さばき。合間にアドリブで、こんな手はどうか?と動かされるのが楽しい。
  • 桂枝雀さん(米原)=将棋の奥深さというものを、重みのあるしゃべり方で説いていただき、感謝しています。一門の落語家にも将棋ファンが多い。
  • 田口浩正さん(雨宮)=駒の動きを暗記するために、台本に図面をはさみ、矢印を活用されていた。きっと、いろんな役を幅広くこなせる方なのだろう。昼食休憩の合間にも、指し手を確認されていた。
  • 國村隼さん(猿渡)=関西将棋会館にスカウトしたいぐらい。幹事、立会人、司会、その他を、見事に演じわけられる。大詰めで、対局者で初登場という未確認情報あり。
  • 三倉茉奈ちゃん、三倉佳奈ちゃん(真実、玲実)=大盤解説助手の時も見事にこなしたのは、すごいこと。ふたりがいるだけでスタジオが元気になる。将来が楽しみ。終盤では、マサと麗子の娘として出番も増えて再登場。
  • 河合美智子さん(オーロラ輝子)=子どもの頃は、お父さんから将棋を教わっていたそうです。「夫婦みち」「まごころの橋」、ジ~ンときます。CDも好評発売中!!

*まだまだ紹介したい方はいっぱいですが、このへんで………。

(以下略)

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棋士自身がテレビドラマに出演をすることはあっても、制作サポート、監修、将棋指導という形で棋士が本格的にドラマに関わったのは、この時が初めてのケースだと思う。

神崎健二六段(当時)は、上記以外にも、秒読み(10秒から開始されていた1分将棋の秒読みを、公式戦で行われている30秒から開始される秒読みに改良)、チェスクロックが発する音の苦労や押し方などについても書かれている。

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「スタッフと出演者によるソフトボール大会に参加させていただいて、オーロラ輝子さんの投げる球に三振したり」

野球大会だと大変そうだけれども、ソフトボール大会なら楽しそうだ。

もちろん打ち上げも。

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「まず、完成した台本のチェック。東和男七段と森信雄六段が担当されています。盤面の図面制作もおもに前記の二人が作られています。とても大変な作業ですが……」

将棋連盟理事二人が担当しているところにも、力の入っていることがわかる。

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「本番の日だけでも、ブロッキング、ランスルー、そして本番と、ひとつのシーンだけでも最低3回は同じ所を撮ります。カメラの位置、照明の具合、マイクの調子等の微調整のためです」

監督によっては、もっと回数が増える場合もあり、どちらにしても待ち時間が長くなる。

昔は、この待ち時間に将棋を指す俳優も多かった時代があった。

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「将棋はしらないのですが、対局するシーンがかっこよくて好きです!」

昔も今も変わらない。

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「各役者さんの素顔」

それぞれの俳優・女優がどのような役をやっていたのかについては、Wikipediaに詳しく載っている。

棋士も多く出演しており、神崎六段も出演している。

ふたりっ子(Wikipedia)

最終回のラストのシーンは、野田香子が羽生善治名人(本人)に挑戦するシーン。

NHKアーカイブスにその写真が掲載されている。

連続テレビ小説『ふたりっ子』(NHKアーカイブス)