「藤井流があるからこそ谷川さんや羽生さんは飛車を振るんでしょうね」

近代将棋1996年12月号、読売新聞の小田尚英さんの第9期竜王戦七番勝負第1局〔谷川浩司九段-羽生善治竜王〕観戦記「羽生、激闘を制す」より。

「最高の舞台で最高の相手と戦うので気合が入ります」と羽生善治竜王は言う。第9期竜王戦七番勝負は谷川浩司九段を挑戦者に迎えて開幕した。ロサンゼルスで行われた第1局は、後手の羽生が四間飛車で激闘を制したのだが、大いに盛り上がったその模様を現地から報告する。

 竜王戦は第1局を海外で行うのが恒例になっていて7回目となる。今回ロスが選ばれたのは、今年将棋連盟の支部が結成されて将棋熱が高まっていること。読売新聞が現地で発行されて10年という記念の年にあたることなどによる。

 両対局者と立会人の青野照市九段、森下卓八段、記録の松本佳介四段ら対局グループは10月14日に現地入り。NHK解説の高橋道雄九段と高橋和女流初段は先行した。国際交流基金派遣の大野八一雄六段はシカゴ経由でさらに先行、13日には連盟普及部職員をアシスタントにロス支部の記念将棋大会を主管した。大野六段はロス支部結成の功労者で顧問でもある。少しずつではあるが将棋の海外普及は歩みを続けているのだ。日本からのツアーは約50人の盛況で原田泰夫九段が率いた。弟子の近藤正和新四段も同行。行方尚史五段は自費で勉強に訪れた。豪華なメンバーだ。

 本隊が現地入りした14日には、そのメンバーがほぼそろって、ロス支部の歓迎会に出席。大野正俊支部長の自宅で行われた会には支部会員も勢ぞろいして賑やかなバーベキューパーティーとなった。この形式は当地では盛んで、南カリフォルニアの陽気でさわやかな雰囲気を楽しんだ。

 15日は映像取材を兼ねた市内観光、

ユニバーサルスタジオにて、有名女優(誰なのかわからない)のそっくりさんと。将棋世界1996年12月号より、撮影は石川梵さん。

ユニバーサルスタジオにて、ジョーズに食べられそう。将棋世界1996年12月号より、撮影は石川梵さん。

有名スターの手形などがあるチャイニーズシアター前で。将棋世界1996年12月号より、撮影は石川梵さん。

リトル・トーキョウにて。将棋世界1996年12月号より、撮影は石川梵さん。

 16日には前夜祭が150人を集めて開かれた。両対局者とも時差がつらかったようだが、次第に体調を整えて対局に備えた。17、18日が対局。大盤解説会場では日米の親善交流将棋大会や指導対局が行われて、対局ともども盛り上がっていた。

第1局

 さて、本題の第1局に移ろう。今回は竜王戦では4年ぶり3回目の羽生-谷川戦である。それより、谷川にとってはあの2月の王将位失冠以来のタイトル戦。そのころの谷川はさすがに冴えなかったが、ゼロからの再出発となった今年度、次第に調子を上げてきたのはさすがだ。第1局の直前は11連勝するなど絶好調。かつての谷川が戻ってきた感じで、棋士の下馬評も「今度は互角」の見解が多かった。羽生については七冠達成後、棋聖位こそ失ったが相変わらずの調子のようだ。それで、七番勝負は緊迫したものになる予感で始まった。

 第1局の対局室は和室のスイートルーム。昭和60年、第46期棋聖戦の米長-勝浦戦が行われたのと同じ部屋で、窓からはホテルニューオータニ自慢の日本庭園の美しい光景がのぞめる。対局、立ち会いの四棋士は和服に身を正している。

近代将棋1996年12月号より、読売新聞社提供。

(以下略)

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将棋世界1996年12月号、野村隆さんの第9期竜王戦七番勝負第1局〔谷川浩司九段-羽生善治竜王〕観戦記「羽生VS谷川、宿命の再激突!!」より。

 フランクフルト、バンコク、ロンドン、シンガポール、パリ、北京と第1局が恒例の海外対局になっている竜王戦。今年の対局場はロサンゼルスのダウンタウン、リトル・トーキョウにある「ホテルニューオータニ」である。

 両対局者ともアメリカは初めて。ホテル周辺のお店にはポスターも貼られ、ロス在住の日本人も今回の竜王戦を楽しみにしていたようだ。対局が行われる数日前には写真取材を兼ねた市内観光が行われたが羽生、谷川とも現地での知名度は高い。さすがに羽生は人気者で日本人観光団に見つかるとあっという間に取り囲まれてしまう。谷川は年の功(?)か年配の方によく声をかけられていたようだ。しかし観戦ツアーの中にはロスまで追いかけてきた熱心な谷川ファン(美人)もいて、谷川にとって力強い応援になったはずである。

(中略)

 実は両者とも後手番四間飛車を近頃は多用している。

 谷川は四、五段時代は振り飛車党だったが居飛車に切り替えて棋界の頂点に昇りつめた。その骨格は鋭い踏み込みを信条とする居飛車の将棋である。

 羽生はあらゆる戦型に対応できるが、自由な発想が繰り広げられるのはやはり居飛車にあるだろう。

 その二人が四間飛車に取り組む。その基盤には藤井猛六段の四間飛車があるという。本局にも現代四間飛車の特徴が端々に現れており、1図の△5二金左もその一つ。

 △7一玉とするよりも一手の価値が高いと考える。今の四間飛車はたとえ居飛車が急戦に来ても、大山流に△3二金と備える構えはほとんど見られない。

(中略)

2図以下の指し手
▲3八飛△4三銀▲7八金△3二飛▲2八飛△1二香▲6七金右(3図)

 立会人である青野照市九段の解説会を聞く。「最近振り飛車が復活してきました。相手が居飛穴だったらこちらからドンドン攻めていく振り飛車が多くなってきましたね。私だったらここは穴熊に入ります。▲7八銀とかいった軟弱な手は指しません」

 穴に潜るのか潜らないのか。モニターを見ていると羽生はひっきりなしに扇子を動かし水も飲む。眼鏡もはずす。対局室は暑いのだろうか。谷川は扇子でリズムを取る以外は不動の姿勢である。

 大長考の末、4時14分に▲3八飛と寄った。ここで△4四飛とすると▲3六歩△同歩▲同飛となり後手が動きづらい。

 △4三銀に対して先手が同じ手順だと今度は△3二飛と回り飛車交換を狙われる。先手は浮き駒があり交換には応じられない。

 △4三銀に▲9九玉は△2二飛▲2八飛△2四歩▲同歩△同飛と捌かれる。▲7八金はその牽制。

 昔の振り飛車は飛車を移動し玉を反対側に移動し美濃囲いに収め、後は捌き合いから玉の堅さ、遠さを生かして勝負!という将棋だった。今の四間飛車は序盤から一手一手に深い意味があり漫然と感覚だけで指すような手はない。相手の理想形阻止のために牽制につぐ牽制。一つ一つの手の必然性が高まったと言えるだろう。

 控え室で最近の振り飛車が話題になった。

「藤井流があるからこそ谷川さんや羽生さんは飛車を振るんでしょうね」

「中飛車や三間飛車はやる人があまりいないけど、それは藤井さんみたいな人がいないからなんですよ」

 △3二飛は△2二角~△3四飛の狙い。▲2八飛はそれの防ぎ。

 封じ手の時刻6時を過ぎたが羽生はまだ考慮中。前傾姿勢で視線が盤の手前を右に左に動く。72分の長考でようやく羽生が次の手を封じた。

 18日朝9時。相変わらずのどんよりとした曇り空である。封じ手の△1二香では△8二玉も自然だが直接的な狙いはなく△8二玉▲6七金右の効果は本譜に比べ相対的に損である。

 尚、△1二香の局面は手順は異なるが9月30日の丸山-藤井戦(全日プロ)と同じである。丸山はここで▲1六歩と指したが谷川は緩いとみたか▲6七金右と妥協しない方針を採る。

(以下略)

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本局は、羽生善治竜王(当時)が134手で勝っている。

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「第1局の対局室は和室のスイートルーム。昭和60年、第46期棋聖戦の米長-勝浦戦が行われたのと同じ部屋で、窓からはホテルニューオータニ自慢の日本庭園の美しい光景がのぞめる」

ロサンゼルスのホテルニューオータニで対局が行われたのは11年ぶり2度目。

前回の棋聖戦では、ラスベガスのカジノへの果敢な挑戦などがあったが、今回は棋士・関係者はラスベガスには行っていないようだ。

棋聖戦第2局ロサンゼルス将棋ツアーこぼれ話

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「大野正俊支部長の自宅で行われた会には支部会員も勢ぞろいして賑やかなバーベキューパーティーとなった」

私は、焼きムラができやすい、普通に家の中で調理した方が美味しいはず、外なので落ち着かない、なぜバーベキューソースはあれほど甘口なのか、などの理由でバーベキューには興味がないのだが、そのような私でさえ、南カリフォルニアでのバーベキューパーティーはうらやましく思えてしまう。

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「その二人が四間飛車に取り組む。その基盤には藤井猛六段の四間飛車があるという。本局にも現代四間飛車の特徴が端々に現れており、1図の△5二金左もその一つ」

「今の四間飛車は序盤から一手一手に深い意味があり漫然と感覚だけで指すような手はない。相手の理想形阻止のために牽制につぐ牽制。一つ一つの手の必然性が高まったと言えるだろう」

四間飛車の新しい時代の幕開けという雰囲気が強く感じられる。

昭和の振り飛車ではなく、平成の振り飛車。

昭和の振り飛車はコテコテの振り飛車で、平成の振り飛車は居飛車的な感覚も加味された振り飛車と言うこともできるだろう。

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「藤井流があるからこそ谷川さんや羽生さんは飛車を振るんでしょうね」

「中飛車や三間飛車はやる人があまりいないけど、それは藤井さんみたいな人がいないからなんですよ」

これらの言葉は、自費で勉強に訪れた行方尚史五段(当時)が話した可能性が高いと思う。

この感動的な表現は、まさに行方流。

同じく控え室にいたであろう近藤正和四段(当時)が、この後、ゴキゲン中飛車で大活躍するようになるのも、劇的さを増幅させている。

 

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