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米長邦雄九段「本来ならば、これは将棋世界誌上であるからして、このようなことは書いてならないのかもしれぬ。しかし、勝負師の本当の姿を伝えておく必要がある」

将棋世界1991年8月号、米長邦雄九段の「名人戦敗戦回顧録」より。

名人戦第4局での米長邦雄九段。将棋世界1991年7月号、撮影は弦巻勝さん。

 3連敗という思いもよらぬ展開となった。ここでどうするか。

 かつて、中原誠王将が新鋭の中村修六段に王将戦の挑戦を受けて、出だしに3連敗をしたことがあった。

 この一局を負けたら降級する、この一番を落としたらタイトルを失う、そういう勝負を迎えた時にその人が何をするか、このことを最も興味深く見ているものである。

 これは将棋に限らず、窮地に立たされた時にどのような考えに基づき、どのような哲学に従って行動するか、それがその人間の実力だと思うからである。

 そんな状況でいつも悠々と自分の将棋を指せているのが大山康晴先生である。

 だからこそ、この人は本当に強い。私が最も尊敬する勝負師である。

 王将戦で3連敗と追い込まれた時の中原先生はどうしたか。

 なんと、その直後にハワイに旅行に行ったのだ。真っ黒に日焼けして第4局に臨んだのである。

 タイトル戦の最中にハワイなどに行くとは、考えてみれば実に不謹慎ではなかろうか。

 しかし、そうではない。

 このことこそ、流石に傑出した勝負師だと私を唸らせた行動であった。

 結局、このシリーズは2勝4敗で敗れはしたものの、3連敗の後にハワイに行ったということは特筆すべきことであって、やはり流石である。

 仮に反対に3連勝した後に、ほっとしてハワイに行ったということであれば、これは勝負師として失格である。

 3連敗後だからこそ、称賛に値する行動なのである。

 では、名人戦で3連敗した私はどうしたのか。

 いろいろ考えてみるに、どうも私が序盤作戦などにこだわり、良く言えば緻密、悪く言えば神経質に指し進めていたのに対して、中原先生は悠々と指し、ラフな、とも見受けられるような指し口であって、結局勢いに押されて3連敗してしまったようにも感じられた。

 本来の自分を取り戻さねばならない。将棋を離れてみることにした。

 本来ならば、これは将棋世界誌上であるからして、このようなことは書いてならないのかもしれぬ。しかし、勝負師の本当の姿を伝えておく必要がある。

 あえてここに告白したい。

 そのうちの一人は32歳、極めつけの不感症であった。

 不感症というのは、肉体的に欠陥があるのではなく、精神的な障害から肉体がそのようになってしまうケースが多い。

 これを解きほぐし開放させるのは並大抵のことではない。レイモン・ラディゲいわく「好色とは、行為ではなく、その精神である」”ドルジェル伯爵の舞踏会”より。

 気持ちを解きほぐすのに約2時間、肉体をもみほぐすのに2時間37分。最後に私は大きな悲鳴を数回聞いた。本誌は将棋雑誌であるからしてこれ以上は書くことができない。

 別れ際、その女性に「ありがとうございました」と言われたその一言は、生涯耳元から消え去ることはあるまい。

 不感症の女性に打ち克ったのだから、花粉症の男にも勝てる筈だ。

 急に人生が明るくなったような気がした。

 そして第4局には、私にとっての名局が生まれたのである。

(中略)

 こうして私は自分の力が出せないまま、あるいは、自分の実力の通りにと言うべきか、1勝4敗で名人戦が終わった。

 また涙をぬぐって頑張りたい。

 

 負けた後はどうするか。

 ”花を買いきて 妻と親しむ”

 私はカミさんと二人で、のんびりと船に乗って、南の島に出掛けて行った。

 白い砂浜でゆったりと寝転がる。

 梅雨空の合い間であって、カンカン照りの下でのんびりしていると、何もかも忘れてしまう。

 こんな時こそ、愛妻と共に二人してゆっくりとする。

 ゆかりの女性方もこれだけは許してくれるだろう。

* * * * *

名人戦第4局2日目の朝。「自室で朝食を採る米長。女性から贈られた花束を背に、明るく実にいい表情をしている」と書かれている。将棋世界1991年7月号、撮影は弦巻勝さん。

* * * * *

勝負における開き直りの際の米長哲学。

これはアマチュアからは全く想像のできない話。

もしかすると、ほとんどの棋士も想像がつかない世界かもしれない。

 

羽生善治五段(当時)「どうも今日の先崎君は森先生に手厳しいね(笑)」

将棋世界1989年10月号、羽生善治五段、森下卓五段、先崎学四段の第30期王位戦〔谷川浩司名人-森雞二王位〕第3局「森魔術の復活期待」より。

将棋世界同じ号より。

 

森下 △5四歩は森流ですね。

先崎 絶対他の人がやらない戦法を採るというのが素敵ですよ。

羽生 去年もこの戦法で勝って調子の波に乗ったというゲンの良さがありますからね。

先崎 というか、森先生の後手番だと、これしかないですからね。

森下 この戦法しかない!?

先崎 どう見ても中飛車かこれでしょう。

(中略)

羽生 ▲6六歩の60分。谷川先生は序盤で随分と時間を使ってますね。

先崎 どういうことかな?

羽生 ここでリードをして、一気に決着をつけてしまおうということなんじゃないですか。

先崎 こういう将棋は森先生の土俵でもありますからね。慎重になる面もあるでしょう。ああ見えても(笑)森先生は随分と研究されてるでしょうから。

森下 そう、体で覚えたフリをしてるんですよ。▲6八金直で次に▲6七金直を見せられて△6六飛ですが。

羽生 角で取るのとどう違うんでしょうかねぇ。▲同角△同飛▲7七角なら△3三角で、単に飛車で取るより角の位置がいいんじゃないかと。

先崎 なるほど、言えるねえ。

森下 細かいことはこだわらない森流ということで。

羽生 いやぁしかし。何か嫌な筋でもあったんでしょうかね。よくわからない。角で取る手もあったと思いますよ。

(中略)

森下 後手は歩損も解消してるし、損はないですよね。手損は手損だけれど。

先崎 いや、森先生は手の損得なんてまったく考えないから。次に考えないのが駒の損得。あるのは駒の効率とか、終盤の速度計算だけでね。手損とか駒損は頓着がないんですよ(笑)。

羽生 谷川先生の方は厚みでアツアツという感じですね。

(中略)

羽生 それは微妙でしょう。

森下 森先生は跳ばした方がいいと。

先崎 他の人と感覚が違いますからね。誰がやったってこんな指し方はしない。

羽生 というか、まとめられないんですよね。

先崎 森先生はまとめようとしないからね(笑)。

(中略)

先崎 9図からはやっただけ。

森下 ええーっ。

羽生 形作りかもしれませんよ、本当に。

先崎 ということで、問題はどの局面にあったかということになるんだけど。

羽生 △5三歩(5図)かなあ。

森下 そう、△5三歩にちょっとクレームをつけたいですね。

羽生 あの局面で△3五銀と出ていれば、たぶん▲8六歩とは突かないでしょうから。

先崎 だいたい先手の▲8六歩~▲7七桂と、後手の△5一金~△1五歩じゃ、手の価値が違い過ぎたように思うな。森先生らしく△3五銀と行く一手だったでしょう。

羽生 第一感銀出ですからね。

森下 それと、▲2三歩成(8図)に対する△2七歩成が負けを早めましたね。金で取っていればまだまだだった。

先崎 それでも悪いんじゃないの。

羽生 どうも今日の先崎君は森先生に手厳しいね(笑)

先崎 順位戦なんかでもね、昔の森先生は真夜中に頭にネジリタオルしてうんうんうなっていたでしょう。あの迫力が今期のシリーズで感じられないもの。双方残り30分の将棋になって、ほえるぐらいじゃないと。そうなってからが森将棋の真骨頂なんだから。脂ぎらなきゃ(笑)。

森下 そう、そうですよ。そうじゃなきゃ去年僕が出てって方がよかったって言いたいんでしょ(笑)。

羽生・先崎 その通り。

先崎 持ち味という点では谷川先生はともかくとして森先生の方がね。ファンとしてもこのお二人には緻密な序盤戦より迫力ある終盤戦を期待している訳でね。

森下 第4局以降の頑張りを期待しましょう。

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1図はゴキゲン中飛車の出だしにも似ているが、戦前に木村義雄十四世名人、塚田正夫名誉十段などによって多く指されていた横歩取りの序盤。

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「いや、森先生は手の損得なんてまったく考えないから。次に考えないのが駒の損得。あるのは駒の効率とか、終盤の速度計算だけでね。手損とか駒損は頓着がないんですよ」

これは、森雞二九段の棋風を理解するうえで非常にわかりやすい。

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「谷川先生の方は厚みでアツアツという感じですね」

羽生善治五段(当時)にツッコミを入れたくなるような局面。

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「そう、そうですよ。そうじゃなきゃ去年僕が出てって方がよかったって言いたいんでしょ(笑)」

森下卓五段(当時)は、前年の王位戦挑戦者決定戦で森雞二九段に優勢だった将棋を敗れて、挑戦権を逃している。

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羽生五段、森下五段、先崎五段は、森九段の研究会メンバー。よく一緒に海外旅行などに行っている。

森研究会七人旅

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「どうも今日の先崎君は森先生に手厳しいね(笑)」

この羽生五段の言葉には、先崎四段が森九段の将棋を信奉しているという背景がある。

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1992年の先崎学五段(当時)の著書「一葉の写真」の”一枚の棋譜との出会い”より。

 将棋会館で順位戦の記録係を務めていた僕は、終わったあとに室岡さん(克彦五段)に連れられて近くのスナックに行った。まだ酒の飲み方など知らず、日本酒を飲みすぎてしたたかに酔ってしまい、結局、室岡さんの家に泊めていただいた。

 広い家の、広い部屋に寝かせてもらったのだが、なにせ深夜に酩酊して寝たので、カーテンをしめ忘れて寝てしまった。

 夏の暑い日のことである。8時ごろ目覚めた。

(中略)

 しばらく漫画などを読んでいたがふと、本棚にあった一枚の棋譜に目がとまった。

(だれの棋譜だろう)

 僕は棋譜を並べるという習慣をほとんど持たなかったので、なぜその棋譜を並べてみる気になったのかわからないのだが、それが持ち時間を使い切った順位戦の熱戦だったことが興味をひいたのだろう。棋譜の主は森雞二七段と丸田祐三九段(いずれも当時)だった。

 最初はいい加減に駒を動かしていたが、そのうちに突然背筋がピンと伸びた。暑さも汗のにおいも気にならなくなっていた。森七段の中飛車からの強引な捌きと終盤の綱渡りのような受けの芸は、新鮮で、体じゅうが震えるようだった。

 終わるともう一度最初から並べ直した。一発で僕は森将棋に憧れてしまったのだ。2回目は、手つきも姿勢も森雞二になりきって並べた。臨海学校に行った小学生のように身も心もはしゃいでいた。内弟子のころに戻ったようで、このような気分になることは、ついぞないことだった。

 それから1年、週に4日は室岡さんの家に泊まり、ファイルしてあった森雞二実戦集をかたっぱしから並べた。

<良質の棋譜とは、好手連発の将棋よりも、悪手だらけの将棋に一手きらりと光る絶妙手がある棋譜である>という将棋観も、このころに森将棋を反復して並べた(断っておくが、勉強しようという意識を持って並べたわけではない。ただただおもしろかったから並べたのである)あたりからきているのではないかと思う。

 四段になってしばらくして、森さんに研究会に誘われたときは無性に嬉しかった。アア、オレモイチニンマエニナッタンダナ。麻雀を打つと鬼になり、酒を飲みすぎるとトラになり、外国のカジノへ行くと酔っ払ってわめきながら1000ドルチップを張り続ける無頼派の先生だが、今でも盤を挟んだときや酒を飲んだときに、ほかの先輩といるときとは違う憧れにも似た感情を覚えることがある。

(以下略)

 

「彼は強いですね。5年後ぐらいには八段になりますかね」「甘いです。タイトルをとる棋士になるでしょう」

近代将棋1985年1月号、「ミニ棋界情報」より。

奨励会の日 11月20日(火)

 最終日は、米長三冠王による奨励会員への講話・午後からは奨励会有段者32名による「10分切れ負けトーナメント戦」が行われました。

 トーナメントの方では「切れ負け八段」を自他ともに認める櫛田初段が2回戦であえなく負け。

 結局決勝は、大方の予想(?)通り田畑三段と羽生二段の勝負となりました。将棋の方は田畑君が中盤ポカを出して時間を使いすぎ、切れ負けで羽生二段が優勝。

 羽生(はぶ)二段は二上門下の14歳。谷川名人以来の中学生棋士として、将来を嘱望されている奨励会員です。

某氏「彼は強いですネ。5年後ぐらいには八段になりますかネ」

滝六段(奨励会幹事)

「甘いです。タイトルをとる棋士になるでしょう」

 なんとも楽しみな新人が現れてきたものです。

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「切れ負け八段」は、切れ負けルールで鬼のように勝っているという意味だが、他の追随を許さないほど切れ負けばかりしている、のようなニュアンスでも伝わってくる用語だ。

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この時の模様は、将棋世界でも取り上げられている。

恐ろしい10分切れ負けトーナメント戦

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「彼は強いですネ。5年後ぐらいには八段になりますかネ」

「甘いです。タイトルをとる棋士になるでしょう」

羽生善治九段が初めてタイトル(竜王)をとるのが1989年、八段(=A級昇級による)になったのが1993年のこと。

タイトルをとることはもちろん大変なことなのだが、二段から5年で八段(毎年順位戦で昇級)になるのも非常に大変なわけで、「5年後八段」と「タイトルをとる」、どちらが難しいことなのかは非常に微妙なところ。

ただ、タイトルをとった棋士の数に比べ、順位戦で毎年昇級した棋士の数は圧倒的に少ない(中原誠十六世名人と加藤一二三九段だけだと思う)ので、「彼は強いですネ。5年後ぐらいには八段になりますかネ」は決して甘くないことは確かだ。

 

小池重明アマ名人(当時)が紹介する先手後手二枚落将棋、二枚落対二丁飛車将棋

近代将棋1982年10月号、小池重明アマ名人(当時)の連載随筆「将棋と酒」より。

○切れ負け将棋

 最近はアマチュアの大会でもチェスクロックを使い、切れ負けのルールを採用する場合が多い。七十分切れ負け、三十分切れ負けという具合いである。大会の運営がスムースに行くからである、弊害も多いがしばらくは切れ負けルールが幅を利かしそうである。

 時計に慣れる意味と直感力、大局観などを養うためにたまには五分切れ負け十分切れ負けの将棋も良いと思う。大学将棋部では三分切れ負け将棋などもやっているみたいだ。

 しかし切れ負け将棋(五分、十分)ばかり指していると手があれるということもあるのでたまに指すのが良いと思う。

○先手後手二枚落将棋

 双方とも二枚落ちで指す。小駒だけの戦いとなる。この将棋の利点は小駒の使い方、特に歩の使い方が上手になる。キメのこまかい攻めが必要なので(乱暴するとすぐ切れてしまう)丁寧な将棋が指せるようになる。足の短かい駒ばかりなので大駒の威力がいかに強いかということを痛切に感じる。欠点は時間がかかり、千日手になりやすい。入玉に関してのルールの決め方も必要(入玉はなしとか)。小粋な味のある将棋である。

○二枚落対二丁飛車将棋

D図が指し始め図となる。角のかわりに飛を並べる。二丁飛車の威力が強いか、小駒だけでいかにして押え込むか。大駒の使い方、小駒の使い方が一度に勉強出来る将棋である。先手、後手が大きくひびく。二丁飛車側が定先で丁度よい手合いか?

E図うっかり△4二銀だと▲2六飛と2本飛車を並べられ大変なことになる。このように小駒側は細心の注意が必要となる、飛側はいかにして網を破るか下手をすると押さえこまれて手も足も出なくなる。一局ずつ交互にすると面白いし、勉強になる。また、飛を成っても小駒が取れずと金もいないと攻めることが出来ないということが良くわかる。

 以上色々な将棋を紹介したが、この他にもまだ沢山ある。私の感じでいうと、つい立て将棋これはまったく面白い。しかし実戦には役にたたない。勉強になるのは、たまに指す短時間の切れ負け将棋、先手後手二枚落将棋、二枚落対二丁飛車将棋、この三つは非常に役にたつと思う。一度おためしあれ。

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昨日の変則将棋は、一部を除いて、実力養成には役立たないけれども気楽にできるゲーム。

今日の変則将棋は、勉強になって実力養成にも役立つものばかり。

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先手後手二枚落将棋は、地味な戦いがひたすら続くような感じがする。

いろいろな勉強の要素が詰まっていそうだ。

小駒の使い方が上手くなりながら忍耐力も同時に身に付いてきそうだ。

棋風が変わってしまう可能性があるかもしれない。

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二枚落対二丁飛車将棋は、どう見ても二丁飛車側が攻める手段が難しそうだ。

飛車が大好きな私が見ても、二枚落側を持ちたいような気持ちになってしまう。

どちらを持っても勉強になりそうだが、不条理さを痛切に感じて、早くこれをやめて普通の将棋を指したい、と私だったら思うかもしれない。

NHK将棋講座2018年8月号「井上慶太九段-糸谷哲郎八段戦」観戦記

一昨日は、NHK将棋講座2018年8月号の発売日。(今日が発売日と勘違いしていました)

◯表紙は羽生善治竜王のイラスト。

○佐藤紳哉七段の講座「佐藤紳哉のエンジョイ将棋」、8月のテーマは「得意戦法を持とう」。第1週は破壊力抜群の棒銀、第2週は守備力が高い矢倉、第3週はバランスのいい四間飛車、第4週は強気に攻める石田流三間飛車。初心者にもわかりやすいように、見事に決まる成功例を中心に解説されています。

◯後藤元気さんの「渋谷系日誌」は、NHK杯戦での「弟子の対局と師匠の解説」と「師匠の対局と弟子の解説」について。この号に自戦記、観戦記が掲載されている4局のうちの3局、井手隼平四段-近藤誠也五段戦の解説が井手四段の師匠の田丸昇九段、永瀬拓矢七段-高野智史四段の解説が高野四段の師匠の木村一基九段、井上慶太九段-糸谷哲郎八段の解説が井上九段の弟子の船江恒平六段ということから、それぞれの微笑ましいエピソードが紹介されています。また、藤井聡太七段の昇段スピードに扇子の段位が追いついていなかった頃の、羽生善治竜王が名人戦第2局の打ち上げの席での雑談で出した妙案についても書かれています。

○段・級位認定 次の一手問題

○将棋連盟からのお知らせ

○女流棋士会からのお知らせ

○日本女子プロ将棋協会からのお知らせ

○「重箱のスミ」クイズ

○テキスト感想戦

○付録は、「船江恒平のホップ ステップ ジャンプ 4手詰め!」。後手玉が王手をされた状態から始まる船江恒平六段の新機軸の詰将棋。解いてみようという気持ちが強く起きます。

〔NHK杯戦観戦記〕

◯1回戦第9局 井手隼平四段-近藤誠也五段

「生涯の課題」 自戦記:井手隼平

◯1回戦第10局 永瀬拓矢七段-高野智史四段

「緊張の中の再戦」 自戦記:高野智史四段

◯1回戦第11局 井上慶太九段-糸谷哲郎八段

「面白い作戦やね」 観戦記:私

◯1回戦第12局 佐藤慎一五段-森内俊之九段

「盤石の勝利」 観戦記:岩田大介さん


今月号には私が書いた観戦記(井上慶太九段-糸谷哲郎八段戦)が掲載されています。

井上九段の模様が良かった将棋でしたが、勝ちを逃す手があって、糸谷八段が逆転をした一局。

感想戦の模様、後日の両対局者の談話、5月に行われた森信雄七段一門祝賀会で兄弟子の山崎隆之八段が糸谷八段について語ったこと、井上九段の祝辞、などを盛り込んでいます。


対局前の控え室では、富岡製糸場で行われる叡王戦決勝七番勝負第4局の大盤解説を担当することになっている糸谷八段が、終局時刻が遅くなった場合、どうやって翌日午前中から開催される大阪でのイベントに間に合うように上州富岡→高崎→東京→新大阪を移動すればよいのか、解説の船江恒平六段に相談していました。

対局前の振り駒では、振り歩先の譲り合い(上座の譲り合いと同等)がありました。井上九段が譲ろうとして、糸谷八段が恐縮しながら懸命に「先生、それはいけません」とおしとどめて、元通りの井上九段の振り歩先となりました。

感想戦では、井上九段の「賢いな、あんた」「二歩打ったらあかんぞーと思っとって…またテレビ出たらいかんぞー」などの井上九段らしい面白い会話がありました。

井上九段と糸谷八段といえば、糸谷3級時代の駒台置き間違え反則負けのエピソード(→糸谷哲郎3級(当時)の伝説、稲葉陽5級(当時)の伝説)があります。井上九段に確認したところ、落ち込んでいる糸谷3級に「プロになったら、これが伝説になるんやから、よかったやないか」と言ったことは覚えているということでした。

これらのことは、当初は観戦記の中で触れようと思っていたのですが、全体の流れや行数の関係などから、残念ながら盛り込むことはできませんでした。

逆に言えば、このようなエピソードを入れることができなかったほど、トピックスが豊富だった一局だったということになります。

NHK将棋講座2018年8月号、ぜひご覧ください。

 

NHK 将棋講座 2018年 8月号 [雑誌] (NHKテキスト)