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「将棋の観戦記は、面白くありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である」

将棋世界1982年11月号、川口篤さん(河口俊彦五段…当時)の「おもしろい観戦記を」より。

 将棋の観戦記は、おもしろくありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である。極端にいえば、対局者と棋譜から全然はなれて(実際にそんなことはあり得ないが)もいいとさえ思っている。

 問題は、どんな観戦記がおもしろいのか、ということになるが、こればっかりは読者各人に好みがあるから、いちがいには決めつけられない。

 観戦記を書くのより、読む立場から私の注文を言わせてもらえば、まず指し手の解説の多い文は閉口である。▲△の羅列を見ると、とたんに読む気がしなくなる。そんな時にはその部分を飛ばして読むが、それだと当然ものたりない。退屈な時は辛抱して手を追って見るが、すると終わりは「これで一局の将棋」なんて書いてあって、やっぱりどうでもよい部分だったのか、ということになる。

 数年前に、盤面にはほとんど触れられていない異色の観戦記が書かれ、それを見た時、私や芹沢八段などは、これぞ名観戦記と大喜びしたのだが、驚いたことに新聞社には「これが将棋の観戦記か」という抗議の電話や投書が殺到したそうである。この話を聞いて、そんなものかな、と思ったがその後考えてみると、非難をならしたのはごく一部のマニア的ファンであって、大多数の読者は、おもしろく読んだと思う。そういう読者は、おもしろかったと声に出さぬだけである。逆に、指し手の解説ばかりの観戦記に対しても、やはり、つまらないとの声は出さない。

 実をいうと、そんなことはわかっちゃいるけどできないという事情がある。それは強力な「と金タブー」の存在である。うっかりしたことを書けば、すぐしっぺ返しが飛んでくる。で、君子危うきに近よらずということになってしまうわけだ。しかし、最近はだいぶ変わって来た。棋士も大人になっている。観戦記者諸氏も勇気を持って読者のための観戦記を書いていただきたい。

 そこで私はということになるが、小生度胸はあるものの残念ながら筆力がともなわない。読み物的なものを書いても、労ばかり多くてろくなものが出来ない。で、譜分けなどを工夫して将棋をおもしろく見てもらうことを心がけている。そして、ごますり観戦記にならぬことも。

 今年の春、私は奇跡的な場面を目撃した。棋王戦五番勝負の第1局、対局者は米長棋王対森安八段。この観戦記を担当した時のことである。

 中盤から米長が優勢に戦いを進め、1図となったあたり、米長勝勢と思われた。まずはこの後の進行を見ていただく。

1図からの指し手
△8六飛▲8七歩△9六飛▲9七歩△9五歩(2図)

 ああこの将棋か、と憶い出された方も多いだろう。驚くなかれ、森安は△8六飛と死にに行ったのである。もっとも、△7四飛と引いては野垂れ死にが明らかだから、ヤケ気味であろうとこう指すよりなかったともいえる。

 △9六飛を見た瞬間、米長は「エエッ!」と首をつき出した。こういう筋があることはチラッと浮かんでいたかも知れない。しかし、「まさか」と思っていた。将棋史上こんなムチャな手が成立したことはなかったから…。

 だが、盤上の△9六飛を見つめているうちに、米長の表情はみるみる変わっていった。この飛車は取ることは出来ない。そして取れないようでは負けと分かったからである。

 かくして2図まで、大事な飛車を取ってくれ、いや取らない、どうしても、という奇形が生じた。この局面は森安が優勢と逆転していたが、次の▲8六金を△同角と誤り、結局森安が負けた。

 負けたとはいえ、こうした見せ場を作れるのは、森安の将棋のどこかに仕掛けがあるからであろう。その不思議さに、控え室の中原名人も、不気味さを感じたようだった。

 さて、このおもしろい場面を強調するために、1図を第九譜として2手だけ進め、△9六飛から△9五歩までの3手を第十譜とした。奇妙な手順が一目で分かるように細かく区切ったのである。しかし、そうすると必然的に序盤は手を多く進めざるをえない。そちらはすこぶる分かりにくくなるが、それもやむを得ないと思った。肉は骨に近いほどうまく、将棋は終わりに近づくほどおもしろい。序盤はさっぱりおもしろくない、とも思っている。

 そうした工夫を凝らしたにもかかわらず、観戦記はうまく書けなかった。思いもかけずど真ん中に絶好球が来たために、肩に力が入って凡飛球を打ち上げた格好だった。つまらない将棋をおもしろく見せるのも観戦記だが、おもしろい将棋をつまらなくしてしまうケースも数多くある。観戦記はそれほど重要なのである。

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河口俊彦五段(当時)の「将棋の観戦記は、面白くありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である」

これには私も大賛成だ。

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「驚いたことに新聞社には「これが将棋の観戦記か」という抗議の電話や投書が殺到したそうである。この話を聞いて、そんなものかな、と思ったがその後考えてみると、非難をならしたのはごく一部のマニア的ファンであって、大多数の読者は、おもしろく読んだと思う。そういう読者は、おもしろかったと声に出さぬだけである。逆に、指し手の解説ばかりの観戦記に対しても、やはり、つまらないとの声は出さない」

これは、将棋の観戦記に限らず多くの分野であることだと思う。

一部の人の声の大きさが世論を代表しているわけでは決してない。

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1図は後手の金損の状態。森安秀光八段(当時)の△9六飛からの飛車の押し売りが迫力満点だ。

遠く4二の角が端に利いていて、先手の7九桂が先手玉の逃げ道をふさいでいるから、このような技が成立する。

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「つまらない将棋をおもしろく見せるのも観戦記だが、おもしろい将棋をつまらなくしてしまうケースも数多くある。観戦記はそれほど重要なのである」

ネット中継がある現在、中継を見た人も見なかった人も楽しめる観戦記が求められており、この頃とは観戦記の書き方も変わってきている。

今の時代だからこそ、観戦記の役割は以前にも増して重要になってきていると思う。

 

 

佐藤康光九段の戦慄の3段ロケット型居飛車穴熊退治

将棋世界2002年3月号、毎日新聞の山村英樹さんの第51期王将戦七番勝負第1局〔羽生善治王将-佐藤康光九段〕観戦記「炸裂したスズメ刺し」より。

 〔意表の三間飛車〕

 記録の天野貴元二段が行った振り駒は1枚が回り将棋の「10」のように立って、歩が3枚出た。羽生の先手番が決まった。そうなると盤側で予想したのは当然相居飛車の戦型になる。ところが、佐藤の4手目は△4四歩。「?」と見るうちに飛が3筋に移動した。なんと、公式戦では初の佐藤の「純正」三間飛車。これから何番も対戦する羽生を相手に、初戦からいきなり意表を突くことをやってくれた。羽生も「驚きました」と語っていたという。

 しかし、振るにしても現在は四間飛車の全盛時代で、三間飛車の実戦は少ない。ということは、必ずしも有利な戦法とは思われていないのではないか。さらに控え室では「三間飛車は軽いサバキが求められる作戦。佐藤さんの棋風とは違う感じがするが」の声もあった。すると、この戦法を選んだ意味は?記者には、佐藤が後に実現する構想をおぼろげながら描き、あらかじめ考えてきたのではないかと思えてきた。それは2日目の午後になってからの話だが。

 羽生は玉を居飛車穴熊に囲う。竜王戦でもさんざん展開されたように、現在はすんなり組ませてくれることの方が少ないだろう。「穴熊に囲うことができてはまずまずと思った」との感想がある。同時に不思議な気がしたことだろう。「なぜ、佐藤さんはこの戦法を選んだのだろう」と。

途中図からの指し手
▲7八金右△6三金▲4六銀△6四銀▲3五歩(2図)

〔伏線〕

 △8一玉が封じ手だった。普通の居飛車対振り飛車の進行と言ってもいいような駒組みだが、1点違うのは封じ手が△8二玉ではなく、下段に移動したこと。羽生も(通常の)△8二玉ではない予感がしたそうだが、控え室の立会陣、丸田祐三九段と前田祐司八段も「△8一玉の方が勝る展開になるかどうかはなんとも言えません」と話していた。この手も後で思えば大構想を実現させるための重要な一手だったのだ。局後、「△8一玉あたりまでの進行は想定されていたのですか」と聞くと、「いえ、とてもそんな」の答えが返ってきた。しかし、はっきりした形でなくとも、なんらかのひらめきがあったのだろうと状況証拠からは思える。

 ▲3五歩は自然な仕掛け。佐藤の応手は……。

2図からの指し手
△7五歩▲3四歩△5一角▲7五歩△同銀▲5七角△6六歩▲同歩△7六歩▲3八飛△8五桂▲4八角△7三銀▲2六角△5三金(3図)

〔突然の大長考〕

 右方を手抜きして△7五歩はわずか7分の決断。▲3四歩の取り込みも予想されるところ。だが、この手が指された午前10時45分からピタリと佐藤の手が止まった。午後0時半から昼食休憩に入り、食事を早めに終わらせて午後1時すぎには盤前に戻って読みを続ける。これまた自然な△5一角が指されたのは再開が告げられた直後、午後1時半だった。記録用紙に105と記入される。

 この長考も謎だった。そして進行を見ると、佐藤は盤の右半分はほとんど見ないで、玉頭戦にかけたような指し方。しかし、羽生に飛角を小刻みに動かされ△5三金と受けた3図は見事なほどに後手の金銀がバラバラ。ちょうと青野照市九段、勝又清和五段も控え室を訪れたが、「(後手陣の)こんな形は見たことがない」。その口ぶりからすると、どうも先手有望と感じているようだ。先手の堅い穴熊を見ると、素人目にもそう見える。だが、6手進むと見方ががぜん変わる。

3図からの指し手
▲5七銀△7四銀▲3六飛△9三香▲3七角△9二飛(4図)

〔遠大な計画〕

 羽生がどの時点で佐藤の構想に気付いたかはわからないが、この時点で気付いてももう止められなかった。三間飛車の選択、封じ手の△8一玉、大長考の△5一角。それらへの疑問をいっぺんに解決したのがこの△9三香から△9二飛。「スズメ刺し」の用語は本来矢倉戦でよく使われるので、この場合に使えるかどうかわからないが、おそらく前例のない対穴熊の「スズメ刺し」。最下段を移動する地下鉄飛車は実戦例もあるが、こんな構想はあるのだろうか。

 記者が属する毎日新聞と一緒に王将戦をを主催するスポーツニッポン紙で特別観戦記者をつとめた作詞家の荒木とよひささんだけが、早くからこの構想を言っていたが、前田八段が「荒木さん、自慢していいですよ。おそれいりました」。佐藤は「端にプレッシャーをかけるしか勝負にならないので」と感想で。しかし、羽生は「スズメ刺しの形になってはこちらが悪いと思います。中盤の飛角の動きなど、ゆっくり指しすぎたかもしれません」。とは言うものの控え室では後手陣の形は異様なだけにまだ羽生に分があるのかと思っていた。

4図からの指し手
▲6八銀△6三金▲6七金△7二金▲3五飛△4二角▲7八金△8四歩▲4六角△6四角(5図)

〔我慢比べ〕

 堅い穴熊だが、逆に言えばこれ以上進化のしようが難しい。佐藤にしても一歩持っていれば△9六歩以下端攻めが実行できるのだが、その歩がない。羽生にとっては歩を渡さずに手を進めたい。右の手順は双方ともにすぐには動けず、手待ちの意味がある。ただ、この間に佐藤の金銀が再び集結し、結構堅い形になった。とは言え、いつまでも待つ手がない。

「どちらが先に辛抱できなくなるか」と控え室の視線が集まる中で、佐藤が動いた。午後6時10分、角をぶつける△6四角。ここから堰を切ったように局面がほぐれる。

5図からの指し手
▲同角△同銀▲3三歩成△6九角▲7九歩△4七角成▲4三と△7七歩成▲3一飛成△7一歩▲7七銀右△2九馬▲8六銀△1九馬▲2一竜△9四香打(6図)

〔一気に攻め合いに〕

 残り時間が16分対9分ということもあるが、両者の指し手は早かった。あっと言う間に羽生が竜を作る。手順中△7七歩成は拠点を失って惜しいようだが、△7一歩で後手陣が引き締まった。そして、取ったばかりの香を9四に打ち、いよいよ攻撃の準備が完了。羽生はここで手を止めた。

6図からの指し手
▲8五銀△同銀▲7七桂打△7三桂▲6一角△9六歩▲8五桂△同桂▲9六歩△同香▲9七歩△同桂成▲同桂△同香成▲同銀△同香成▲同香△9八歩▲8八玉(7図)

〔羽生のミス〕

 5分使って▲8五銀。続く▲6一角とあいまって攻め合いの順だが、勝負所があったとすればここだろうと、局後の検討が集中した。

 代わる手でもっとも有力だったのが▲7六桂と打つ手。△7五銀左に▲4二角と攻防の角を打ち、どうなるか。変化の中には千日手の順もあり、「これが最善かも」の声が両者からあったが、終局直後の感想だけに自信が持てない様子。ただ、本譜よりは勝ったかもしれない。

 佐藤が端に集めていたミサイルが次々と発射され、次第にすっきりした形になってきた。「これは羽生さんの負けかも……」と控え室の声も定まってきた。残り5分の佐藤が2分を使って決め手を出す。

7図からの指し手
△9七飛成▲同玉△8五桂▲9六玉△9五銀▲同玉△8三桂▲9四玉△9三銀▲同玉△9一香(投了図)  
 まで、118手で佐藤九段の勝ち

〔佐藤鮮やかに先勝〕

 △9七飛成が決め手になった。▲7七玉と逃げれば即詰みは免れるが、羽生はそんな気にならなかったのだろう。▲同玉と取って、詰まされる順を選んだ。以下は長手数だが、詰んでいる。投了図以下は▲8四玉△7五銀▲8五玉△7四金▲同玉△7三金▲8五玉△8四金。駒を使い切り、遠く1九の馬まで利いている。

「詰みを発見してようやく勝ったと思いました」と佐藤。

 羽生の居飛車穴熊を粉砕して先勝した佐藤。この勝利は大きな自信になっただろう。三間飛車からスズメ刺しという大胆な発想には脱帽するしかないが、やはりどこかでおぼろげにこんな発想が生まれて、いつかは指してみようと思っていたのだろうか。本人は「いや、そんなことはありませんよ」と笑って否定するだろうが……。

 局面がほぐれてから終局するまでわずか50分足らず。この2人の戦いはそれまで序盤、中盤で注ぎ込んだものを一気に清算する時点では第2局まで終わっているが、おそらく2局目も、第3局以降も、両者の激闘はこんな光景が続きそうだ。

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2図で後手玉が8一ではなく8二にいれば、真部流三間飛車そのものの形。

羽生善治王将の攻め方は、真部流三間飛車に対する一つのお手本の手順ということになるだろう。

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「こんな形は見たことがない」と言われた3図の後手の陣形。

本当に見たことがない。

こんな不安定でバラバラで浮き駒だらけで、個人的には絶対に指したくないような形だ。

しかし、ここからが天衣無縫流の佐藤康光九段の真骨頂が発揮される。

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5図以降の後手の陣形が引き締まっているのが、奇術を見せられているような気持ちになる。

三間飛車は世を忍ぶ仮の姿であり、本筋の狙いはスズメ刺し、そして、6図の3段ロケットというか3段ミサイルの展開。

あとは、先手の穴熊の9筋に集中攻撃。

泣く子も黙るような攻撃。

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佐藤康光九段の奔放な指し回しが現れる初期の段階であるが、この後、佐藤康光九段は更に奔放な、誰も考えつかないような、誰も指さないような振り飛車を何局も見せてくれるようになる。

佐藤康光王将(当時)「我が将棋感覚は可笑しいのか?」

 

 

名人戦指し直し第6局2日目午後、おやつを注文しなかった加藤一二三十段(当時)

将棋世界1982年8月号、毎日新聞の加古明光さんの第40期名人戦七番勝負〔加藤一二三十段-中原誠名人〕指し直し第6局盤側記「加藤十段、名人位に王手!」より。

 2勝2敗1持将棋、1千日手と全く譲らぬ状況のまま、指し直し第6局は6月22、23日、東京・紀尾井町の「ホテル・ニューオータニ」で行われた。世界に知れ渡っている大ホテル。収容人数3,800人のほか、アーケードやパーティに出入りする人などを含めると、このホテルが一つの街である。だが、この大きな”街”にも対局にふさわしい和室は二つしかない。一つは、春の王将戦で大山が中原と対したタワーの和室。もう一つが本局の行われた本館15階の部屋である。

(中略)

 加藤に直接ただしたわけではないが、加藤は封じ手番をあまり好まないようだ。5七角で一日目終了。何でも食べられる大ホテル。加藤は「一人で適当に食べてきますから」と夕食注文を断った。昼に「なだ万」の天ぷら定食をとったピンさん、この夜は何を食したのだろう。中原は関係者とそろって庭園内にある清泉亭でバーベキュー。この夕食がなかなか味なもので、談笑しながらの食事は2時間近くにも及んだ。

(中略)

 3時ごろにはおやつの注文をとる。これまで加藤のおやつはカマンベールチーズにトマトジュース、フルーツが定跡化していた。昨日も同じものをとっている。そのピンさんが―。「私はいりません」と言った。普通の人なら何でもないが、これはビッグニュースである。今シリーズもちろん初めてだ。控え室の話題は他愛ないもので、検討の他は、こんなことがニュースになる。「どうしたのかな、ピンさん」「ヤル気満々じゃないのかな」エトセトラ。ちなみに中原はチーズケーキ、紅茶になぜか、パパイヤ。

(中略)

 力の入った好局だった。寄せ合いの局面で中原が2三金上でなく、3一金としておけば勝ちにつながったかもしれない。悔やまれる一局だっただろう。都心の対局とあって、報道陣がむらがった。冷めてゆく熱気とともに彼らの姿も一人減り、二人少なくなって行った。ホテルのフロントにまで「名人戦どうなりました」の問い合わせが続いた。昂まる関心の中で、今シリーズ、加藤が初めて中原をリードした。

 好局の指し直し第6局。軽い打ち上げのあと、加藤は深夜、自宅に帰った。当日帰宅の多い中原は、この夜、浴衣姿になってニューオータニに泊まった。沈静しない悔恨と興奮を治めるには、自宅より、ホテルの方がよかったのかもしれない。

 加藤、初の名人位へ王手。カド番に立った中原のピンチは、これまで9年間の中で最も大きな赤信号ではないだろうか。

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加藤一二三名人誕生の少し前の頃のこと。

加藤一二三十段(当時)の勝負に懸ける気合いが十二分に表れている。

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カマンベールチーズにトマトジュースの組み合わせだと、おやつと言うよりも軽食のようなイメージだ。

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私はトマトジュースを一度も飲んだことがない。もちろん野菜ジュースも。青汁は一度だけ飲んだことがある。

私がトマトジュースを飲まないのは、生のトマトが苦手だから。

トマトは果物としか思えないような姿・色なのに、味と匂いが全く果物ではなかったことが、子供時代の私に大きな衝撃を与え、現在に至っている。

トマトケチャップは全く抵抗がなく、オムライス、ナポリタンは子供の頃から好きなので、私は子供の味覚のままなのだろう。

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ホテルニューオータニなので、バーベキューと言っても既に焼き上げたものが出てきた可能性が高い。

それがあるべき姿だと思う。

私が非アウトドア派ということも大きな理由かもしれないが、バーベキューにはどうしても興味が持てない。(バーベキューは1~2回経験してるが、その上での強固な結論)

高性能の調理装置があれば別だろうが、風が吹く野外で調理しても焼きムラができやすく、それならばプロに作ってもらったほうが美味しく安心して食べられるのではないかと思うからだ。

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お好み焼きも、自分たちで焼く店よりも、完成したお好み焼きが出てくる店の方が嬉しい。

焼肉としゃぶしゃぶは例外だ。

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世の中にバーベキュー嫌いはどれくらいいるのだろう、と思って調べてみると、バーベキューの嫌いな人が意外と多いようである。

暑い・熱い・煙い! 6割超が「バーベキュー嫌い」(NewsCafe)

しかし、別の調査によると、4人に3人はバーベキューが好きという結果も出ており、真相は闇の中だ。

 

 

羽生善治四冠(当時)の一年がかりの雪辱

一昨日、昨日からの続き。

将棋世界2002年2月号、武者野勝巳六段(当時)の第14期竜王戦第5局〔羽生善治四冠-藤井猛竜王〕観戦記「一年懸かりの雪辱」より。

4図以下の指し手
▲4三歩成△同飛▲2二角成△4七歩成▲2一馬△6三飛▲5四馬寄△5八と▲同金△4七歩▲4九歩△3八と▲2七飛△5三歩(5図)

羽生の戦略

 前期竜王戦で羽生は奪取に失敗した。実は挑戦者になったときの羽生の強さは無類で、これまで谷川王将に退けられたことしかなく(平成7年の第44期王将戦で3勝4敗で敗れた)、以来2度目のこと。

 こう意識してここ一年の羽生の戦いぶりを振り返ってみると、あえて居飛車穴熊を連採したり、自分が四間飛車に振ってみたりと、明らかに対藤井戦を射程に入れた戦法を試しており、ひたすら藤井への雪辱を心に誓って一年を過ごしてきた様子が見て取れる。

 私は七番勝負が始まる前まで、この羽生戦略は序盤作戦がターゲットなのかと思っていたのだが、地方に帯同するうちそれが終盤にまで及んでいる気配を感じることが多くなった。

 4図からの指し手などもそれで、一時的とはいえわざわざ後手飛車を働かせる▲4三歩成なんて、プロならば真っ先に読みから切り捨ててしまう手で、誰が「いや待てよ」など、深く読んでみようという考えになるだろうか。

 大駒を切り、肉弾戦のようにと金と、金銀で敵玉に迫るのが「ガジガジ流」と呼ばれる藤井の寄せテクニックで、羽生はこうしたペースにさせまいと、後手飛車を封じ込める地味な戦いを選んだ。

5図以下の指し手
▲5五馬△5四金▲7七馬△3六金▲1七飛△3七と▲6六桂△2七と(6図)

飛車の捕獲作戦

 藤井が△5三歩と打ったのがうまい。
▲6三馬△同銀引▲4七飛と先手の飛車に活躍されてしまいそうだが、△3六角と打ち返して、次の△4六歩がきびしく残るので後手よしなのだ。

 だから羽生は▲5五馬と逃げたが、藤井はなおも△5四金で中央を制圧しながら馬を追い、△3六金と勝敗のカギとなる金が少しずつ働きだしてきた。

 藤井はからっ風吹く群馬県沼田市で少年時代を過ごしたが、近郊に将棋道場はなく、ひたすら大山十五世名人の棋譜を並べることで上達の糧にしたという。

 藤井の序盤は、積極的に主導権を握るタイプなので大山将棋とは表現が違っているが、手順に玉を安定させて、遅そうなと金の活用を間に合わせるなど、終盤の構想表現はかなり似ていると思う。

 △2七とにて飛車の捕獲作戦完了。

6図以下の指し手
▲5四桂△1七と▲4二桂成△3八飛▲5九歩△2八と▲4三馬△1九と▲5二成桂△5四香▲3九歩△1八飛成(7図)

局面の流れと形勢判断

 インターネットで中継をしていると、ファンから「現在の形勢は?」と優劣を聞かれることが非常に多い。

 将棋は、野球やサッカーのように得点が表示されるわけではなく、個々の指し手の意味についても、対局者以上に読んでいるはずかないから当然の質問。

 そこで折に触れて駒の損得、玉の固さ、駒の効率、手番を判断しつつ「○○が優勢だと思います」と掲示板に書き込むのだが、▲5四桂△1七とと飛車金を取り合った局面を判断していて驚いた。

 これまで激しく駒の取り合いをしてきたのに、飛車角交換以外、まったく駒の損得がなかったからだ。

 6図から羽生が▲5四桂と取り、これを▲4二桂成と逃げた構想はいかにも遅い感じで、控え室では評判悪かったが、局面の流れが「駒の損得より駒の速度」が重要な終盤から、やや中盤に戻った感じもあるので「駒割を大事にした」羽生の一連の指し手はむしろ当然なのだ。

 藤井は待望の飛車打ちから香を入手し、それを△5四香と据えて寄せに着手。この間羽生は▲4三馬から▲5二成桂と、ひたすら注目の桂の活用を図る。

 こうして優劣不明のまま、終盤の寄せ合いに突入した。

7図以下の指し手
▲5三成桂△同飛▲同馬△5六香▲同銀△5七歩▲6八金△6五桂▲6六馬△8五銀打▲6五銀△同銀▲同馬△7六桂▲3八香(投了図)  
 まで、109手で羽生四冠の勝ち

あっけない幕切れ

 控え室では▲9五歩△同歩▲6一成桂
△同銀▲同馬△同飛▲5二金……という激しい寄せを研究しており、藤井もこの順は危険なので▲9五歩を手抜いて指す筋などを読んでいたようだ。

 ところがモニター画面に映し出された羽生の手は▲5三成桂と信じられない方向に動き、これを見た控え室には「エーッ」という驚きの声が一斉に上がった。というのは、▲6三成桂と飛車を取っても△同銀引と払われ、後手の囲いは少しも痛痒を感じないからだ。

 ところが実戦心理とは不思議なもの。相手の藤井はこの驚きが「寄せ合いばかりに集中した読みのスキを突かれた」と悲観に変わり、わずか10分で△5三同飛という敗着を選び、奈落の底に落ちてしまったのだから、これまた羽生マジックといえようか。

 羽生とすれば「寄せ合いでは自信がない」から受けに転じただけなのだが、この七番勝負で藤井は好局をすべて終盤で追いつかれており、自身の他棋戦での不調と相まって「現在の終盤力は相手の方が上」と認める気持ちがあったのかもしれない。

 とすれば必敗の内容をあわやという局面まで追い込んだ第2局の敗戦をも、羽生は終盤の信用力として、第5局にも生かしたことになる。

 終了後の検討では、▲5三成桂に△5六香▲6三成桂△同銀引▲5六銀△5七歩▲6八金△4八歩成(C図)の変化が示された。

 以下▲同歩なら△同竜▲4一飛△5二銀打▲同馬△6八竜▲同馬△5二銀で、むしろ後手優勢との結論が出たのだが、当の藤井が「▲5三成桂と指され、急に悪くなったので驚いた」と、すでに勝負をあきらめる気持ちになっていたのだから、これは結果論というものだろう。

 そのチャンスを逃した藤井は、形どおり迫って投了図を迎え、指し切り負けが明らかになった時点で「負けました」と頭を下げた。

 最後は急転直下の結末だっただけに、当日はちょっとあっけない気もしたが、日を改めて今期の5局を通して棋譜を振り返ってみたら、盤上の指し手を通し「藤井に自分を認めさせる」のが、羽生のここ一年間の戦略だったのではないかなという理解をするようになった。

 とすれば、この雪辱は頂上決戦の第二幕ともいうべきで、今度は藤井が巻き返しを図る順番。将棋界は今、二つの対立軸を中心に展開しているのだ。

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竜王戦インターネット中継掲示板再現③

  • ▲5三成桂は羽生マジックですかね。だれも気づかない手だと思います。(DJ)

  • △6五桂は『東大将棋』によると詰めろになっています。(よみぬけ)

  • こんなに面白い竜王戦をもっと見たいから、振り飛車頑張れ!(zaq)

  • 羽生先生おめでとうございます。初心者でもワクワクさせていただきました。第2局が非常に印象深かったです。(初台)

  • 第13期竜王戦で羽生さんを振り切った藤井さんは私の師匠です。また振り飛車旋風を起こしてください。(Romario)

  • この4年間の竜王戦はどれも最高でした。藤井竜王のおかげで将棋が大好きになりました。藤井さん、ゆっくり休んでまた頑張ってください。(相振り党)

  • ダンナいわく「羽生さんは何でもっとうれしそうな顔しないのかな」と。将棋の美学でしょうが、きっと羽生さんの扇子の裏の口元はゆるんでいるはず?いつか対局場で観戦したい。(HIJIRI)

  • 最高峰の将棋をリアルタイムで観戦でき、アマも自由に参加できる本サイトは大変素晴らしい。(Tack)

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本局で出た相手を自然に誤らせてしまうような羽生マジックこそが、狭義の羽生マジック、真の羽生マジックと言えるのだろう。

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武者野勝巳六段(当時)の観戦記が素晴らしい。

▲4二桂成~▲5三成桂が結果的に羽生マジックとなる過程と背景が見事に描かれている。

棋士にしか書けない観戦記だと思う。

 

 

森雞二八段(当時)の▲6九歩

将棋世界1982年8月号、福本和生さんの第40期棋聖戦五番勝負第1局盤側記「挑戦者森、大逆転で先勝 二上、新記録達成ならず」より。

「第40期・棋聖戦」二上達也棋聖と挑戦者の森雞二八段との五番勝負第1局は、6月17日に静岡県・伊豆長岡「石亭」で行われ、森八段が先勝で好スタートを切った。

 しかし、将棋は二上棋聖のほうが優勢であった。それが終盤で逆転となった。森八段の”終盤の魔術師”ぶりは見事であったが、それよりも将棋の怖さと、勝負の世界の魔性をまざまざとみせつけられたような気がした。二上棋聖の心中に”何か”があったように思えてならない。棋譜をたどりながら”何か”をさぐってみたいが、その実体に迫るのは容易ではあるまい。

 この第1局の観戦記は、芹沢博文八段が執筆する。従来の新聞観戦記のパターンを破った30日間の連載である。棋士を語るには棋士をもっていわしめよ、で”何か”は芹沢観戦記が解明してくれると思う。

 それにしても、二上棋聖に何があったのだろうか―。

(中略)

 対局開始は午前9時。和服の対局者が盤をはさんで対峙する。二人とも黒の羽織で、それがよく似合っていた。立会人席には、松田茂役九段、米長邦雄棋王の両立会人と芹沢八段。記録係の大野八一雄新四段の振り駒で森八段の先手番が決まった。

(中略)

 二上は18手目の△2四歩に35分の長考をした。それまでの局面の流れは、森の中飛車に二上の居飛車であった。戦前に予想された戦型であるが<2四歩>は、二上としては初めてではあるまいか。天守閣玉をめざすものだが、ここで森は6分使って▲7五歩と突き出した。△8五歩▲7七角△2三玉となったとき、森はノータイムで▲8八飛と向かい飛車に構えた。そして29手目に▲8六歩を決行、△同歩▲同飛(1図)となったところで、二上は再び大長考に沈んだ。

1図以下の指し手
△同飛▲同角△6五歩▲8二飛△6六歩▲5八銀△8八歩(途中1図)

 対局が始まってから二上は無言。きびしい表情で盤に向かっていた。この一局を勝つとタイトル戦10連勝の新記録を達成する。二上としては勝ちたい一番である。

 控え室でも二上10連勝が話題になっていた。米長さんが「二上先生の10連勝ね。この記録のきっかけを作ったのはどなたですか」と、とぼけていた。「第37期・棋聖戦」で米長棋聖に挑戦したガミさんが、初戦を落としたあと3連勝、そして中原、加藤の強敵を三番棒で勝ち抜いての9連勝である。

 米長「ここで長考なら飛車交換になります」の予想が的中、二上は35分の読みで飛車交換を敢行した。このあと二上の34手目△6五歩に森は▲8二飛と打ち込んだが、△6六歩▲5八銀に二上から手筋の△8八歩を打たれて先手陣はしびれた。

途中1図以下の指し手
▲7七桂△8九歩成▲6九歩(途中2図)

 森は31分で▲7七桂とはねたが、後手に△8九歩成とと金を作られて弱ってしまった。次に先手が▲8一飛成なら△8八と▲同金△6八飛と打たれてつぶれてしまう。といって△8八とに▲6八金と逃げては△8七とがひどい。

 森は16分で▲6九歩と受けた。つらい辛抱であるがやむをえない。

途中2図以下の指し手
△9九と▲8一飛成△8九飛▲6五桂△6四銀▲4一竜△同銀▲8八金打△6七歩成▲8九金△5八と▲同金(途中3図)

 二上はお茶を飲みながら盤面を見ていたが「休憩にしましょう」といって立ち上がった。

 森は関係者と会食したが、二上は自室へ入って食事をとった。夜食はともかく、昼食をガミさんが一人で食べるといったのは、私には初めてのことであった。

 森は食事のあと、池の鯉を立ったままで眺めていた。そして「うーん」とため息まじりの声をもらしていた。友人の作詞家、千家和也さんが午後4時ごろ観戦にくることになっていたが、森は電話をかけて「早くきなさいよ」といっていた。森、形勢非なりである。

(中略)

 午後の再開で二上は△9九とと香を取った。森は▲8一飛成であるが、二上に△8九飛と打たれて「うーん」とつぶやきながら考えこんでいた。8分で▲6五桂とはね、△6四銀をさそって17分の読みで▲4一竜の強手を放った。

 両者の気合いのぶつかりで△4一同銀▲8八金打△6七歩成▲8九金△5八と▲同金までノータイムの応酬であった。次の一手を二上は大長考した。

途中3図以下の指し手
△6六飛▲7九金寄△8六飛▲6一飛△5一香▲6四飛成△6三銀▲7三竜△7二歩▲8七銀△6六飛▲8四竜△6五飛▲6八金左寄△8九と▲同金△7七角成(2図)

 控え室では△8九とでも△6五銀でも後手よしの声であった。

 このままでいくと夕食休憩前に終わるのではないかとさえ思われた。

 二上は58分で△6六飛と打った。

 米長「飛車をね、うん飛車をね…」と継ぎ盤を前に研究していたが「これでも後手がいい」と話し、芹沢も「ガミさんの勝ちだね」と宣言していた。まだ午後2時半すぎであった。

 中盤戦がたけなわであるが、控え室ではいぜんとして二上優勢である。70手目に二上は△7七角成と指した(2図)。これを▲同金なら△6九飛成がある。

2図以下の指し手
▲7九金△5五馬▲4八桂(途中4図)

 森は▲7九金で△5五馬に▲4八桂の受けである。辛抱につぐ辛抱である。先手からは攻めの手がかりがないのに比べ、後手は指したい手が多すぎて困るぐらい。

途中4図以下の指し手
△3二玉▲7六銀△6四飛▲8六竜△3五歩▲6七銀△4五馬▲8三歩(途中5図)

 松田九段は「△7三馬▲8一竜△7五飛とゆっくり指して敵竜をいじめていけば、後手は絶対に負けない」という。

 米長棋王も「この局面からなら後手は負けない」と強調する。

 芹沢八段は「ガミさんの楽勝」と、三者が口をそろえて二上勝ちの予想。

 74手目に二上は△3二玉である。この手は控え室ではだれも口にしなかった。「おかしいね」とだれかがつぶやいた。

 このあたりから将棋はもつれぎみになってきた。

 <3二玉>を二上は局後「△3五歩と突くつもりだったのでね」と話していたが、2三玉では玉のこびんがあくので気持ちが悪いという意味だろうが、これは弱気の自重だったのではないか。

(中略)

 二上が80手目に△4五馬と指したあと、森は10分で▲8三歩と打った。この歩がと金となって、はるかに離れた二上玉に肉薄するとは思いもよらなかった。

途中5図以下の指し手
△5五歩▲8二歩成△2五歩▲4六歩△3四馬▲9一と△1五歩▲6六香(3図)

 89手目に森は▲6六香(3図)と打った。二上は歩切れである。

3図以下の指し手
△9四飛▲6三香成△同金▲1五歩△6四飛▲8一と△1二香打▲7一と△1五香▲同香△同香▲4五銀△2四馬▲6一と△1九角▲3九玉△1八香成▲4九玉△2八角成▲4七銀△6五香▲6六香△同香▲同銀△6五歩▲同銀△同飛▲6七香△6四香(途中6図)

(中略)

 香の打ち合いである。これが一段落したところで121手目に森は▲5一とと入った。二上は銀当たりにかまわず△6四香と打った。

途中6図以下の指し手
▲6五香△同香▲5一と△6四香▲4一と△2九成香▲5九玉(途中7図)

 控え室ではこの2枚香の構想に無理があったのではないかという。▲4一と△2九成香の攻め合いの局面で夕食休憩となった。

 芹沢、米長でこのあとの手順が熱心に検討されていた。

芹沢「ガミさん、しくじったかもしれない。次に先手に▲5九玉と早逃げされると後手は一手負けになる」

 <5九玉>に△6七桂は▲同金右△同香成▲3四桂△2三玉▲1六香で、先手の一手勝ち。序盤の辛抱の▲6九歩が終盤で威力を発揮するとは…。

 午後7時再開。芹沢予想通り森は▲5九局であった。

(中略)

 二上が136手目に△6七香成と迫った瞬間、森はノータイムで▲8五角と打った。攻防の名角であった。これからは森の鮮やかな寄せで143手目の▲6三角成をみて二上が投了した。

 午後8時27分だった。

 投了の直後に森が「どうも粘りすぎまして…。こっちが負けていました」と、二上に頭をさげていた。タイトル戦では珍しい光景であった。

(中略)

 二上にとってこの一番は痛恨きわまりない。タイトル戦10連勝の新記録がついえたというよりも、ほとんど必勝形であった将棋を失った痛手のほうが大きかったであろう。

 敗因は2枚香の構想が甘かったということらしいが、それよりは優勢を意識しての気持ちのゆるみが逆転を喫してしまったのではないか。

 中、終盤にかけて、いつものガミさんの鋭さがみられなかった。

 将棋は自身との闘いであるという。僭越ないいかたを許してもらえるなら、二上さんは自身との闘いに敗れたのではないか。ガミさんに奮起してもらいたい。

 森さんには驚嘆した。▲8三歩を打ってと金を作り、それを活用するまで粘り抜いた精神力の強靭さには目を見張った。

 36歳の指し盛りである。本人もいっている通り、タイトルを手にしてもおかしくない実力であり年齢である。

(以下略)

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今日、竜王戦6組、森雞二九段-金沢孝史五段戦が行われ、森雞二九段が敗れ、森雞二九段現役最後の対局となった。

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森雞二八段(当時)が初タイトルを獲得することになる棋聖戦の第1局。

▲6九歩の大辛抱の歩と、▲8三歩~▲8二歩成~▲9一と~▲8一と~▲7一と~▲6一と~▲5一と~▲4一と、のと金の動きと、非常に森雞二九段らしい一局だ。