「観戦記」カテゴリーアーカイブ

羽生!という手

将棋世界2003年1月号、読売新聞の小田尚英さんの第15期竜王戦第1局(羽生善治竜王-阿部隆七段:指し直し局)観戦記「3度目の開幕戦で羽生先勝 阿部の横歩取り8五飛は不発」より。

 両対局者に冷房を入れた台北とは一転、宇都宮には秋の冷気がおりていた。

 千日手が2回という異例の立ち上がりとなった竜王戦。本局はその第1局再指し直し局である。改めていざ、なのだが、対局者は、真っ白な気持ちで、とはいかないだろう。すでに台北でゴキゲン中飛車、矢倉と「手の内」を出した後なのだから。私も、始まりと継続が混在する不思議な感覚で宇都宮対局を迎えた。

 ファンら約80人が集まった前夜祭で、羽生は「仕切り直しという気持ちで頑張る」阿部は「千日手の結末は残念だが、その気持をぶつけたい」と、それぞれ決意を語った。

 35歳の阿部は、棋士として数々の舞台を踏んできている。作務衣を和服に替えたからといって、普段の対局と変わりはない。30を過ぎてから強くなったと自慢する。まさに充実の時だ。指し手について容赦のない率直な批評で知られているが、意外にも実生活は「結構お人よしなんです」と本人は言う。台北で買い物をした際、付きまとう店員をなかなか振りほどけなかったのを見て、なるほどと思った。

 羽生は、これで3期連続の竜王戦となる。話している時は話題も広く笑顔が絶えないが、その必要がない時は自室に戻って休んでいる。ペースはいつもどおりだ。ただ、過去2年よりも笑顔の時間が少し長いように思える。充実しているのだろう。

(中略)

 初手が指された後、私は撮影用にはずしていた障子をはめ直して控え室に戻る。毎度のことだが、何年担当者を務めていても対局が無事始まるとほっとする。

 阿部の選択は横歩取りだった。

 この戦型、出始めの頃は主導権の取れる後手が6割を超す勝率を収め、一躍居飛車の戦いの主流戦法となった。現在は、というと、集中的に指されたこともあって先手の対策も進み、勝率は落ち着いてきた。当初からこの中座飛車を採用している野月浩貴五段に竜王戦本戦の時に聞いたのだが、彼は「今は後手が少し苦しいと思います」と言っていた。

1図以下の指し手
▲2六飛△4一玉▲5八玉△6二銀▲3六歩△5四歩(2図)

 アマチュアがほとんど指さないのにプロの主流となっているこの戦法。序盤のこの辺りの手の組み合わせは企業秘密になっていることも多く、実際、本局の感想戦でもほとんど触れられなかった。よって正確な解説は難しい。ただし、後の形勢に直接結びつくだけに、プロは陣形の組み立てに心血を注いでいる。そのことは消費時間で分かる。

(中略)

 4図以下の指し手
▲7五歩△2四銀▲3四歩△同飛▲8六飛△5六歩(5図)

 4図では手筋の▲2二歩が目に付く。△同金は▲4三飛成。△3一玉は王手飛車があるから歩成は受からない。控え室の検討ではこれで後手が困っていた。しかし羽生は目もくれず▲7五歩。8一桂の活用を封じた本筋の大きな一手である。

 阿部「▲2二歩には△4四飛とぶつけますよ」。不利を覚悟していた阿部にとって乱戦化は歓迎なのだ。それを見抜いているところに、当然とはいえ、羽生の卓越した大局観を感じた。

(中略)

 飛成りを見せた▲8六飛。先手快調。△8四歩と受けるのは▲3七歩と攻めを封じられて後手ジリ貧、「大差です」(阿部)。また△3七歩▲同金△4五桂は▲3六金△8五歩▲6六飛。「これもダメですね」。で、阿部は勝負手を放った。それが△5六歩である。私は大盤解説会場にいたが、ヒントにないこの「次の一手」を当てた方が一人いたのには驚いた。ここで動かないと後手まずい。当てた方は阿部と同じ大局観である。

5図以下の指し手
▲8一飛成△4五桂▲9一竜(6図)

 △5六歩に羽生が「最初は軟弱に▲同飛と取ろうかと思った」と言ったから感想戦は笑いに包まれた。阿部は「それでも悪いでしょうけど」。▲8一飛成は後手の攻めを呼び込むだけに怖いが、北浜六段は大盤解説で「私ならこれで負けても後悔しません」。

 殺到体勢を築く△4五桂に、さらに手抜いて▲9一竜。これには本当に驚いた。踏み込みがいい。羽生!という手だ。もっとも▲4九桂と受けるのは△2八角の手筋があって後手が面白い。▲5六歩と手を戻すのも△5七歩▲同銀△4九角の必殺打がある。▲同玉△5七桂成は後手勝ち。それに比べて▲9一竜は、玉が上部に追い出された際の△9二角を防ぐ意味もあり、攻防の手となっている。

(中略)

 ほかにも変化はたくさんあるが、要は阿部の読みどおり、先手玉は寄らない。チャンスは幻だったのだ。午後6時12分、阿部が投了。

(中略)

 短手数ながら際どく面白い終盤戦だった。本局は大局観と踏み込みのよさという羽生の長所が発揮された。羽生「3筋の位が取れたのが大きかった」、阿部「やっぱり作戦負けでした」が感想戦の結論だった。三度目の正直で羽生先勝。2千日手も含め密度の高い将棋を間近に3局見たので、とてもオープニングゲームとは思えなかったのだが、まだ第1局が終わったばかり。羽生が去った後、阿部は自ら丁寧に駒をしまった。タイトル戦では記録係が片付けるのだが、思うところがあったのだろうか。「調べてみたんですが、羽生さんって先手の勝率が異様に高いんですね」。阿部は問わず語りにそう言った。主力戦法で一局失ったのは痛いが、次は先手番。戦いはこれからだ。

——————————

5図からの▲8一飛成が決断の一手。

「最初は軟弱に▲同飛と取ろうかと思った」と羽生善治竜王(当時)が語っているように、▲5六同飛ならローリスク・ローリターン、▲8一飛成ならハイリスク・ハイリターンの世界。

あるいは、ミドルリスク・ハイリターンと読んだから▲8一飛成が選択されたとも考えられる。

どちらにしても、リアルタイムで中継を見ていたならば、▲8一飛成の踏み込みの良さに鳥肌が立ったことだろう。

——————————

そして、△4五桂に▲9一竜。

歩兵部隊の△5六歩、続いて戦車部隊の△4五桂が自陣を攻撃しようとしている時に、迎撃隊は出さずに敵国内に飛行場を建設するような▲9一竜。

やはり驚きの一手で、リアルタイムで中継を見ていたならば、指された瞬間、頭で手の意味を考える以前に鳥肌が立つこと間違いなし。

小田尚英さんが書かれている通り、まさに「羽生!という手だ」という手。

△5六歩~△4五桂の攻撃を甘受したのは、自陣の要塞の天井に穴を開けてもらって、そこを脱出口にしようという狙いだ。

——————————

この期の竜王戦七番勝負は第1局が台北で行われ、千日手が二度続いたことから、この対局が実質的な第1局。

七番勝負は羽生竜王の4勝3敗での防衛となったが、最終局が行われたのが翌年1月初旬で、竜王戦七番勝負が年を越した唯一のケースとなっている。

——————————

香港の空港でのこと。かなり昔の話。

帰りの便を待っていた私が空港内をブラブラしていると、あるショーケースの前で、店の女性が私に向かって笑みを投げかけてきた。

非常に愛くるしい雰囲気のアイドル型の広東美女。

ショーケースの中にはアクセサリー的なものが多く並べられていた。

買いたいものはなかったが、そういえば会社の人へのお土産を買っていなかったということで、表に「福」、裏に「寿」とある、いかにも金メッキの小さな小物を買うことにした。

値札には50と印字されているので、当時の香港ドルのレートで計算すると850円位。縁起が良さそうなので5個ほど買おうと思った。

しかし、よく見ると、50は香港ドルではなく米国ドル(当時で7,000円以上)であることがわかり、買うのをやめようかと一瞬思ったものの、その彼女の笑顔を見ると、やっぱり1個だけ買おう、と心が動き、結局は自分用に1個だけ買うことにした

「買って」とも言われていないのに買わなくても良いものを買ってしまった典型的な事例だが、付きまとう店員をなかなか振りほどけなかった阿部隆七段(当時)とは全く逆のケースだ。

 

 

「将棋の観戦記は、面白くありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である」

将棋世界1982年11月号、川口篤さん(河口俊彦五段…当時)の「おもしろい観戦記を」より。

 将棋の観戦記は、おもしろくありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である。極端にいえば、対局者と棋譜から全然はなれて(実際にそんなことはあり得ないが)もいいとさえ思っている。

 問題は、どんな観戦記がおもしろいのか、ということになるが、こればっかりは読者各人に好みがあるから、いちがいには決めつけられない。

 観戦記を書くのより、読む立場から私の注文を言わせてもらえば、まず指し手の解説の多い文は閉口である。▲△の羅列を見ると、とたんに読む気がしなくなる。そんな時にはその部分を飛ばして読むが、それだと当然ものたりない。退屈な時は辛抱して手を追って見るが、すると終わりは「これで一局の将棋」なんて書いてあって、やっぱりどうでもよい部分だったのか、ということになる。

 数年前に、盤面にはほとんど触れられていない異色の観戦記が書かれ、それを見た時、私や芹沢八段などは、これぞ名観戦記と大喜びしたのだが、驚いたことに新聞社には「これが将棋の観戦記か」という抗議の電話や投書が殺到したそうである。この話を聞いて、そんなものかな、と思ったがその後考えてみると、非難をならしたのはごく一部のマニア的ファンであって、大多数の読者は、おもしろく読んだと思う。そういう読者は、おもしろかったと声に出さぬだけである。逆に、指し手の解説ばかりの観戦記に対しても、やはり、つまらないとの声は出さない。

 実をいうと、そんなことはわかっちゃいるけどできないという事情がある。それは強力な「と金タブー」の存在である。うっかりしたことを書けば、すぐしっぺ返しが飛んでくる。で、君子危うきに近よらずということになってしまうわけだ。しかし、最近はだいぶ変わって来た。棋士も大人になっている。観戦記者諸氏も勇気を持って読者のための観戦記を書いていただきたい。

 そこで私はということになるが、小生度胸はあるものの残念ながら筆力がともなわない。読み物的なものを書いても、労ばかり多くてろくなものが出来ない。で、譜分けなどを工夫して将棋をおもしろく見てもらうことを心がけている。そして、ごますり観戦記にならぬことも。

 今年の春、私は奇跡的な場面を目撃した。棋王戦五番勝負の第1局、対局者は米長棋王対森安八段。この観戦記を担当した時のことである。

 中盤から米長が優勢に戦いを進め、1図となったあたり、米長勝勢と思われた。まずはこの後の進行を見ていただく。

1図からの指し手
△8六飛▲8七歩△9六飛▲9七歩△9五歩(2図)

 ああこの将棋か、と憶い出された方も多いだろう。驚くなかれ、森安は△8六飛と死にに行ったのである。もっとも、△7四飛と引いては野垂れ死にが明らかだから、ヤケ気味であろうとこう指すよりなかったともいえる。

 △9六飛を見た瞬間、米長は「エエッ!」と首をつき出した。こういう筋があることはチラッと浮かんでいたかも知れない。しかし、「まさか」と思っていた。将棋史上こんなムチャな手が成立したことはなかったから…。

 だが、盤上の△9六飛を見つめているうちに、米長の表情はみるみる変わっていった。この飛車は取ることは出来ない。そして取れないようでは負けと分かったからである。

 かくして2図まで、大事な飛車を取ってくれ、いや取らない、どうしても、という奇形が生じた。この局面は森安が優勢と逆転していたが、次の▲8六金を△同角と誤り、結局森安が負けた。

 負けたとはいえ、こうした見せ場を作れるのは、森安の将棋のどこかに仕掛けがあるからであろう。その不思議さに、控え室の中原名人も、不気味さを感じたようだった。

 さて、このおもしろい場面を強調するために、1図を第九譜として2手だけ進め、△9六飛から△9五歩までの3手を第十譜とした。奇妙な手順が一目で分かるように細かく区切ったのである。しかし、そうすると必然的に序盤は手を多く進めざるをえない。そちらはすこぶる分かりにくくなるが、それもやむを得ないと思った。肉は骨に近いほどうまく、将棋は終わりに近づくほどおもしろい。序盤はさっぱりおもしろくない、とも思っている。

 そうした工夫を凝らしたにもかかわらず、観戦記はうまく書けなかった。思いもかけずど真ん中に絶好球が来たために、肩に力が入って凡飛球を打ち上げた格好だった。つまらない将棋をおもしろく見せるのも観戦記だが、おもしろい将棋をつまらなくしてしまうケースも数多くある。観戦記はそれほど重要なのである。

—————

河口俊彦五段(当時)の「将棋の観戦記は、面白くありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である」

これには私も大賛成だ。

—————

「驚いたことに新聞社には「これが将棋の観戦記か」という抗議の電話や投書が殺到したそうである。この話を聞いて、そんなものかな、と思ったがその後考えてみると、非難をならしたのはごく一部のマニア的ファンであって、大多数の読者は、おもしろく読んだと思う。そういう読者は、おもしろかったと声に出さぬだけである。逆に、指し手の解説ばかりの観戦記に対しても、やはり、つまらないとの声は出さない」

これは、将棋の観戦記に限らず多くの分野であることだと思う。

一部の人の声の大きさが世論を代表しているわけでは決してない。

—————

1図は後手の金損の状態。森安秀光八段(当時)の△9六飛からの飛車の押し売りが迫力満点だ。

遠く4二の角が端に利いていて、先手の7九桂が先手玉の逃げ道をふさいでいるから、このような技が成立する。

—————

「つまらない将棋をおもしろく見せるのも観戦記だが、おもしろい将棋をつまらなくしてしまうケースも数多くある。観戦記はそれほど重要なのである」

ネット中継がある現在、中継を見た人も見なかった人も楽しめる観戦記が求められており、この頃とは観戦記の書き方も変わってきている。

今の時代だからこそ、観戦記の役割は以前にも増して重要になってきていると思う。

 

 

佐藤康光九段の戦慄の3段ロケット型居飛車穴熊退治

将棋世界2002年3月号、毎日新聞の山村英樹さんの第51期王将戦七番勝負第1局〔羽生善治王将-佐藤康光九段〕観戦記「炸裂したスズメ刺し」より。

 〔意表の三間飛車〕

 記録の天野貴元二段が行った振り駒は1枚が回り将棋の「10」のように立って、歩が3枚出た。羽生の先手番が決まった。そうなると盤側で予想したのは当然相居飛車の戦型になる。ところが、佐藤の4手目は△4四歩。「?」と見るうちに飛が3筋に移動した。なんと、公式戦では初の佐藤の「純正」三間飛車。これから何番も対戦する羽生を相手に、初戦からいきなり意表を突くことをやってくれた。羽生も「驚きました」と語っていたという。

 しかし、振るにしても現在は四間飛車の全盛時代で、三間飛車の実戦は少ない。ということは、必ずしも有利な戦法とは思われていないのではないか。さらに控え室では「三間飛車は軽いサバキが求められる作戦。佐藤さんの棋風とは違う感じがするが」の声もあった。すると、この戦法を選んだ意味は?記者には、佐藤が後に実現する構想をおぼろげながら描き、あらかじめ考えてきたのではないかと思えてきた。それは2日目の午後になってからの話だが。

 羽生は玉を居飛車穴熊に囲う。竜王戦でもさんざん展開されたように、現在はすんなり組ませてくれることの方が少ないだろう。「穴熊に囲うことができてはまずまずと思った」との感想がある。同時に不思議な気がしたことだろう。「なぜ、佐藤さんはこの戦法を選んだのだろう」と。

途中図からの指し手
▲7八金右△6三金▲4六銀△6四銀▲3五歩(2図)

〔伏線〕

 △8一玉が封じ手だった。普通の居飛車対振り飛車の進行と言ってもいいような駒組みだが、1点違うのは封じ手が△8二玉ではなく、下段に移動したこと。羽生も(通常の)△8二玉ではない予感がしたそうだが、控え室の立会陣、丸田祐三九段と前田祐司八段も「△8一玉の方が勝る展開になるかどうかはなんとも言えません」と話していた。この手も後で思えば大構想を実現させるための重要な一手だったのだ。局後、「△8一玉あたりまでの進行は想定されていたのですか」と聞くと、「いえ、とてもそんな」の答えが返ってきた。しかし、はっきりした形でなくとも、なんらかのひらめきがあったのだろうと状況証拠からは思える。

 ▲3五歩は自然な仕掛け。佐藤の応手は……。

2図からの指し手
△7五歩▲3四歩△5一角▲7五歩△同銀▲5七角△6六歩▲同歩△7六歩▲3八飛△8五桂▲4八角△7三銀▲2六角△5三金(3図)

〔突然の大長考〕

 右方を手抜きして△7五歩はわずか7分の決断。▲3四歩の取り込みも予想されるところ。だが、この手が指された午前10時45分からピタリと佐藤の手が止まった。午後0時半から昼食休憩に入り、食事を早めに終わらせて午後1時すぎには盤前に戻って読みを続ける。これまた自然な△5一角が指されたのは再開が告げられた直後、午後1時半だった。記録用紙に105と記入される。

 この長考も謎だった。そして進行を見ると、佐藤は盤の右半分はほとんど見ないで、玉頭戦にかけたような指し方。しかし、羽生に飛角を小刻みに動かされ△5三金と受けた3図は見事なほどに後手の金銀がバラバラ。ちょうと青野照市九段、勝又清和五段も控え室を訪れたが、「(後手陣の)こんな形は見たことがない」。その口ぶりからすると、どうも先手有望と感じているようだ。先手の堅い穴熊を見ると、素人目にもそう見える。だが、6手進むと見方ががぜん変わる。

3図からの指し手
▲5七銀△7四銀▲3六飛△9三香▲3七角△9二飛(4図)

〔遠大な計画〕

 羽生がどの時点で佐藤の構想に気付いたかはわからないが、この時点で気付いてももう止められなかった。三間飛車の選択、封じ手の△8一玉、大長考の△5一角。それらへの疑問をいっぺんに解決したのがこの△9三香から△9二飛。「スズメ刺し」の用語は本来矢倉戦でよく使われるので、この場合に使えるかどうかわからないが、おそらく前例のない対穴熊の「スズメ刺し」。最下段を移動する地下鉄飛車は実戦例もあるが、こんな構想はあるのだろうか。

 記者が属する毎日新聞と一緒に王将戦をを主催するスポーツニッポン紙で特別観戦記者をつとめた作詞家の荒木とよひささんだけが、早くからこの構想を言っていたが、前田八段が「荒木さん、自慢していいですよ。おそれいりました」。佐藤は「端にプレッシャーをかけるしか勝負にならないので」と感想で。しかし、羽生は「スズメ刺しの形になってはこちらが悪いと思います。中盤の飛角の動きなど、ゆっくり指しすぎたかもしれません」。とは言うものの控え室では後手陣の形は異様なだけにまだ羽生に分があるのかと思っていた。

4図からの指し手
▲6八銀△6三金▲6七金△7二金▲3五飛△4二角▲7八金△8四歩▲4六角△6四角(5図)

〔我慢比べ〕

 堅い穴熊だが、逆に言えばこれ以上進化のしようが難しい。佐藤にしても一歩持っていれば△9六歩以下端攻めが実行できるのだが、その歩がない。羽生にとっては歩を渡さずに手を進めたい。右の手順は双方ともにすぐには動けず、手待ちの意味がある。ただ、この間に佐藤の金銀が再び集結し、結構堅い形になった。とは言え、いつまでも待つ手がない。

「どちらが先に辛抱できなくなるか」と控え室の視線が集まる中で、佐藤が動いた。午後6時10分、角をぶつける△6四角。ここから堰を切ったように局面がほぐれる。

5図からの指し手
▲同角△同銀▲3三歩成△6九角▲7九歩△4七角成▲4三と△7七歩成▲3一飛成△7一歩▲7七銀右△2九馬▲8六銀△1九馬▲2一竜△9四香打(6図)

〔一気に攻め合いに〕

 残り時間が16分対9分ということもあるが、両者の指し手は早かった。あっと言う間に羽生が竜を作る。手順中△7七歩成は拠点を失って惜しいようだが、△7一歩で後手陣が引き締まった。そして、取ったばかりの香を9四に打ち、いよいよ攻撃の準備が完了。羽生はここで手を止めた。

6図からの指し手
▲8五銀△同銀▲7七桂打△7三桂▲6一角△9六歩▲8五桂△同桂▲9六歩△同香▲9七歩△同桂成▲同桂△同香成▲同銀△同香成▲同香△9八歩▲8八玉(7図)

〔羽生のミス〕

 5分使って▲8五銀。続く▲6一角とあいまって攻め合いの順だが、勝負所があったとすればここだろうと、局後の検討が集中した。

 代わる手でもっとも有力だったのが▲7六桂と打つ手。△7五銀左に▲4二角と攻防の角を打ち、どうなるか。変化の中には千日手の順もあり、「これが最善かも」の声が両者からあったが、終局直後の感想だけに自信が持てない様子。ただ、本譜よりは勝ったかもしれない。

 佐藤が端に集めていたミサイルが次々と発射され、次第にすっきりした形になってきた。「これは羽生さんの負けかも……」と控え室の声も定まってきた。残り5分の佐藤が2分を使って決め手を出す。

7図からの指し手
△9七飛成▲同玉△8五桂▲9六玉△9五銀▲同玉△8三桂▲9四玉△9三銀▲同玉△9一香(投了図)  
 まで、118手で佐藤九段の勝ち

〔佐藤鮮やかに先勝〕

 △9七飛成が決め手になった。▲7七玉と逃げれば即詰みは免れるが、羽生はそんな気にならなかったのだろう。▲同玉と取って、詰まされる順を選んだ。以下は長手数だが、詰んでいる。投了図以下は▲8四玉△7五銀▲8五玉△7四金▲同玉△7三金▲8五玉△8四金。駒を使い切り、遠く1九の馬まで利いている。

「詰みを発見してようやく勝ったと思いました」と佐藤。

 羽生の居飛車穴熊を粉砕して先勝した佐藤。この勝利は大きな自信になっただろう。三間飛車からスズメ刺しという大胆な発想には脱帽するしかないが、やはりどこかでおぼろげにこんな発想が生まれて、いつかは指してみようと思っていたのだろうか。本人は「いや、そんなことはありませんよ」と笑って否定するだろうが……。

 局面がほぐれてから終局するまでわずか50分足らず。この2人の戦いはそれまで序盤、中盤で注ぎ込んだものを一気に清算する時点では第2局まで終わっているが、おそらく2局目も、第3局以降も、両者の激闘はこんな光景が続きそうだ。

——————

2図で後手玉が8一ではなく8二にいれば、真部流三間飛車そのものの形。

羽生善治王将の攻め方は、真部流三間飛車に対する一つのお手本の手順ということになるだろう。

——————

「こんな形は見たことがない」と言われた3図の後手の陣形。

本当に見たことがない。

こんな不安定でバラバラで浮き駒だらけで、個人的には絶対に指したくないような形だ。

しかし、ここからが天衣無縫流の佐藤康光九段の真骨頂が発揮される。

——————

5図以降の後手の陣形が引き締まっているのが、奇術を見せられているような気持ちになる。

三間飛車は世を忍ぶ仮の姿であり、本筋の狙いはスズメ刺し、そして、6図の3段ロケットというか3段ミサイルの展開。

あとは、先手の穴熊の9筋に集中攻撃。

泣く子も黙るような攻撃。

——————

佐藤康光九段の奔放な指し回しが現れる初期の段階であるが、この後、佐藤康光九段は更に奔放な、誰も考えつかないような、誰も指さないような振り飛車を何局も見せてくれるようになる。

佐藤康光王将(当時)「我が将棋感覚は可笑しいのか?」

 

 

名人戦指し直し第6局2日目午後、おやつを注文しなかった加藤一二三十段(当時)

将棋世界1982年8月号、毎日新聞の加古明光さんの第40期名人戦七番勝負〔加藤一二三十段-中原誠名人〕指し直し第6局盤側記「加藤十段、名人位に王手!」より。

 2勝2敗1持将棋、1千日手と全く譲らぬ状況のまま、指し直し第6局は6月22、23日、東京・紀尾井町の「ホテル・ニューオータニ」で行われた。世界に知れ渡っている大ホテル。収容人数3,800人のほか、アーケードやパーティに出入りする人などを含めると、このホテルが一つの街である。だが、この大きな”街”にも対局にふさわしい和室は二つしかない。一つは、春の王将戦で大山が中原と対したタワーの和室。もう一つが本局の行われた本館15階の部屋である。

(中略)

 加藤に直接ただしたわけではないが、加藤は封じ手番をあまり好まないようだ。5七角で一日目終了。何でも食べられる大ホテル。加藤は「一人で適当に食べてきますから」と夕食注文を断った。昼に「なだ万」の天ぷら定食をとったピンさん、この夜は何を食したのだろう。中原は関係者とそろって庭園内にある清泉亭でバーベキュー。この夕食がなかなか味なもので、談笑しながらの食事は2時間近くにも及んだ。

(中略)

 3時ごろにはおやつの注文をとる。これまで加藤のおやつはカマンベールチーズにトマトジュース、フルーツが定跡化していた。昨日も同じものをとっている。そのピンさんが―。「私はいりません」と言った。普通の人なら何でもないが、これはビッグニュースである。今シリーズもちろん初めてだ。控え室の話題は他愛ないもので、検討の他は、こんなことがニュースになる。「どうしたのかな、ピンさん」「ヤル気満々じゃないのかな」エトセトラ。ちなみに中原はチーズケーキ、紅茶になぜか、パパイヤ。

(中略)

 力の入った好局だった。寄せ合いの局面で中原が2三金上でなく、3一金としておけば勝ちにつながったかもしれない。悔やまれる一局だっただろう。都心の対局とあって、報道陣がむらがった。冷めてゆく熱気とともに彼らの姿も一人減り、二人少なくなって行った。ホテルのフロントにまで「名人戦どうなりました」の問い合わせが続いた。昂まる関心の中で、今シリーズ、加藤が初めて中原をリードした。

 好局の指し直し第6局。軽い打ち上げのあと、加藤は深夜、自宅に帰った。当日帰宅の多い中原は、この夜、浴衣姿になってニューオータニに泊まった。沈静しない悔恨と興奮を治めるには、自宅より、ホテルの方がよかったのかもしれない。

 加藤、初の名人位へ王手。カド番に立った中原のピンチは、これまで9年間の中で最も大きな赤信号ではないだろうか。

——————

加藤一二三名人誕生の少し前の頃のこと。

加藤一二三十段(当時)の勝負に懸ける気合いが十二分に表れている。

——————

カマンベールチーズにトマトジュースの組み合わせだと、おやつと言うよりも軽食のようなイメージだ。

——————

私はトマトジュースを一度も飲んだことがない。もちろん野菜ジュースも。青汁は一度だけ飲んだことがある。

私がトマトジュースを飲まないのは、生のトマトが苦手だから。

トマトは果物としか思えないような姿・色なのに、味と匂いが全く果物ではなかったことが、子供時代の私に大きな衝撃を与え、現在に至っている。

トマトケチャップは全く抵抗がなく、オムライス、ナポリタンは子供の頃から好きなので、私は子供の味覚のままなのだろう。

——————

ホテルニューオータニなので、バーベキューと言っても既に焼き上げたものが出てきた可能性が高い。

それがあるべき姿だと思う。

私が非アウトドア派ということも大きな理由かもしれないが、バーベキューにはどうしても興味が持てない。(バーベキューは1~2回経験してるが、その上での強固な結論)

高性能の調理装置があれば別だろうが、風が吹く野外で調理しても焼きムラができやすく、それならばプロに作ってもらったほうが美味しく安心して食べられるのではないかと思うからだ。

——————

お好み焼きも、自分たちで焼く店よりも、完成したお好み焼きが出てくる店の方が嬉しい。

焼肉としゃぶしゃぶは例外だ。

——————

世の中にバーベキュー嫌いはどれくらいいるのだろう、と思って調べてみると、バーベキューの嫌いな人が意外と多いようである。

暑い・熱い・煙い! 6割超が「バーベキュー嫌い」(NewsCafe)

しかし、別の調査によると、4人に3人はバーベキューが好きという結果も出ており、真相は闇の中だ。

 

 

羽生善治四冠(当時)の一年がかりの雪辱

一昨日、昨日からの続き。

将棋世界2002年2月号、武者野勝巳六段(当時)の第14期竜王戦第5局〔羽生善治四冠-藤井猛竜王〕観戦記「一年懸かりの雪辱」より。

4図以下の指し手
▲4三歩成△同飛▲2二角成△4七歩成▲2一馬△6三飛▲5四馬寄△5八と▲同金△4七歩▲4九歩△3八と▲2七飛△5三歩(5図)

羽生の戦略

 前期竜王戦で羽生は奪取に失敗した。実は挑戦者になったときの羽生の強さは無類で、これまで谷川王将に退けられたことしかなく(平成7年の第44期王将戦で3勝4敗で敗れた)、以来2度目のこと。

 こう意識してここ一年の羽生の戦いぶりを振り返ってみると、あえて居飛車穴熊を連採したり、自分が四間飛車に振ってみたりと、明らかに対藤井戦を射程に入れた戦法を試しており、ひたすら藤井への雪辱を心に誓って一年を過ごしてきた様子が見て取れる。

 私は七番勝負が始まる前まで、この羽生戦略は序盤作戦がターゲットなのかと思っていたのだが、地方に帯同するうちそれが終盤にまで及んでいる気配を感じることが多くなった。

 4図からの指し手などもそれで、一時的とはいえわざわざ後手飛車を働かせる▲4三歩成なんて、プロならば真っ先に読みから切り捨ててしまう手で、誰が「いや待てよ」など、深く読んでみようという考えになるだろうか。

 大駒を切り、肉弾戦のようにと金と、金銀で敵玉に迫るのが「ガジガジ流」と呼ばれる藤井の寄せテクニックで、羽生はこうしたペースにさせまいと、後手飛車を封じ込める地味な戦いを選んだ。

5図以下の指し手
▲5五馬△5四金▲7七馬△3六金▲1七飛△3七と▲6六桂△2七と(6図)

飛車の捕獲作戦

 藤井が△5三歩と打ったのがうまい。
▲6三馬△同銀引▲4七飛と先手の飛車に活躍されてしまいそうだが、△3六角と打ち返して、次の△4六歩がきびしく残るので後手よしなのだ。

 だから羽生は▲5五馬と逃げたが、藤井はなおも△5四金で中央を制圧しながら馬を追い、△3六金と勝敗のカギとなる金が少しずつ働きだしてきた。

 藤井はからっ風吹く群馬県沼田市で少年時代を過ごしたが、近郊に将棋道場はなく、ひたすら大山十五世名人の棋譜を並べることで上達の糧にしたという。

 藤井の序盤は、積極的に主導権を握るタイプなので大山将棋とは表現が違っているが、手順に玉を安定させて、遅そうなと金の活用を間に合わせるなど、終盤の構想表現はかなり似ていると思う。

 △2七とにて飛車の捕獲作戦完了。

6図以下の指し手
▲5四桂△1七と▲4二桂成△3八飛▲5九歩△2八と▲4三馬△1九と▲5二成桂△5四香▲3九歩△1八飛成(7図)

局面の流れと形勢判断

 インターネットで中継をしていると、ファンから「現在の形勢は?」と優劣を聞かれることが非常に多い。

 将棋は、野球やサッカーのように得点が表示されるわけではなく、個々の指し手の意味についても、対局者以上に読んでいるはずかないから当然の質問。

 そこで折に触れて駒の損得、玉の固さ、駒の効率、手番を判断しつつ「○○が優勢だと思います」と掲示板に書き込むのだが、▲5四桂△1七とと飛車金を取り合った局面を判断していて驚いた。

 これまで激しく駒の取り合いをしてきたのに、飛車角交換以外、まったく駒の損得がなかったからだ。

 6図から羽生が▲5四桂と取り、これを▲4二桂成と逃げた構想はいかにも遅い感じで、控え室では評判悪かったが、局面の流れが「駒の損得より駒の速度」が重要な終盤から、やや中盤に戻った感じもあるので「駒割を大事にした」羽生の一連の指し手はむしろ当然なのだ。

 藤井は待望の飛車打ちから香を入手し、それを△5四香と据えて寄せに着手。この間羽生は▲4三馬から▲5二成桂と、ひたすら注目の桂の活用を図る。

 こうして優劣不明のまま、終盤の寄せ合いに突入した。

7図以下の指し手
▲5三成桂△同飛▲同馬△5六香▲同銀△5七歩▲6八金△6五桂▲6六馬△8五銀打▲6五銀△同銀▲同馬△7六桂▲3八香(投了図)  
 まで、109手で羽生四冠の勝ち

あっけない幕切れ

 控え室では▲9五歩△同歩▲6一成桂
△同銀▲同馬△同飛▲5二金……という激しい寄せを研究しており、藤井もこの順は危険なので▲9五歩を手抜いて指す筋などを読んでいたようだ。

 ところがモニター画面に映し出された羽生の手は▲5三成桂と信じられない方向に動き、これを見た控え室には「エーッ」という驚きの声が一斉に上がった。というのは、▲6三成桂と飛車を取っても△同銀引と払われ、後手の囲いは少しも痛痒を感じないからだ。

 ところが実戦心理とは不思議なもの。相手の藤井はこの驚きが「寄せ合いばかりに集中した読みのスキを突かれた」と悲観に変わり、わずか10分で△5三同飛という敗着を選び、奈落の底に落ちてしまったのだから、これまた羽生マジックといえようか。

 羽生とすれば「寄せ合いでは自信がない」から受けに転じただけなのだが、この七番勝負で藤井は好局をすべて終盤で追いつかれており、自身の他棋戦での不調と相まって「現在の終盤力は相手の方が上」と認める気持ちがあったのかもしれない。

 とすれば必敗の内容をあわやという局面まで追い込んだ第2局の敗戦をも、羽生は終盤の信用力として、第5局にも生かしたことになる。

 終了後の検討では、▲5三成桂に△5六香▲6三成桂△同銀引▲5六銀△5七歩▲6八金△4八歩成(C図)の変化が示された。

 以下▲同歩なら△同竜▲4一飛△5二銀打▲同馬△6八竜▲同馬△5二銀で、むしろ後手優勢との結論が出たのだが、当の藤井が「▲5三成桂と指され、急に悪くなったので驚いた」と、すでに勝負をあきらめる気持ちになっていたのだから、これは結果論というものだろう。

 そのチャンスを逃した藤井は、形どおり迫って投了図を迎え、指し切り負けが明らかになった時点で「負けました」と頭を下げた。

 最後は急転直下の結末だっただけに、当日はちょっとあっけない気もしたが、日を改めて今期の5局を通して棋譜を振り返ってみたら、盤上の指し手を通し「藤井に自分を認めさせる」のが、羽生のここ一年間の戦略だったのではないかなという理解をするようになった。

 とすれば、この雪辱は頂上決戦の第二幕ともいうべきで、今度は藤井が巻き返しを図る順番。将棋界は今、二つの対立軸を中心に展開しているのだ。

——————

竜王戦インターネット中継掲示板再現③

  • ▲5三成桂は羽生マジックですかね。だれも気づかない手だと思います。(DJ)

  • △6五桂は『東大将棋』によると詰めろになっています。(よみぬけ)

  • こんなに面白い竜王戦をもっと見たいから、振り飛車頑張れ!(zaq)

  • 羽生先生おめでとうございます。初心者でもワクワクさせていただきました。第2局が非常に印象深かったです。(初台)

  • 第13期竜王戦で羽生さんを振り切った藤井さんは私の師匠です。また振り飛車旋風を起こしてください。(Romario)

  • この4年間の竜王戦はどれも最高でした。藤井竜王のおかげで将棋が大好きになりました。藤井さん、ゆっくり休んでまた頑張ってください。(相振り党)

  • ダンナいわく「羽生さんは何でもっとうれしそうな顔しないのかな」と。将棋の美学でしょうが、きっと羽生さんの扇子の裏の口元はゆるんでいるはず?いつか対局場で観戦したい。(HIJIRI)

  • 最高峰の将棋をリアルタイムで観戦でき、アマも自由に参加できる本サイトは大変素晴らしい。(Tack)

——————

本局で出た相手を自然に誤らせてしまうような羽生マジックこそが、狭義の羽生マジック、真の羽生マジックと言えるのだろう。

——————

武者野勝巳六段(当時)の観戦記が素晴らしい。

▲4二桂成~▲5三成桂が結果的に羽生マジックとなる過程と背景が見事に描かれている。

棋士にしか書けない観戦記だと思う。