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羽生善治竜王の一冠から二冠への脱却、2017年と2004年の類似点

将棋世界2004年11月号、中平邦彦さんの第45期王位戦七番勝負第5局観戦記「羽生、王位を奪回 激戦制し3期ぶりに復位」より。

 この夏の暑さは格別だった。人の体温ほどの気温が続き、夜になってもあまり下がらない。みんなが音を上げた。

 3年連続の黄金カード、谷川-羽生の王位戦七番勝負は、そんな暑さの最中に始まった。そして9月7日、この第5局を谷川の地元、神戸で迎えた。あっという間だった気がする。

(中略)

 ここまで羽生の3勝1敗。前々期、前期の谷川3勝1敗とはまるで逆の展開になった。その2期とも谷川がそのまま押し切っている。

(中略)

「この二人の勝負は、技量や好不調を超えている。勝敗を決めるのは”運”です。そのとき、どちらが将棋の神様に好かれているかにかかっている」。

 対局前日、神戸のテレビに出演した内藤九段が話していた。二人の勝負の分かれ目は、ぎりぎりの場面で、どちらにその勝負への思い、執着心が強いかにかかっている。そこに勝利の女神が微笑むのだと考えればわかりやすい。

 前2期は谷川が圧勝した形だが、戦いは際どく、ぎりぎりのところで谷川が残した。背景に谷川の無冠返上の思いと、1000勝達成の目標があった。前期もその思いが持続した。だが今期はまったく立場が違う。竜王、名人を失い、12年ぶりに王座一冠だけになった羽生に対し、谷川は王位と棋王の二冠。その危機感とハングリーさの度合いには大きな差があった。

 それが、そのままシリーズに表れたように思う。羽生は腰が座っていた。柔軟で幅広い対応で谷川のさばきを封じ、深い読みと手厚い指し回しで谷川に力を出させなかった。何より、ぎりぎりの局面での強い踏み込みが、谷川得意の終盤の競り合いに持ち込ませなかった。

(以下略)

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羽生善治竜王は、1992年に王座・棋王の二冠となって以来、この25年間で無冠だったことは一度もなく、一冠だったのが2004年と2017年の2回だけで計5ヵ月間。

2004年の時は、この王位戦第5局に勝って王位を獲得し、二冠となっている。

一冠から二冠になった2004年王位戦七番勝負と2017年竜王戦七番勝負を見てみると、5つの共通点がある。それは、

  • 羽生竜王が、そのタイトル戦で過去2回とも挑戦して勝つことができなかった相手棋士からそのタイトルを奪っている。(谷川王位には2002年と2003年に王位戦七番勝負で敗れている:渡辺明竜王には2008年と2010年に竜王戦七番勝負で敗れている)
  • 羽生竜王がタイトルを奪った相手棋士は二冠。(2004年は谷川王位・棋王、2017年は渡辺竜王・棋王)
  • タイトルを奪われた棋士は棋王一冠となる。
  • 羽生竜王が4勝1敗で勝っている。
  • タイトル奪取を決めた第5局の手数が87手。(2004年王位戦第5局も2017年竜王戦第5局も87手で羽生竜王の勝ち)

だから何なんだと言われてしまうと、「何でもありません」としか返せないが、とにかく5つの類似点があるということだ。

 

 

 

羽生善治竜王(当時)「でかしていませんね」

棋譜の解説が主体だが、非常にわかりやすく、なおかつ対局者の心理や考えていたことが見事に描かれている観戦記。

将棋世界2003年4月号、片山良三さんの第52期王将戦七番勝負第3局(佐藤康光王将-羽生善治竜王)観戦記「幻の妙手」より。

 角換わり腰掛け銀の先後同型。かれこれ40年以上も昔に、升田幸三と木村義雄が、盤外での激しい舌戦を交えながら才能を高さを競い合ったレトロな戦型だ。

 トッププロが採用してもアマチュア間では決して流行しない将棋の典型でもある。これを指しこなすには特有の鋭利な感覚が必要なうえ、文章では説明しきれない細かい味や、一気に命の取り合いになりかねない危険な変化を自力で読んで行かないと、前にも後ろにも進めない危険な戦型だからだ。

 いつの間にかプロ間でも指されなくなったのは、なにか一応の結論が出たからなのだろうと思っていたがそうではなかった。谷川浩司王位によると「後手が十分に戦える変化が数多く存在するらしいということになって、先手がこの戦型を敬遠しだした」からなのだという。

 そういうホコリを被った作戦を佐藤王将が引き出しの奥から引っ張り出してきたわけだから、羽生竜王も警戒心を持って一手一手に慎重に時間をかけながら追随した。「後手にも楽しみが多い形」なのだから、避ける理由はまったくないわけだが、ほかでもない、シリーズの前のインタビューで「試してみたい手がいくつかあります」と宣言している佐藤が指しているのだから、どこかで新しい手が飛んでくるのは間違いない。先人が極めつくしたと言われる戦型のどこに。「試してみたい手」を温めているのだろうか。

 大昔の升田-木村戦のような、指し手以外の言葉のやりとりで相手を挑発するシーンは現代のタイトル戦では絶対に見られないが、盤面には1日目の昼休み前から張り詰めたような緊張感があった。

(中略)

 ▲2四歩から、単に飛車先の歩を交換しただけでジッと手を渡したのが佐藤の趣向。

(中略)

貴重な手番を得た後手は、当然のように△6五歩から△7五歩と反撃を開始する。データベースによると、3図の△7五歩まで進んだ例は僅かに7局。控え室で進行をながめていた谷川王位が、ここでボソッとつぶやいた。

「この局面が後手有望ということになって、単に▲2四歩と交換する手がすたれてしまったんですけどね……」

 最後にこの局面が現れたのは平成5年の郷田真隆-谷川浩司の棋聖戦第4局でのこと。谷川王位のつぶやきにリアリティーを感じたのは、中身の濃い実戦を経験しているからだったのだ。

(中略)

 その後10年間、この局面が出現しなかったというのは、大多数のプロの感覚が、「先手が好んで持ち込むべき局面ではない」と判断したからに違いない。しかし、佐藤王将はここに「以前から指してみたかった手」を温めていた。ここまで、すべては先手の佐藤の主導で運んできたことがわかる。

3図以下の指し手
▲6四角(4図)

 はやる気持ちを鎮めるためと、構想をもう一度確かめるために69分の時間を割いて、佐藤王将は▲6四角と狭い所にねじ込むように持ち駒の角を投資した。

「あまり見かけない角」と谷川王位が言う。得意のデータベースに頼ってみると、やはり「該当なし」の答え。堂々たる新手だった。

 ここで羽生竜王が動かなくなった。封じ手時刻の10分ほど前に、記録係の山本真也四段に「図面を書いてください」と、次の手を封じる意思を示したものの、いざその時刻(午後6時)を告げられると、封じるどころか逆に怖い顔になって考え込み、頭をかきむしる始末だ。

(中略)

 結局、羽生竜王が封じ手を宣言したのは6時31分のこと。101分という消費時間が記録されたわけだが、実はこの将棋に関しては驚くほどの長考ではなかったのである。

(中略)

4図以下の指し手
△6三金▲7五角△6五銀(5図)

 羽生竜王が身をよじり、頭をかきむしった末に決断した封じ手は、△6三金だった。この手には「味が悪い形なので、できれば上がりたくなかった」という感想がある。

 一番指したかったのは△8四角と対抗する手だったそうだが、▲6六銀△6三歩▲7五角△同角▲同銀△6五桂▲6六銀△6四角▲5九角(参考2図)と進んで、「でかしていませんね」と羽生竜王。これが一本道の変化とも思えないのだが、二人の感想はピッタリ一致している。

 でかしていない、というのは、動いたわりには成果が上がっていないという意味。負担になっている桂は、△7七歩と打ち込めば解消できそうだが、▲同桂△同桂成▲同銀と応じられて、そのあとにパッとした手がない。封じ手の時刻に羽生竜王が頭をかきむしったのは、この変化の打開に苦吟した瞬間だったような気がする。

 2日目は、たった5分の考慮の▲7五角から始まった。もちろん、佐藤王将の注文通りの展開。この角は後手の応手によって、6六にも引けるし、9七に一旦退避したのちに8八から敵陣を睨むこともありえる。この将棋の命運を賭けた角が輝いて見えた場面だが、佐藤は局後の感想戦で「矢印のような角で……」と卑下した。わかるような、わからないような微妙な表現。この新手が、このあと他の棋士の対局で採用されるかどうか、不安を感じたのかもしれない。

 羽生の△6五銀が意表の勝負手。中央で押し問答をしたいのなら△6五桂が普通の感覚で、この銀取りに例えば▲6八銀とでも逃げるようなら小林九段推薦の△7三角で主導権があっさり後手に移る。

 控え室では、しばらくの間△6五銀の謎が解けなかったが、誰かが△6五桂には▲2二歩(参考3図)があることを発見して、佐藤王将の構想と、羽生竜王の苦吟の理由がやっとわかった。

 △2二同玉は▲6六角が直射日光で受けきれないし、だからといって△2二同金の超悪形に甘んじる気にもなれない。

 感想戦で示された変化は、▲2二歩に手抜きで△7七桂成と攻め合い、▲2一歩成△同玉▲7七桂△3六銀▲4九桂△7三角と進む激しいものだったが、▲6四歩△同金▲6五桂打(参考4図)で先手有利という結論になった。

 佐藤王将の▲6四角には、こんな恐ろしい狙いが秘められていたのだ。

5図以下の指し手
▲4五銀△同銀▲同桂△4四銀(6図)

 佐藤王将が動かなくなった。

 桂が進む道(6五)に銀が出てきたのだから、これを素直に取る手はなく、先手だけすでに3五に歩が進んでいるのだから、同じようでも▲4五銀とすれ違いに銀をぶつけて、こっちの方が格段の迫力がある。本命は当然その手で、気が早い控え室では早くも「佐藤優勢!」の声があがった。

 佐藤王将も、たしかな手応えを感じるからこそ熟慮に沈んだわけだ。ここは極端に言えば詰みまで読める局面で、この時点で277分、4時間37分を残していた王将は、最後まで読み切ってやろうと意気込んだのだと想像する。

 勝敗至上主義者に言わせれば「▲4五銀に最善手の確信を感じた時点でそう指すべきで、相手の応手によって、その時点でまた最善手を探るのが正しい」となるのかもしれないが、トップ棋士はそうした怠惰な考え方に妥協しない。チャンスボールは、その時点ですべてを読み切ったうえで、正確に叩きたい欲求にかられるのだ。だから、困ったときに長考するトッププロはいない。ここぞというときに、じっくり腰を落とすのだ。

 しかし、213分、3時間33分はあまりにも長かった。本線は▲4五銀だったが、わき道の「▲6四歩にもひかれるものがありました」と、王将は正直に言った。以下△7四金▲6三歩成△7五金▲7三と△9二飛と進むのが変化の一端だが、はっきりと先手よしというわけではなさそうという。このルートの変化の枝葉、本線の幹と枝葉を合わせて、佐藤王将は100手どころか、その何倍もの手を読んだはずだ。それでも決定的な差をつけることができなかったのが、あるいは誤算だったかもしれない。

 驚いたのは、公開対局に訪れた一般のファンだったろう。昼休みをはさんで、4時間半も、局面が一手も動かないままだったのだから。別棟で中倉彰子女流初段をパートナーとして大盤解説に励んでいた田中寅彦九段も、「これだけ盤面が動かないと、さすがにしゃべることがなくなって、何度か休憩を取らさせてもらいました」と苦笑を隠さなかった。

 本筋はやはり▲4五銀。一緒に読み耽っていた羽生竜王は、取って△4四銀と打ち直す一手と読んでいたが、それでも29分、32分と確認に時間を使った。「完全に利かされで、味が悪い」銀打ち。封じ手△6三金の感触の悪さをここまでひきずっており、形勢に自信が持てないでいたらしい。しかし、実際にはほとんど差がついていない局面なのだった。

6図以下の指し手
▲2四歩△同歩▲6四歩△7四金▲9七角△8六歩▲同角△5五角(7図)

▲2四歩とひとつは味をつける。これはプロならひと目で浮かぶ筋で、絶対に悪い手にならないタイプの手なのだ。

 しかし、直後の▲6四歩は、もう後戻りができない流れを作ってしまった問題の一手だった。羽生竜王に△7四金と手に乗られ、▲9七角の退避(これでも▲6三歩成が残っているので、普通なら後の先という手)に△8六歩▲同角△5五角と、主導権を奪われてしまったからだ。

「羽生さんの左翼の2枚の金銀にはそこで遊んでおいてもらおうと思っていたんですが……」と、王将の悔恨の声。金を直接刺激する▲6四歩は、うまそうに見えて中身には猛毒が含まれている、禁断の果実だったのだ。

 ▲6四歩ではもう一手、▲2三歩と損のない手を指して、相手にその対策を悩んでもらうべきだった。対して△4五銀と桂を外すのは、▲6四銀△同金▲同角△6一桂(参考6図)で「ギリギリ耐えていそう」(佐藤)だが、羽生は「その桂を打つのでは自信がない」と言って、以下▲2四飛△3三銀▲2九飛△2四歩▲6三金という順を示した。

 △6一桂と▲6三金はどっちもどっちの形だが、これなら先手の角筋が攻防に威張っている分、リードしている感がある。

 佐藤が▲2三歩を打ちきれなかったのは、△同金とはらわれる手に成算が持てなかったことにも理由があった。

 続いて▲2五歩△同歩と細工をし、▲6四銀と浴びせる手にはかなりの迫力があるのだが、△7四金とかわすのが最善の受けで相当に難解なのだ。

 以下▲7三銀成△同金▲3六桂△4五銀▲5三角成△4二銀▲7一馬△8四飛▲6二馬△5五角▲2五飛△2四歩▲同桂△2二玉(参考7図)が、両対局者が感想戦で知恵を絞って出した「難しい」の結論。

 佐藤王将は例の213分の長考の時点でこの局面は描いていたのだが、このあと、▲1二桂成△同香▲2四歩△同金▲同飛△2三歩と受け止められて難局という判断をしていたのだという。

 感想戦のやり取りを静かに見ていた谷川王位が、初めてそっと口を開いた。

「(参考7図で)▲6四歩と垂らしておくのでは手になりませんか」

 この遠慮がちな一言で、結論がひっくり返った。△6四同角は▲4四馬がうるさいし、飛や金でこの歩を払うことはできない。△3三桂▲7三馬△2五桂▲8四馬と取り合うのでは、「いくらでも両取りがかかりそうで、もちそうにありませんね」と羽生竜王。佐藤王将の213分の長考の内容の結びに、この▲6四歩の妙手まで浮かんでいれば、この将棋は王将の会心譜となっていたかもしれなかった。

7図以下の指し手
▲4八飛△4七歩▲同飛△4六歩▲2七飛△8五金▲6三歩成△8六金▲同歩△3六角(8図)

 勝負所で流れが急変した将棋で、しかも長考が実らなかった佐藤王将には、容赦ない秒読みの声も迫っている。

 △5五角で制空権を奪った羽生竜王は、ソツのない手順で飛車を封じ込め、お荷物になるかもしれなかった金で角をもぎ取り、その角を飛金両取りに放って、あっさりと勝勢を確保してしまった。佐藤王将としては、呆然とする暇もないほどの転落劇だった。

 以下は、この二人のレベルなら、ただ終局までの儀式を執り行っただけという平易な手順。難しい変化や、逆転の可能性のある局面は二度と現れなかった。

8図以下の指し手
▲7三と△同角▲2四飛△2三歩▲4三桂△2二玉▲3一銀△同金▲3四飛△3二金▲2四歩△3三銀打▲同桂成△同銀▲4四銀△3四銀▲同歩△5八角成▲2三歩成△同金▲2四歩△3九飛▲8八玉△2四金▲3五銀打△6六桂▲2四銀△7八桂成▲同玉△6九馬 (投了図) 
 まで、106手で羽生竜王の勝ち

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棋譜解説主体の観戦記は読みづらくなりがちだが、片山良三さんのこの観戦記は、その手が指された意味、狙い、感触が理解できる潤いのあるものとなっている。

また、この対局の内容も奥が深い。

通常ならエピソードを多く取り入れる片山さん(元・銀遊子)が、棋譜解説主体の観戦記にしたのもそのような背景があったからだろう。

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羽生善治竜王(当時)の「でかしていませんね」。

「でかした」という言葉は日常生活においてあまり使われる言葉ではないと思うが、さらにその否定形の「でかしていない」はほとんど使われることのない言葉だ。

そういった意味もあって、非常に新鮮な響きに感じられる。

森信雄七段の「冴えんな」とも似たニュアンスだが、「でかしていない」はあくまで効果がなかったケースに使われるのに対して、「冴えんな」は悪い効果が出た場合にも使われるわけで、「でかしていない」の方がより限定的だと言える。

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佐藤康光王将(当時)の「矢印のような角で……」は、一瞬気持ちがわかりそうになるが、よく考えてみると図形的に角の動き・働きと矢印を結びつけて考えるのがなかなか難しいことに気が付く。

片山さんが書かれているように、わかるような、わからないような微妙な表現。

佐藤康光王将の頭の中で描かれている光景が、そのまま言葉として出てきたのだろう。貴重な言葉だ。

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谷川浩司王位(当時)が指摘した絶妙手▲6四歩。

「焦点の歩に好手あり」は、心に刻むべき実戦的格言だと思う。

 

 

 

羽生!という手

将棋世界2003年1月号、読売新聞の小田尚英さんの第15期竜王戦第1局(羽生善治竜王-阿部隆七段:指し直し局)観戦記「3度目の開幕戦で羽生先勝 阿部の横歩取り8五飛は不発」より。

 両対局者に冷房を入れた台北とは一転、宇都宮には秋の冷気がおりていた。

 千日手が2回という異例の立ち上がりとなった竜王戦。本局はその第1局再指し直し局である。改めていざ、なのだが、対局者は、真っ白な気持ちで、とはいかないだろう。すでに台北でゴキゲン中飛車、矢倉と「手の内」を出した後なのだから。私も、始まりと継続が混在する不思議な感覚で宇都宮対局を迎えた。

 ファンら約80人が集まった前夜祭で、羽生は「仕切り直しという気持ちで頑張る」阿部は「千日手の結末は残念だが、その気持をぶつけたい」と、それぞれ決意を語った。

 35歳の阿部は、棋士として数々の舞台を踏んできている。作務衣を和服に替えたからといって、普段の対局と変わりはない。30を過ぎてから強くなったと自慢する。まさに充実の時だ。指し手について容赦のない率直な批評で知られているが、意外にも実生活は「結構お人よしなんです」と本人は言う。台北で買い物をした際、付きまとう店員をなかなか振りほどけなかったのを見て、なるほどと思った。

 羽生は、これで3期連続の竜王戦となる。話している時は話題も広く笑顔が絶えないが、その必要がない時は自室に戻って休んでいる。ペースはいつもどおりだ。ただ、過去2年よりも笑顔の時間が少し長いように思える。充実しているのだろう。

(中略)

 初手が指された後、私は撮影用にはずしていた障子をはめ直して控え室に戻る。毎度のことだが、何年担当者を務めていても対局が無事始まるとほっとする。

 阿部の選択は横歩取りだった。

 この戦型、出始めの頃は主導権の取れる後手が6割を超す勝率を収め、一躍居飛車の戦いの主流戦法となった。現在は、というと、集中的に指されたこともあって先手の対策も進み、勝率は落ち着いてきた。当初からこの中座飛車を採用している野月浩貴五段に竜王戦本戦の時に聞いたのだが、彼は「今は後手が少し苦しいと思います」と言っていた。

1図以下の指し手
▲2六飛△4一玉▲5八玉△6二銀▲3六歩△5四歩(2図)

 アマチュアがほとんど指さないのにプロの主流となっているこの戦法。序盤のこの辺りの手の組み合わせは企業秘密になっていることも多く、実際、本局の感想戦でもほとんど触れられなかった。よって正確な解説は難しい。ただし、後の形勢に直接結びつくだけに、プロは陣形の組み立てに心血を注いでいる。そのことは消費時間で分かる。

(中略)

 4図以下の指し手
▲7五歩△2四銀▲3四歩△同飛▲8六飛△5六歩(5図)

 4図では手筋の▲2二歩が目に付く。△同金は▲4三飛成。△3一玉は王手飛車があるから歩成は受からない。控え室の検討ではこれで後手が困っていた。しかし羽生は目もくれず▲7五歩。8一桂の活用を封じた本筋の大きな一手である。

 阿部「▲2二歩には△4四飛とぶつけますよ」。不利を覚悟していた阿部にとって乱戦化は歓迎なのだ。それを見抜いているところに、当然とはいえ、羽生の卓越した大局観を感じた。

(中略)

 飛成りを見せた▲8六飛。先手快調。△8四歩と受けるのは▲3七歩と攻めを封じられて後手ジリ貧、「大差です」(阿部)。また△3七歩▲同金△4五桂は▲3六金△8五歩▲6六飛。「これもダメですね」。で、阿部は勝負手を放った。それが△5六歩である。私は大盤解説会場にいたが、ヒントにないこの「次の一手」を当てた方が一人いたのには驚いた。ここで動かないと後手まずい。当てた方は阿部と同じ大局観である。

5図以下の指し手
▲8一飛成△4五桂▲9一竜(6図)

 △5六歩に羽生が「最初は軟弱に▲同飛と取ろうかと思った」と言ったから感想戦は笑いに包まれた。阿部は「それでも悪いでしょうけど」。▲8一飛成は後手の攻めを呼び込むだけに怖いが、北浜六段は大盤解説で「私ならこれで負けても後悔しません」。

 殺到体勢を築く△4五桂に、さらに手抜いて▲9一竜。これには本当に驚いた。踏み込みがいい。羽生!という手だ。もっとも▲4九桂と受けるのは△2八角の手筋があって後手が面白い。▲5六歩と手を戻すのも△5七歩▲同銀△4九角の必殺打がある。▲同玉△5七桂成は後手勝ち。それに比べて▲9一竜は、玉が上部に追い出された際の△9二角を防ぐ意味もあり、攻防の手となっている。

(中略)

 ほかにも変化はたくさんあるが、要は阿部の読みどおり、先手玉は寄らない。チャンスは幻だったのだ。午後6時12分、阿部が投了。

(中略)

 短手数ながら際どく面白い終盤戦だった。本局は大局観と踏み込みのよさという羽生の長所が発揮された。羽生「3筋の位が取れたのが大きかった」、阿部「やっぱり作戦負けでした」が感想戦の結論だった。三度目の正直で羽生先勝。2千日手も含め密度の高い将棋を間近に3局見たので、とてもオープニングゲームとは思えなかったのだが、まだ第1局が終わったばかり。羽生が去った後、阿部は自ら丁寧に駒をしまった。タイトル戦では記録係が片付けるのだが、思うところがあったのだろうか。「調べてみたんですが、羽生さんって先手の勝率が異様に高いんですね」。阿部は問わず語りにそう言った。主力戦法で一局失ったのは痛いが、次は先手番。戦いはこれからだ。

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5図からの▲8一飛成が決断の一手。

「最初は軟弱に▲同飛と取ろうかと思った」と羽生善治竜王(当時)が語っているように、▲5六同飛ならローリスク・ローリターン、▲8一飛成ならハイリスク・ハイリターンの世界。

あるいは、ミドルリスク・ハイリターンと読んだから▲8一飛成が選択されたとも考えられる。

どちらにしても、リアルタイムで中継を見ていたならば、▲8一飛成の踏み込みの良さに鳥肌が立ったことだろう。

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そして、△4五桂に▲9一竜。

歩兵部隊の△5六歩、続いて戦車部隊の△4五桂が自陣を攻撃しようとしている時に、迎撃隊は出さずに敵国内に飛行場を建設するような▲9一竜。

やはり驚きの一手で、リアルタイムで中継を見ていたならば、指された瞬間、頭で手の意味を考える以前に鳥肌が立つこと間違いなし。

小田尚英さんが書かれている通り、まさに「羽生!という手だ」という手。

△5六歩~△4五桂の攻撃を甘受したのは、自陣の要塞の天井に穴を開けてもらって、そこを脱出口にしようという狙いだ。

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この期の竜王戦七番勝負は第1局が台北で行われ、千日手が二度続いたことから、この対局が実質的な第1局。

七番勝負は羽生竜王の4勝3敗での防衛となったが、最終局が行われたのが翌年1月初旬で、竜王戦七番勝負が年を越した唯一のケースとなっている。

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香港の空港でのこと。かなり昔の話。

帰りの便を待っていた私が空港内をブラブラしていると、あるショーケースの前で、店の女性が私に向かって笑みを投げかけてきた。

非常に愛くるしい雰囲気のアイドル型の広東美女。

ショーケースの中にはアクセサリー的なものが多く並べられていた。

買いたいものはなかったが、そういえば会社の人へのお土産を買っていなかったということで、表に「福」、裏に「寿」とある、いかにも金メッキの小さな小物を買うことにした。

値札には50と印字されているので、当時の香港ドルのレートで計算すると850円位。縁起が良さそうなので5個ほど買おうと思った。

しかし、よく見ると、50は香港ドルではなく米国ドル(当時で7,000円以上)であることがわかり、買うのをやめようかと一瞬思ったものの、その彼女の笑顔を見ると、やっぱり1個だけ買おう、と心が動き、結局は自分用に1個だけ買うことにした

「買って」とも言われていないのに買わなくても良いものを買ってしまった典型的な事例だが、付きまとう店員をなかなか振りほどけなかった阿部隆七段(当時)とは全く逆のケースだ。

 

 

「将棋の観戦記は、面白くありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である」

将棋世界1982年11月号、川口篤さん(河口俊彦五段…当時)の「おもしろい観戦記を」より。

 将棋の観戦記は、おもしろくありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である。極端にいえば、対局者と棋譜から全然はなれて(実際にそんなことはあり得ないが)もいいとさえ思っている。

 問題は、どんな観戦記がおもしろいのか、ということになるが、こればっかりは読者各人に好みがあるから、いちがいには決めつけられない。

 観戦記を書くのより、読む立場から私の注文を言わせてもらえば、まず指し手の解説の多い文は閉口である。▲△の羅列を見ると、とたんに読む気がしなくなる。そんな時にはその部分を飛ばして読むが、それだと当然ものたりない。退屈な時は辛抱して手を追って見るが、すると終わりは「これで一局の将棋」なんて書いてあって、やっぱりどうでもよい部分だったのか、ということになる。

 数年前に、盤面にはほとんど触れられていない異色の観戦記が書かれ、それを見た時、私や芹沢八段などは、これぞ名観戦記と大喜びしたのだが、驚いたことに新聞社には「これが将棋の観戦記か」という抗議の電話や投書が殺到したそうである。この話を聞いて、そんなものかな、と思ったがその後考えてみると、非難をならしたのはごく一部のマニア的ファンであって、大多数の読者は、おもしろく読んだと思う。そういう読者は、おもしろかったと声に出さぬだけである。逆に、指し手の解説ばかりの観戦記に対しても、やはり、つまらないとの声は出さない。

 実をいうと、そんなことはわかっちゃいるけどできないという事情がある。それは強力な「と金タブー」の存在である。うっかりしたことを書けば、すぐしっぺ返しが飛んでくる。で、君子危うきに近よらずということになってしまうわけだ。しかし、最近はだいぶ変わって来た。棋士も大人になっている。観戦記者諸氏も勇気を持って読者のための観戦記を書いていただきたい。

 そこで私はということになるが、小生度胸はあるものの残念ながら筆力がともなわない。読み物的なものを書いても、労ばかり多くてろくなものが出来ない。で、譜分けなどを工夫して将棋をおもしろく見てもらうことを心がけている。そして、ごますり観戦記にならぬことも。

 今年の春、私は奇跡的な場面を目撃した。棋王戦五番勝負の第1局、対局者は米長棋王対森安八段。この観戦記を担当した時のことである。

 中盤から米長が優勢に戦いを進め、1図となったあたり、米長勝勢と思われた。まずはこの後の進行を見ていただく。

1図からの指し手
△8六飛▲8七歩△9六飛▲9七歩△9五歩(2図)

 ああこの将棋か、と憶い出された方も多いだろう。驚くなかれ、森安は△8六飛と死にに行ったのである。もっとも、△7四飛と引いては野垂れ死にが明らかだから、ヤケ気味であろうとこう指すよりなかったともいえる。

 △9六飛を見た瞬間、米長は「エエッ!」と首をつき出した。こういう筋があることはチラッと浮かんでいたかも知れない。しかし、「まさか」と思っていた。将棋史上こんなムチャな手が成立したことはなかったから…。

 だが、盤上の△9六飛を見つめているうちに、米長の表情はみるみる変わっていった。この飛車は取ることは出来ない。そして取れないようでは負けと分かったからである。

 かくして2図まで、大事な飛車を取ってくれ、いや取らない、どうしても、という奇形が生じた。この局面は森安が優勢と逆転していたが、次の▲8六金を△同角と誤り、結局森安が負けた。

 負けたとはいえ、こうした見せ場を作れるのは、森安の将棋のどこかに仕掛けがあるからであろう。その不思議さに、控え室の中原名人も、不気味さを感じたようだった。

 さて、このおもしろい場面を強調するために、1図を第九譜として2手だけ進め、△9六飛から△9五歩までの3手を第十譜とした。奇妙な手順が一目で分かるように細かく区切ったのである。しかし、そうすると必然的に序盤は手を多く進めざるをえない。そちらはすこぶる分かりにくくなるが、それもやむを得ないと思った。肉は骨に近いほどうまく、将棋は終わりに近づくほどおもしろい。序盤はさっぱりおもしろくない、とも思っている。

 そうした工夫を凝らしたにもかかわらず、観戦記はうまく書けなかった。思いもかけずど真ん中に絶好球が来たために、肩に力が入って凡飛球を打ち上げた格好だった。つまらない将棋をおもしろく見せるのも観戦記だが、おもしろい将棋をつまらなくしてしまうケースも数多くある。観戦記はそれほど重要なのである。

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河口俊彦五段(当時)の「将棋の観戦記は、面白くありさえすれば、どんなスタイルでもかまわない、というのが私の考え方である」

これには私も大賛成だ。

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「驚いたことに新聞社には「これが将棋の観戦記か」という抗議の電話や投書が殺到したそうである。この話を聞いて、そんなものかな、と思ったがその後考えてみると、非難をならしたのはごく一部のマニア的ファンであって、大多数の読者は、おもしろく読んだと思う。そういう読者は、おもしろかったと声に出さぬだけである。逆に、指し手の解説ばかりの観戦記に対しても、やはり、つまらないとの声は出さない」

これは、将棋の観戦記に限らず多くの分野であることだと思う。

一部の人の声の大きさが世論を代表しているわけでは決してない。

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1図は後手の金損の状態。森安秀光八段(当時)の△9六飛からの飛車の押し売りが迫力満点だ。

遠く4二の角が端に利いていて、先手の7九桂が先手玉の逃げ道をふさいでいるから、このような技が成立する。

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「つまらない将棋をおもしろく見せるのも観戦記だが、おもしろい将棋をつまらなくしてしまうケースも数多くある。観戦記はそれほど重要なのである」

ネット中継がある現在、中継を見た人も見なかった人も楽しめる観戦記が求められており、この頃とは観戦記の書き方も変わってきている。

今の時代だからこそ、観戦記の役割は以前にも増して重要になってきていると思う。

 

 

佐藤康光九段の戦慄の3段ロケット型居飛車穴熊退治

将棋世界2002年3月号、毎日新聞の山村英樹さんの第51期王将戦七番勝負第1局〔羽生善治王将-佐藤康光九段〕観戦記「炸裂したスズメ刺し」より。

 〔意表の三間飛車〕

 記録の天野貴元二段が行った振り駒は1枚が回り将棋の「10」のように立って、歩が3枚出た。羽生の先手番が決まった。そうなると盤側で予想したのは当然相居飛車の戦型になる。ところが、佐藤の4手目は△4四歩。「?」と見るうちに飛が3筋に移動した。なんと、公式戦では初の佐藤の「純正」三間飛車。これから何番も対戦する羽生を相手に、初戦からいきなり意表を突くことをやってくれた。羽生も「驚きました」と語っていたという。

 しかし、振るにしても現在は四間飛車の全盛時代で、三間飛車の実戦は少ない。ということは、必ずしも有利な戦法とは思われていないのではないか。さらに控え室では「三間飛車は軽いサバキが求められる作戦。佐藤さんの棋風とは違う感じがするが」の声もあった。すると、この戦法を選んだ意味は?記者には、佐藤が後に実現する構想をおぼろげながら描き、あらかじめ考えてきたのではないかと思えてきた。それは2日目の午後になってからの話だが。

 羽生は玉を居飛車穴熊に囲う。竜王戦でもさんざん展開されたように、現在はすんなり組ませてくれることの方が少ないだろう。「穴熊に囲うことができてはまずまずと思った」との感想がある。同時に不思議な気がしたことだろう。「なぜ、佐藤さんはこの戦法を選んだのだろう」と。

途中図からの指し手
▲7八金右△6三金▲4六銀△6四銀▲3五歩(2図)

〔伏線〕

 △8一玉が封じ手だった。普通の居飛車対振り飛車の進行と言ってもいいような駒組みだが、1点違うのは封じ手が△8二玉ではなく、下段に移動したこと。羽生も(通常の)△8二玉ではない予感がしたそうだが、控え室の立会陣、丸田祐三九段と前田祐司八段も「△8一玉の方が勝る展開になるかどうかはなんとも言えません」と話していた。この手も後で思えば大構想を実現させるための重要な一手だったのだ。局後、「△8一玉あたりまでの進行は想定されていたのですか」と聞くと、「いえ、とてもそんな」の答えが返ってきた。しかし、はっきりした形でなくとも、なんらかのひらめきがあったのだろうと状況証拠からは思える。

 ▲3五歩は自然な仕掛け。佐藤の応手は……。

2図からの指し手
△7五歩▲3四歩△5一角▲7五歩△同銀▲5七角△6六歩▲同歩△7六歩▲3八飛△8五桂▲4八角△7三銀▲2六角△5三金(3図)

〔突然の大長考〕

 右方を手抜きして△7五歩はわずか7分の決断。▲3四歩の取り込みも予想されるところ。だが、この手が指された午前10時45分からピタリと佐藤の手が止まった。午後0時半から昼食休憩に入り、食事を早めに終わらせて午後1時すぎには盤前に戻って読みを続ける。これまた自然な△5一角が指されたのは再開が告げられた直後、午後1時半だった。記録用紙に105と記入される。

 この長考も謎だった。そして進行を見ると、佐藤は盤の右半分はほとんど見ないで、玉頭戦にかけたような指し方。しかし、羽生に飛角を小刻みに動かされ△5三金と受けた3図は見事なほどに後手の金銀がバラバラ。ちょうと青野照市九段、勝又清和五段も控え室を訪れたが、「(後手陣の)こんな形は見たことがない」。その口ぶりからすると、どうも先手有望と感じているようだ。先手の堅い穴熊を見ると、素人目にもそう見える。だが、6手進むと見方ががぜん変わる。

3図からの指し手
▲5七銀△7四銀▲3六飛△9三香▲3七角△9二飛(4図)

〔遠大な計画〕

 羽生がどの時点で佐藤の構想に気付いたかはわからないが、この時点で気付いてももう止められなかった。三間飛車の選択、封じ手の△8一玉、大長考の△5一角。それらへの疑問をいっぺんに解決したのがこの△9三香から△9二飛。「スズメ刺し」の用語は本来矢倉戦でよく使われるので、この場合に使えるかどうかわからないが、おそらく前例のない対穴熊の「スズメ刺し」。最下段を移動する地下鉄飛車は実戦例もあるが、こんな構想はあるのだろうか。

 記者が属する毎日新聞と一緒に王将戦をを主催するスポーツニッポン紙で特別観戦記者をつとめた作詞家の荒木とよひささんだけが、早くからこの構想を言っていたが、前田八段が「荒木さん、自慢していいですよ。おそれいりました」。佐藤は「端にプレッシャーをかけるしか勝負にならないので」と感想で。しかし、羽生は「スズメ刺しの形になってはこちらが悪いと思います。中盤の飛角の動きなど、ゆっくり指しすぎたかもしれません」。とは言うものの控え室では後手陣の形は異様なだけにまだ羽生に分があるのかと思っていた。

4図からの指し手
▲6八銀△6三金▲6七金△7二金▲3五飛△4二角▲7八金△8四歩▲4六角△6四角(5図)

〔我慢比べ〕

 堅い穴熊だが、逆に言えばこれ以上進化のしようが難しい。佐藤にしても一歩持っていれば△9六歩以下端攻めが実行できるのだが、その歩がない。羽生にとっては歩を渡さずに手を進めたい。右の手順は双方ともにすぐには動けず、手待ちの意味がある。ただ、この間に佐藤の金銀が再び集結し、結構堅い形になった。とは言え、いつまでも待つ手がない。

「どちらが先に辛抱できなくなるか」と控え室の視線が集まる中で、佐藤が動いた。午後6時10分、角をぶつける△6四角。ここから堰を切ったように局面がほぐれる。

5図からの指し手
▲同角△同銀▲3三歩成△6九角▲7九歩△4七角成▲4三と△7七歩成▲3一飛成△7一歩▲7七銀右△2九馬▲8六銀△1九馬▲2一竜△9四香打(6図)

〔一気に攻め合いに〕

 残り時間が16分対9分ということもあるが、両者の指し手は早かった。あっと言う間に羽生が竜を作る。手順中△7七歩成は拠点を失って惜しいようだが、△7一歩で後手陣が引き締まった。そして、取ったばかりの香を9四に打ち、いよいよ攻撃の準備が完了。羽生はここで手を止めた。

6図からの指し手
▲8五銀△同銀▲7七桂打△7三桂▲6一角△9六歩▲8五桂△同桂▲9六歩△同香▲9七歩△同桂成▲同桂△同香成▲同銀△同香成▲同香△9八歩▲8八玉(7図)

〔羽生のミス〕

 5分使って▲8五銀。続く▲6一角とあいまって攻め合いの順だが、勝負所があったとすればここだろうと、局後の検討が集中した。

 代わる手でもっとも有力だったのが▲7六桂と打つ手。△7五銀左に▲4二角と攻防の角を打ち、どうなるか。変化の中には千日手の順もあり、「これが最善かも」の声が両者からあったが、終局直後の感想だけに自信が持てない様子。ただ、本譜よりは勝ったかもしれない。

 佐藤が端に集めていたミサイルが次々と発射され、次第にすっきりした形になってきた。「これは羽生さんの負けかも……」と控え室の声も定まってきた。残り5分の佐藤が2分を使って決め手を出す。

7図からの指し手
△9七飛成▲同玉△8五桂▲9六玉△9五銀▲同玉△8三桂▲9四玉△9三銀▲同玉△9一香(投了図)  
 まで、118手で佐藤九段の勝ち

〔佐藤鮮やかに先勝〕

 △9七飛成が決め手になった。▲7七玉と逃げれば即詰みは免れるが、羽生はそんな気にならなかったのだろう。▲同玉と取って、詰まされる順を選んだ。以下は長手数だが、詰んでいる。投了図以下は▲8四玉△7五銀▲8五玉△7四金▲同玉△7三金▲8五玉△8四金。駒を使い切り、遠く1九の馬まで利いている。

「詰みを発見してようやく勝ったと思いました」と佐藤。

 羽生の居飛車穴熊を粉砕して先勝した佐藤。この勝利は大きな自信になっただろう。三間飛車からスズメ刺しという大胆な発想には脱帽するしかないが、やはりどこかでおぼろげにこんな発想が生まれて、いつかは指してみようと思っていたのだろうか。本人は「いや、そんなことはありませんよ」と笑って否定するだろうが……。

 局面がほぐれてから終局するまでわずか50分足らず。この2人の戦いはそれまで序盤、中盤で注ぎ込んだものを一気に清算する時点では第2局まで終わっているが、おそらく2局目も、第3局以降も、両者の激闘はこんな光景が続きそうだ。

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2図で後手玉が8一ではなく8二にいれば、真部流三間飛車そのものの形。

羽生善治王将の攻め方は、真部流三間飛車に対する一つのお手本の手順ということになるだろう。

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「こんな形は見たことがない」と言われた3図の後手の陣形。

本当に見たことがない。

こんな不安定でバラバラで浮き駒だらけで、個人的には絶対に指したくないような形だ。

しかし、ここからが天衣無縫流の佐藤康光九段の真骨頂が発揮される。

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5図以降の後手の陣形が引き締まっているのが、奇術を見せられているような気持ちになる。

三間飛車は世を忍ぶ仮の姿であり、本筋の狙いはスズメ刺し、そして、6図の3段ロケットというか3段ミサイルの展開。

あとは、先手の穴熊の9筋に集中攻撃。

泣く子も黙るような攻撃。

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佐藤康光九段の奔放な指し回しが現れる初期の段階であるが、この後、佐藤康光九段は更に奔放な、誰も考えつかないような、誰も指さないような振り飛車を何局も見せてくれるようになる。

佐藤康光王将(当時)「我が将棋感覚は可笑しいのか?」