「なんだ、お前はまだうなぎをぶらさげていたのか。わしは店の前に捨てて来たぞ」

将棋世界1997年7月号、沼春雄六段(当時)の第55期名人戦第4局〔羽生善治名人-谷川浩司竜王〕観戦記「積極策奏功」より。

 昔の話だが、一休禅師が小僧さんを連れて歩いていた時、道端でうなぎの焼けるいい匂いがして来た。

 一休禅師は目を細めて”うまそうだな”とつぶやいた。

 しばらく歩いた後に小僧さんがおそるおそる”出家の身であのようなことを言ってもよいのでしょうか”と尋ねた。

 一休禅師は笑って”なんだ、お前はまだうなぎをぶらさげていたのか。わしは店の前に捨てて来たぞ”と答えたという。

 融通無碍が禅の精神だそうだが、将棋でも眼前の局面の変化に対応しての大局観が求められるが、すでに消えてしまった変化をいつまでもひきずっていては形勢判断を誤る元になりかねないものだ。

(以下略)

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「なんだ、お前はまだうなぎをぶらさげていたのか。わしは店の前に捨てて来たぞ」

深い。深すぎる。

将棋はもちろんのこと、人生で起きる数々のことにも当てはまる金言だと思う。

もちろん、一休禅師の域に達するのはどのような分野においても至難の業ではあるが。

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コンピュータソフトはすでに消えてしまった変化をいつまでもひきずるようなことは絶対にない。

そのような意味では、人間の心を持つような将棋AIができれば、今の将棋AIよりも弱くなる可能性があるということになるが、一休禅師のような心を埋め込めば、逆にもっと強くなるのではないかと思えてくる。