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本当のように見えて、よく考えてみると嘘としか思えなくなる話

将棋マガジン1984年2月号、川口篤さん(河口俊彦五段)の「対局日誌」より。 昼休みは、12時10分から1時まで。なぜ12時からでなく、10分すぎからなのかは判らない。連盟流のへ理屈があるのだろう。以前は思い思いに外へ出て食事をしたが、今期...
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「升田新手の被害者第一号にはB級1組の七段あたりがよく選ばれていた」

将棋世界1986年7月号、東公平さんの「ご縁の深い名棋士 神機妙算 升田幸三先生」より。 人は、時代的にしか生きられない。 もう少し早く生まれていたら、私は将棋の世界に入っていたかどうか分からないが、観戦記者になって升田幸三先生の全盛時代の...
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米長邦雄二冠(当時)が「矢倉は将棋の純文学である」の真意を語る

近代将棋1985年1月号、米長邦雄二冠(当時)の「さわやか流 将棋相談」より。Q.米長さんは「矢倉は将棋の純文学である」とおっしゃっていますが、これはどういう意味ですか。ちなみに他の戦法はいわば大衆小説なのでしょうか。(旭川市 Oさん)A....
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原田泰夫九段「初級者や弱い人と指せば疲れませんが、強い人と指しますと疲れます」

皇后陛下が、10月20日、誕生日にあたり、この1年を振り返っての感想を文書で寄せられた。その中では将棋に関することも次のように触れられている。将棋も今年大勢の人を楽しませてくれました。若く初々しい棋士の誕生もさることながら,その出現をしっか...
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舞台を見ているような投了シーン

将棋世界1999年2月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。 午後11時を回ったころだったか。私がエレベータの近くの、通称老人シートで一休みしていると廊下の奥から島八段が空のペットボトルをさげてあらわれ、受付カウンター横のごみ箱に...