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豊川孝弘五段(当時)「丸山忠久恐るべし!」

将棋世界2001年9月号、豊川孝弘五段(当時)の「丸山忠久という男」より。 名人について書くというのは、僕にとっていささか難題であるので、1人の友人として、男、丸山忠久について書いていこうと思う。まずは、丸山の将棋界での経歴について簡単に紹...
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「女子高校に将棋部が出来るまで」

将棋世界1981年2月号、瀧野川女子学園教師・田林正好さんの「女子高校に将棋部が出来るまで」より。 瀧野川女子学園の囲碁将棋部は創設昭和51年4月、部員34名、活動時間は毎週月曜日午後2時半から4時まで地道ですが熱心な活動を続けています。 ...
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「短編詰将棋で持ち駒に銀がある場合、44%の確率で初手が銀打ち」という理論

将棋世界1981年2月号、読者のページ「声の団地」より。 私の将棋は、競馬にたとえると逃馬タイプである。本で将棋を覚えたせいか、序盤の型には明るいが、終盤は滅法弱い。そこで寄せを強くするため、詰将棋に取り組んでいる。だが、詰将棋を確率的な視...
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羽生善治五冠(当時)の驚異の挑発大作戦

将棋世界2001年4月号、編集部記の第50期王将戦七番勝負〔羽生善治王将-谷川浩司九段〕第5局「羽生、激闘を制して王将戦6連覇を達成」より。 今シリーズ2度目の四間飛車を用いた羽生に、谷川は左美濃から銀冠に組み替えて対抗した。だが角交換の展...
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郷田真隆八段(当時)「佐藤さんならそう指すかな、と思ってましたよ」

昨日の話からの続き。将棋世界2001年1月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。 羽生五冠の手が止まることが多くなった。継ぎ盤の駒も動かない。 渡辺四段が対局を終えて入ってきた。控え室は、田中、島、郷田、それに毎日の山村記者と私だけで、ち...