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「将棋界で”マッチ”といえば関西のハンサム棋士、浦野真彦六段を指す」

近代将棋1989年10月号、田辺忠幸さんの「将棋界 高みの見物」より。 ”マッチ”といっても、中森明菜の自殺未遂事件で男を下げた近藤真彦のことではない。将棋界で”マッチ”といえば関西のハンサム棋士、浦野真彦六段を指す。 このマッチの株が、こ...
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中原誠十六世名人「そのとき私が”くれぐれも酒には気をつけてください”なんて話をしてはいたのですが……その二人も、いまはもういません」

将棋マガジン1988年6月号、中原誠名人の「私のベスト十二局」より。 王将戦の時期と、名人挑戦者決定戦決定の時期とが近いので、そのあたりのことにも触れておこうかと思います。 この年度(1984年度)のA級リーグは出場者が9人(大山十五世名人...
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「将棋連盟が甦った日」

近代将棋1988年10月号、湯川博士さんの書評エッセー「将棋連盟が甦った日」より。 悔しいが、将棋小説はあまり部数が出ないといわれている。 知り合いにSF小説の売れっ子作家がいて、将棋を少々指す。彼が出版社の奨めもあって将棋小説を書き、まと...
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米長邦雄永世棋聖「序盤を研究するのは、ファッションのセンスを磨くようなものだ」

将棋マガジン1991年2月号、高橋呉郎さんの「米長邦雄 サービス精神の疾走」より。「この男、できるな」<宿へ戻って、また室内遊戯。  僕は、そこで、非常にいい光景を見た。米長と真部とで碁を打ちそうになったので、僕、オセッカイにも、将棋を指し...
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「タイトル戦を撮る」

近代将棋1988年2月号、弦巻勝さんの「タイトル戦を撮る」より。 タイトル戦は地方でやることが多いので前日機械の準備をします。もちろんその数日前に編集部から何ページのカラーあるいは何ページのモノクロとか、非常に簡素な電話があるわけで、その段...