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先崎学六段(当時)「恐れ入りました。いろいろ言った私達が悪うございました」

将棋世界1995年12月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。 この日のモニターテレビは、加藤(一)九段対行方五段(王位戦)。 新旧天才棋士の対決らしく、盤面の雰囲気がちがう。控え室に来た棋士達は、目ざとく気がつき、立ちどまって盤...
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名人戦を創った男たち

倉島竹二郎さんの「昭和将棋風雲録」より。実力名人戦の開始 昭和9年の夏ごろから名人戦のうわさがしだいに広がり、その独占権を各社が争っているという話が私の耳にも入るようになった。 いまでこそ名人戦のほかに、王将戦、十段戦、棋聖戦、王位戦ほかい...
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二・二六事件の日の対局

倉島竹二郎さんの「昭和将棋風雲録」より。 分裂の最中、私にとっては忘れられない対局風景がある。 それは昭和11年2月26日、あの歴史的な悲劇二・二六事件が起こった当日のことだ。当時青山に会った将棋連盟本部で、関根名人対木村八段の臨時棋戦と土...
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加藤一二三九段にとっての記念すべき年

将棋世界1995年11月号、加藤一二三九段の「わが激闘の譜 十段戦の挑戦者に」より。 昭和43年は、私にとって記念すべき年であった。この年の4月から半年間、私はNHKテレビ将棋講座の講師を担当した。毎回ゲストを招いて進行したので、私は各界の...
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大山康晴十五世名人と中曽根康弘首相とマーガレット・サッチャー首相

2月20日の産経新聞で、1986年5月に東京で先進国首脳会議(サミット)が開催された際、英国のマーガレット・サッチャー首相が中曽根康弘首相に英国製コンピュータ将棋ゲームを贈る準備を進めたが、失敗作だったため取りやめていたことが、19日解禁さ...