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「金曜日とあれば、タクシー事情は最悪である。仕方なく将棋会館に戻ると、羽生、脇、屋敷などが残っていた」

将棋マガジン1991年3月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。12月21日 大山の現状は(順位戦の話だが)あらためて説明するまでもない。この日、対南戦が行われるが、もし負ければ絶望的である。この一戦こそ見逃せない。午後3時 棋士室に...
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谷川浩司竜王(当時)「一番やりたかった羽生竜王と戦えて良かった。ただ、次には当たりたくありません(笑)」

将棋マガジン1991年3月号、グラビア「第3期竜王就位式」より。 谷川浩司新竜王誕生で幕を閉じた平成2年。その竜王就位式が、年明け早々の1月9日、東京大手町の読売新聞本社で行われた。 当日は、棋士、関係者など200人を超す参会者があって盛況...
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「棋士の奥さんは、なぜ旦那が死ぬと若返るのだろう」

将棋マガジン1991年7月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。 4月30日、名古屋で「板谷一門祝勝会」が開催された。 石田・小林がそろってA級に上がり、杉本が四段になったのを祝うのだが、もう一つ、板谷大先生(四郎九段)の健勝を祝す意...
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萩本欽一さん「その時におスシを取ったんだけど先崎君のはワサビ抜きにしてもらったのね、子供だから」

将棋マガジン1991年5月号、萩本欽一さんの自戦記「欽ちゃんのドーンと指してみよう 第5局 対先崎学五段 二枚落」より。 今回は9年前の雪辱戦。 その時は、こっちが考えているときょろきょろキョロキョロ。やっと指すと、間髪をいれずにバチン。し...
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萩本欽一さん「そういえば能君と一緒に小学5年生の先崎君が来たことがあったなあ。この子がまた憎たらしいの」

将棋マガジン1991年1月号、萩本欽一さんの自戦記「欽ちゃんのドーンと指してみよう 第1局 対米長邦雄王将 二枚落」より。 ド~ンと指してみよう、なんて言ったってプロ棋士に本気を出されたら勝てないのはわかっている。 そこでボクが考えた作戦は...