奨励会 郷田真隆7級-中井広恵女流二段戦 昨日の続き。 将棋世界1983年12月号、八尋ひろしさんの「超難関!昭和58年度奨励会入会試験」より。 この二次試験は10月19日、奨励会の対局日に行われた奨励会員にとっても成績となる対局。おいそれと負けるわけにはいかない。気合の入った雰... 2015.05.04 奨励会
読む 山崎隆之四段(当時)「ウソダロ、ナンデダヨ」 将棋世界1998年10月号、山崎隆之四段(当時)の村山聖九段追悼文「心に残る人」より。 「村山先生が亡くなった」突然の知らせだった。ウソダロ、ナンデダヨ。 「ずっと体調が悪かった事は、”絶対に知られたくない”との本人の希望で知らせなかった」... 2015.04.23 読む
読む 先崎学六段(当時)「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」 将棋世界1998年10月号、先崎学六段(当時)の村山聖九段追悼文より。 今、僕は東北の温泉に居る。静養のためである。行く前に、三つ、誓を立てた。一、酒を飲まない。二、嫌なことを思い出さない。三、嫌なことに触れない。 そこへ、村山聖が死ん... 2015.04.22 読む
読む 森信雄六段(当時)「村山君よ、安らかに」 将棋世界1998年10月号、森信雄六段(当時)の村山聖九段追悼文「村山君よ、安らかに」より。 昭和57年9月、お母さんに連れられて、関西将棋会館の道場で会ったのが、村山君との初めての出会いだった。 ワイシャツの袖をまくり上げ、足元を見る... 2015.04.21 読む
読む 郷田真隆棋聖(当時)「それよりも何よりも一人の人間として、私はムラヤマヒジリが好きでした」 将棋世界1998年10月号、郷田真隆棋聖(当時)の村山聖九段追悼文「村山君との思い出」より。 八月十日、将棋連盟で滝先生より村山君の訃報を知らされて、あまりに突然のことに言葉を失くしました。一年、或いはもう一年、体調を戻して元気に復帰して... 2015.04.20 読む