広島の親分(4章-1)

広島焼き
一日目の取材も終わり、飲みに行くことになった。あいにく高木達夫さん(中国地方最大のテキヤの元・大親分)は、私たちの到着を午前中と勘違いし寝ていなかったため、夜は参加できないということだった。
「わしの長男が、広島焼きの店をやっとるので、そこに行きゃぁいい。あいつは、いろいろ苦労して、自分の味を見つけたんよ」
 高木さんによると、長男は、テキヤの道には向かないタイプだったので、早々と違う道に進ませたらしい。
 広島焼きの店は、高木さんの家から1分くらいのところにあった。Mさんと20台前半の好青年が一緒だ。
 店に入るとカウンターと椅子席があって、私たちはカウンターに座った。
「いらっしゃい、お待ちしとったです」
 長男は、高木さんそっくりな顔をしていた。夫婦で店をやっている。日曜日の夜というのに席は満席。私たちの隣には女子高生二人組が座っていた。
テレビも取材に来ている評判の店のようで、芸能人のサイン入り色紙が何枚も貼られていた。
 ビールで乾杯のあと、この店名物の「カキバター焼」が出てきた。プリプリの大きなカキ。
実は私はカキが大の苦手なのである。
カキフライだけは好きだが、生カキはもちろんのこと、カキ鍋、バター焼とカキ料理は食べられないものばかり。
カキ特有の磯臭さが原因だと思う。
しかし、ここは高木さんの長男の店。
絶対に残すわけにはいかない。

私はじっと我慢をしながらカキバター焼を口に入れた。

大振りのカキの滋味が口の中に広がる。カキ好きな人なら至福の瞬間だが、私にとってはややパニック状態。あまり噛まないようにしてビールで流し込んだ。

湯川さんは
「これはうまいっ!東京じゃ絶対にこんなにいいカキは食べられない」
と御機嫌だ。
私の手元のカキバター焼は、まだ何個も残っている。勢いをつけて食べなければ完食できないと思い、我慢をしながら立て続けにカキバター焼を食べた。
するとMさんが満面の笑顔で、
「森さん、カキバター焼、気に入っていただいたようですな。おかわりいかがか」
と聞いてきた。
「いえいえ、私は十分にいただきましたので」
Mさんは、湯川さんの東京の将棋界の話を、喜んで聞いていた。
 目の前で広島焼が焼かれ始める。この店のもう一つの名物「スペシャル」だ。生エビ、生イカ、肉、玉子、かんすい抜きの中華麺、大量のキャベツ、これを上下の薄い皮ではさんで焼く。見事な腕捌き。
 それまで私は、東京で何度か広島焼を食べたことがあったのだが、どれもソースの味が強調され過ぎていて、私の好むところではなかった。ところが、この「スペシャル」は今まで思っていた広島焼の印象を一変させてくれるものだった。ソースと食材の味のバランスが絶妙で、これなら何個でも食べられるし、人気が出るのも当然だ。
 店を出たあとは、4人で近所の居酒屋へ行った。話題は将棋のこと、高木さんのこと、いろいろと話ははずむ。
最後はホテルの部屋で一緒に飲んだ。
 翌朝、ホテルをチェックアウトしたあと、湯川さんと私は「麻雀・喫茶よしみ」へ向かった。高木さんは既に店のソファーに座っていた。