初手の最悪手は▲8六歩。
NHK将棋講座1996年8月号、鈴木宏彦さんの「将棋マンスリー 東京」より。
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6月某日。佐藤康光八段、森内俊之八段、中井広恵女流王将、斎田晴子女流三段といったメンバーと一緒に食事をする機会があった。
「初手▲2六歩は、初手▲7六歩に比べてずっと勝率が悪い」「研究熱心な人ほど、後手番の勝率が悪くなるのでは」「同じ四間飛車でも、後手四間飛車より先手四間飛車のほうがかなり勝率が高いはずですよ」
そんな話をしているうちに、森内八段が斎田さんに話はじめた。
森内「斎田さんは四間飛車しか指さないんですよね。相手が振り飛車のときはどうするんですか」
斎田「全部相振り飛車です。公式戦で居飛車は1局も指したことがありません」
森内「それなら、もし相手に初手▲8六歩と指されたら、どうするんですか」
斎田「!」
初手の最悪手は▲8六歩だと言われている。△8四歩と突かれたら先手は▲7八金の一手。以下、△8五歩▲同歩△同飛▲8七歩となって、先手は序盤で2手半(この時点で3手、あとで8五の飛車が8四や8二に戻ると考えれば2手)手損する計算だ。
森内八段に「それでも振り飛車にするんですか」と聞かれた斎田さん、なんと答えたか。ちらりと中井女流王将の顔を見やってから、真面目な顔をして「中井さんの前で大事な作戦のことはお答えできません」と言ったのだ。隣の佐藤八段は、中井さんの顔を見ながらニヤニヤ。
斎田さんは、もし「それでも振り飛車にします」と答えたら、今度の中井-斎田戦で中井女流王将が初手▲8六歩とやってくることを心配したのだろうか。いや、そんな馬鹿なことを心配するはずはない。たぶん、斎田さんは「私はタイトルを持っていないけど、いつだって中井さんや清水さんのことを意識しているんですよ」ということを言いたかったのだ。こうした前向きな精神があるから、晩学のハンディを乗り越えて女流棋界の3強と呼ばれるまでになったのだと思った。
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私はコテコテの振飛車党なので、初手▲8六歩と指されても△3四歩と指すだろう。
2手半手得をしても、その後の居飛車的構想を思い描けないので、無理はしないはずだ。
強い振飛車党の人なら、△8四歩以下の2手半の手得後、ひねり飛車から石田流を目指すのか。
コテコテの振飛車党に対しての初手▲8六歩は、もしかすると結構挑発的な、振り飛車はずしの有力な手なのかもしれない。
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この頃、森内俊之八段と佐藤康光八段は、一緒の機会が多かったのか、中井広恵女流六段のエッセイにも二人が登場する。
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1997年1月の将棋ペンクラブ新年会、当時は原田泰夫九段のご自宅で行われていた。(私が初めて将棋ペンクラブ新年会に出たときでもある)
このときも、森内俊之八段と佐藤康光八段が新年会に参加されていたことを、ブログの記事を書きながら思い出した。
佐藤康光八段はその1年後に、森内俊之八段は5年後に名人を獲得することになる。