七冠王時代の羽生善治名人の神話。
NHK将棋講座1996年7月号、畠山直毅さんの名人戦第2・3局「相手が羽生だから症候群」より。(第2・3局とも羽生名人の勝ち)
畠山直毅さんは競馬や競艇を中心としたスポーツライター。
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「ひぇぇっ」
名人戦第2局。挑戦者の森内俊之八段が▲7一飛と打ち据えた瞬間、控室に奇声がこだました。
王手金取りのご馳走(いわずと知れた▲6一飛)を遠慮して「武士は喰わねど…」と、つぶやくような飛車打ちである。
形勢は、控室も対局者も「森内有利」で一致していた。感想戦での羽生のボヤキは、いつもの5倍ほども多かった。
「いやぁ~、悪いと思いました」
「全然、ぜんぜん自信ないですけど」
この形勢の差が、森内をより慎重に、いや慎重を通り越して疑心暗鬼に陥らせたのだ。
もしシロウトなら、泣いて喜ぶ▲6一飛を打っていれば、どうなっていたか。これはほぼ一直線の進行で、▲6一飛△5一銀▲6三飛成△3七成銀▲7八飛と進む。
ここで森内は△5二銀引と手厚く竜を跳ね返される手を警戒した。だが△5二銀引に対して一度▲6七竜と引けば、羽生には有力な継続手がなかったのだ。
「△3六成銀と引くくらいですか…いや、元気が出ない将棋ですね」
と感想戦でボヤキにボヤく羽生。
ただリアルタイムで戦っている森内は、まだ羽生がこれほど形成を悲観していることを知らない。金の素抜きは、相手が羽生であるがゆえに、不自然なほどおいしすぎる一手に見えたのかもしれない。
森内も、ついに「相手が羽生だから症候群」を患ってしまったのか。控室の奇声を聞きながら、僕は揺るぎのない<羽生善治ブランド>の前に自滅した多くの棋士の姿を思い出していた。
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同じ号で、森内八段の反論が紹介されている。
鈴木宏彦さんの「今月の話題 東京」より。
(▲7一飛の一手前の)図では▲6一飛と打ち、以下△5一銀に▲6三飛成と平凡に金を取って先手優勢というのが控室の検討である。雑誌や新聞でもさんざん同様の指摘をされたが、森内八段は「違う」と言う。
「あとで調べましたが、▲6一飛△5一銀▲6三飛成の順は、△3七成銀▲7八飛△4八銀となって大変です。△4八銀に▲1七角は△2七成銀。▲同角も△同成銀です。▲7一飛は悪くない。問題は(以下略)
感想戦では正解が出ないことが多い。
この件は、その良い実例だったのかもしれない。
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この号には、三浦弘行五段の自戦記(NHK杯1回戦第4局 三浦弘行五段-南芳一九段戦)が載っている。
この対局が行われる前日は、兄弟子である藤井六段の結婚式でした。
新郎、新婦とも実に幸せそうな笑顔をされていて、本当に素晴らしいカップルです。
どうぞ、末永くお幸せに――。
それでは話を将棋に移します。
(以下略)
三浦弘行五段は藤井猛六段の結婚式で受付を手伝った。
この頃の三浦弘行五段は髪の毛が長い。(小池重明風の髪型)