今から5年前の将棋寄席の模様。
近代将棋2006年3月号、故・田辺忠幸さんの「第二回将棋寄席」より。
年を取ると月日がたつのが早く感じられるというが全くその通りで、平成16年12月28日の第1回「将棋寄席」からアッという間にちょうど1年、第2回将棋寄席の日がやってきた。
(中略)
なにしろ毎朝、4時半から5時には起き出すので、なかなか夜にならない。ならば冷や酒を聞こしめつつ夜を待つのが定跡。前回はその度が過ぎて会場のありかが不明で大汗をかいたが、今回は自重して三越前のそば屋で軽く2合ほど飲んだだけ。すいすいと会場にたどりつく。
前回と同じくかぶりつき、最前列の将棋盤でいえば9一のあたりの座蒲団を占領する。舞台が脇息の代わりになるので楽ちんだ。1一の場所には1年前と同じく大島映二七段がいる。
定員は130名ということだが、早くも超満員。あたりを見渡すと、隣に観戦記者の中島一さん、すぐ後ろにいつも和服のイラストレーター兼ライターの加賀さやかさん、その後ろに植山悦行六段、中井広恵女流六段夫妻に、長女のみずもちゃんと、大野八一雄六段がいる。
前回の目玉は中原誠永世十段だったが、今回は日本将棋連盟元会長の二上達也九段に、山田久美女流三段、石橋幸緒女流四段という豪華な顔ぶれ。中原先生には「中原亭(ちゅうげんてい)マコロン」の名で落語をやってもらいたかったのだが、今回はお出にならない、とのことでガッカリである。
開演となり。まずは前回と同じ「あっち亭こっち」こと長田衛さん(出版社勤務)の落語で「たらちね」。1番バッターを前座というなかれ。イチローのような重要な役目だ。それがしはこの1年、枕頭に「古典落語」「落語の鑑賞」の二冊を置き、睡眠薬代わりにしているので、「あーらわが君」で有名な話とすぐ分かる。
2番手も前回通り、漫画家バトルロイヤル風間さんと、元・ミス荒川放水路というMISAKOさんの爆笑コント「女流棋士への道」。巨腹の風間さんが寝転んだり、腕立て伏せをしながらお客さんの似顔絵を描くさまがおかしい。植山みずもちゃんもモデルに。
3番手は前回トリを務めた「将棋寄席」の仕掛人、「仏家シャベル」こと湯川博士さん。この前は自作の「宗春の春」だったが、今度は古い「湯屋番」で、芸域の広いところを誇る。
続いて湯川さん原作の「関根金次郎・棋兄弟の契り」を、若手女流浪曲師の玉川美穂子さんが演じる。これはプロだ。容姿端麗で、声も節も良い。
前半の最後は女流棋界3大美人の1人(あとの2人は知りません)山田三段が「高飛車おくみ」の名で登場。綺麗なおべべ、張りのある声で「と金の謎」を演じる。
10分間の中入りの後、いよいよ本職の桂九雀師匠が登場。大阪から9時間かかって、バスで上京したとのこと。前回に引き続いての出演だが、「ここで満員になるのは将棋寄席のときだけ」とのこと。演目は「恵比寿小判」。小判が額に張り付いた男の話だ。
続くは鹿島杯、レディースオープンを制して絶好調の石橋四段が「ビシバシ亭さちお」と称して古典の「しわいや」を一席。口も絶好調で、江戸時代から伝わるケチな男の話を演ずる。観戦記の重鎮、東公平さんなどは石橋さんだけで帰ってしまった。女流のお2人は練習のときよりうまくいったそうな。
いよいよ”マイク二上”の異名を持つ二上九段が洋服姿で登場。湯川夫人恵子さんとの小唄の競演になる。小唄とは何ぞや。手元の辞書には「三味線の爪弾きに合わせて歌う短い曲」とある。九段は「岩井延達」の名を許されているほどの名手。大正15年生まれ、89歳の吉村早登枝師匠の糸で渋いノドを聞かせた。「よりをもどして」「とめてもかえる」の2曲だ。湯川夫妻は吉村門下という。
大トリは日本将棋連盟顧問弁護士、「木村家べんご志」こと木村晋介さんで、黄金(実際は黄色)の羽織、着物姿。前回は「野ざらし」、今回は「錦の袈裟」と本格ものばかり。さすがは学生時代から修行しただけあって堂に入った演じぶりであった。
前回よりも内容豊富。出演者の技量も明らかに上達しておりましたぞ。
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故・田辺忠幸さんは将棋界のご意見番的存在で、共同通信時代に将棋と相撲を担当、田辺鈍歩などのペンネームで観戦記も書いていた。将棋ペンクラブ大賞最終選考委員でもあった。
業界内で「怪老」と呼ばれるのを、とても喜んでいたようだった。
1995年に林葉直子さんが日本将棋連盟を退会するときはかなり厳しいことを書いていた田辺さんだったが、2006年12月の将棋寄席2次会の居酒屋で林葉直子さんと十数年ぶりに再会したとき、田辺さんは非常に喜んでいた。まるで娘か孫を見るような嬉しそうで優しい表情だった。
田辺さんは、2008年1月5日の将棋連盟の指し初め式で矢内女流名人と指し、1月6日のLPSA指し初め式では石橋女流王位と指し、その晩、自宅で入浴中に亡くなった。
(田辺忠幸さんの著書)
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