羽生流感想戦

将棋世界2005年11月号、「話題の将棋、本音で語ろう!」より。

文・構成は青島たつひこさん(鈴木宏彦さん)で、ホストが渡辺明竜王、ゲストが藤井猛九段。

 渡辺明竜王が思い切りストレートな本音をぶつけるこのコーナー。今回は竜王が藤井猛九段とともに羽生善治四冠と佐藤康光棋聖の17番勝負を直撃取材した。

 8月24、25日、福岡県の柳川市で行われた王位戦第4局は藤井九段が立会人を務めた。9月1日、東京で行われた王座戦第1局は渡辺竜王も藤井九段も深夜2時半まで行われた感想戦の最後まで目撃した。両棋士がナマの目で見た羽生-佐藤戦をご覧いただこう。

(中略)

-羽生さん、いつも感想戦が長いですよね。この忙しいのに。

藤井 この将棋も長かった。羽生さんの感想戦は相手がどのくらい読んでいるのか、試しているような気がする。まず凡手を出して相手の様子を見る。相手がそこで抵抗してこなければそのまま済ませちゃうし、抵抗してくれば、そこでようやく本気の手を出す。相手の抵抗を楽しんでいるような気がする(笑)。わざとぼけているんじゃないかなあ。

渡辺 僕も羽生さんに感想戦で勝ったことない。こっちの示した手に対して、「ああ、それでダメですね」って言われたことがない。その場でひねり出しているフシもあるんですけど、それでも負けちゃう(笑)。感想戦でも戦っているんでしょう。それとも普通にやっているけど、こっちが負けちゃうのかな。

(中略)

渡辺 まず千日手局はナゾの大長考ですね。図から▲2五歩と打つのに2時間20分も考えた。

photo (19)

佐藤さんは▲2五歩以下△同歩▲同桂△2四歩▲3三桂成の変化を本線で考えていたはずなんですよ。控室でもその変化ばかり調べていた。▲3三桂成に△同銀▲3五歩△8四桂となるか、あるいは△同金上と取るか。いずれも難しい。ところが羽生さんは▲2五同桂にノータイムで△2七歩と打った。その△2七歩を佐藤さんがどのくらい読んでいたのか知りたい。感想戦では▲2五同桂に△2四歩と打つ変化は完全にスルーされちゃったんですよ。羽生さんが、「まあ、こうですね」って△2七歩と打っておしまい(笑)。

(中略)

渡辺 指し直し局は佐藤さんの一手損角換わり。後手番のときの予定ですね。

藤井 息苦しい戦法だと思うけどね。あの丸山さんもよくやってるけど、勝率1割ぐらいしかないんじゃないの(笑)。この将棋も序盤はわからない部分が多い。後手の△3五歩って、いい手なのかなあ。すかさず▲3六歩合わされて損に見えるけど、これ感想戦で聞いた?

渡辺 いや、聞きませんよ。千日手局の△2四歩もそうだけど、羽生さんから聞くなオーラが出てるから。

藤井 棋士は聞きにくいんだ。下手なこと聞くと馬鹿にされるから。でも、本当は何でも聞かなくちゃいけないと思うんだ。タイトル戦の情報はなるべく公開されるべきだから。

(以下略)

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”聞くなオーラ”というのは斬新な表現だ。

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この対談で渡辺竜王は、

 しかも、王座戦の羽生さんは異常に強いでしょう。毎年誰が出てきても勝てるイメージがない。去年は負けると無冠というピンチに森内三冠という最強の挑戦者が出てきたのに、あっさりけとばした。佐藤さんが、「棋聖は自分の命です」って言ったように、羽生さんも王座に対して特別な気持ちを持っているんじゃないですか。うまくすれば20連覇くらいできると思っているはずだから。歴史的な大記録を狙えるわけですよ。

と語っている。

今期、渡辺竜王が羽生二冠の王座20連覇を止めたわけだが、今この会話を見ると、非常に感慨深い感じがする。