森内俊之四段(当時)「ひどかったす。死にました。もう投げます」

将棋マガジン1990年3月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

以前、「魔の夕食休憩直前」という記事で同じ局面を紹介しているが、今回はそのリアルタイムバージョン。

午後6時

 大広間の、吉田対森内戦(竜王戦)でちょっとした事件が起こった。

 夕食休み直前の形勢は吉田勝勢。たいていの人は、休み時間にゆっくり考え、確実に勝とうとするのだが、吉田は、いつもの憑依状態で指しているから、盤外のかけ引きなど念頭にない。ノータイムで△8四銀と出た。

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 このときの森内の残り時間は一分。ありがたい、と思ったが、考えることができない。あと一分すれば休憩になる。そうすれば考えられるのに……。森内は余分なことを考え、混乱した。そして簡単な寄せを逃す。

図からの指し手

▲5三桂成△同銀▲同銀成

 ▲5三桂成が大ポカ。▲5三銀成△同銀▲6一竜△同玉▲5三桂不成なら詰んでいた。以下△7一玉なら▲6二金と打てばよい。

 秒を読まれながら▲5三同銀成と指したところで、休憩が告げられた。そのとたん、二人が同時にトン死があったことに気がついた。

 「なんだ、危なかったな」

 吉田がケタケタ笑う。森内はすっかりくさった。食事を済ませ、みんな出て行った控え室にポツンとうなだれていた。

 そこへ田中(寅)がひょいと顔を覗かせ、

「なにやってるの、君は。歩を成り捨ててまた歩を打つ、時間稼ぎぐらいやりそうなものじゃないか」

「そうなんです。時計を合わせておかなかったので判らなかった。ひどかったす。死にました。もう投げます」

「エッ!まだ終わってないの」

 田中(寅)は慌てて口を押さえたがもうおそい。

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図以下、

△5三同玉▲9六歩△4七竜▲4四銀△5二玉▲5三歩△5一玉▲6一竜△同玉▲6二金△同金▲同歩成△同玉▲5二歩成

 △5三同玉からは、再開後の手順だが、もう吉田は落ち着いている。

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図の▲5二歩成までは、森内が根性を見せた手順(羽生もこうだった)で、△5二同玉なら▲5三銀成△同玉▲6三金で詰み。さすがに吉田は誤らず、△7一玉と逃げ、そこで森内は投げた。

 終わると、吉田は「君は詰みが読めなかったの?」と言い、感想戦はしなかったそうである。

(以下略)

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1990年1月12日に行われた竜王ランキング戦4組2回戦、森内俊之四段-吉田利勝七段戦。

吉田利勝六段は花村元司九段門下でこの時55歳。

同じ年の6月のB級2組順位戦では、羽生善治竜王(当時)を破っている。

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田中寅彦八段(当時)が言う「歩を成り捨ててまた歩を打つ、時間稼ぎぐらいやりそうなものじゃないか」は、最初の図で、▲5三歩△5一玉▲5二歩成△同玉と、時間を稼いで考える、あるいは時間を稼いで夕食休憩に持ち込めた、ということ。

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対局終了後、森内俊之四段(当時)は自分を痛めつけるかのように、横浜の自宅まで走って帰っている。

鉄道経路で計算すると27kmの距離。一般道を走ったわけなので実際には30kmくらいの距離になるのだろう。5時間走り続けたという。

記録によると、この日の最高気温は10.2度、最低気温は5度。

家に着いた時には、背広の上着と靴がドロドロになって使い物にならなくなっていたと、森内名人は昨年暮れの将棋寄席で語っている。

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