NHK将棋講座2006年2月号、小田尚英さんの第18期竜王戦(渡辺明竜王-木村一基七段)七番勝負第4局観戦記「好漢・木村、華と散る」より。
小田さんは読売新聞記者で竜王戦担当。
終局直後に問われて竜王は「できすぎです」と答えた。対局の緊張が抜け切らない中でちょっとだけ見せた笑顔に、ひとまわり大きくなった竜王の余裕が感じられた。
ポスト羽生世代の2人によるフレッシュな戦いとなった第18期竜王戦七番勝負は、渡辺明竜王(21歳)が木村一基七段(32歳)を4-0で退け初防衛を果たした。シリーズの全体は後ほど渡辺に語ってもらう。まずは決着局となった第4局を振り返る。
行きの飛行機で渡辺は話しっぱなしだった。話題が好きな競馬だったこともあるが、3連勝のゆとりが「ふだんどおり」の行動を可能にしているようにも見える。対して木村はほとんど無言。笑顔と気配りはふだんどおりであったけれど、心なしか重苦しい雰囲気。勝敗は棋士の行動を支配する。
(中略)
後手の木村が選んだのは、いわゆる角換わり1手損戦法だった。ただし6手目の角交換は、最近注目され出した新しくて珍しい形だ。
(中略)
1図の△6五歩が木村の構想。棋風に忠実に、受けにまわっての反撃ねらいである。カド番の木村は、臆することなく気負うことなく堂々としていた。こうでなくてはいけない。ただ、立会人の鈴木大介八段は攻めっ気が強いので、「僕には指せません」と解説会で話していた。振り飛車党の鈴木はこの戦形を選ばないわけだが。
(中略)
4図、△5二飛。これこれ。受けの木村が力と本領を発揮した一着だ。▲5一銀には△8二飛とばかり思っていた渡辺は焦った。4図から最も自然な▲6一角成には△4一玉が継続手。▲5二馬△同玉▲7二飛の攻めは、後手に受け切られてしまう。後手防戦一方のようでいて、こうなってみると形勢は難解。将棋は奥が深い。木村将棋は懐が深い。
(中略)
木村の強い受けに難渋しても、そこからまた攻めを組み立てるのが今シリーズの渡辺である。そして本局もそうした展開になった。才気がありしかもタフな攻めに、木村が根負けしたかのように誤る。木村にとって残念なことに、本局でもこのパターンが繰り返されたのだ。
(中略)
少し時間を残しているのに渡辺の着手が早くなった。これは彼が読み切ったとき、勝ちを確信したときのパターン。
3連勝で、はた目からは余裕がある本局に、渡辺はあえて「勝負服」で臨んだ。前期最終局でも着用した縁起のいい扇子模様の羽織。その気迫は実った。ストレート勝ちで初防衛。実力と存在感を存分に示した。ついでにといっては語弊があるが、今年度から規定が変わり、渡辺は防衛当日付けで九段に昇段した。史上最年少である。
(中略)
結果を残せなかった木村は、無念、と自分で言っていた。
竜王戦では4-0は5度目。食らったメンバーも豪華なので、打ち上げの席ではあえて木村を慰めなかった。これまでけっこう酒席をともにしたが、カラオケ好きなのは今シリーズ中に知った。なかなかの高音。で、「東京でまた歌おうね」と話を結んだのだが、木村は「朝型でないと駄目とか、和服のこととか、頭でわかっていたことが実感できた。経験を生かします」と急に真顔で返してくれた。好漢に雪辱の機会が訪れることを期待する。
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角換わり腰掛銀自体を指さない振り飛車党攻め将棋派の鈴木大介八段の「僕には指せません」。
とても説得力があるようなないような、非常に微妙で、インパクトのある言葉だ。
4図からの、△5二飛▲6一角成△4一玉の変化は、いかにも木村一基七段(当時)らしい玉も参加する受け。
”千駄ヶ谷の受け師”の面目躍如といえる。
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「竜王戦では4-0は5度目。食らったメンバーも豪華なので」とあるが、2005年までに食らったメンバーとは、故・米長邦雄永世棋聖(1988年)、真田圭一七段(1997年)、谷川浩司九段(1998年)、羽生善治三冠(2003年)。
その後でいえば森内俊之名人(2009年)。
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歌舞伎町の酒場(今はなくなってしまったが)へ金曜日に行くと、よく小田さんと遭遇したものだった。
同じ席で飲んで、店が終わってからは店の女の子たちと一緒にもう一軒飲みに行くという定跡。
小田さんのカラオケのレパートリーは広く、難易度が高いエリック・クラプトン「愛しのレイラ」も歌えるほど。
「好漢・木村、華と散る」、タイトルが絶妙だ。