先崎学八段(当時)「羽生は死んだような顔をしている」

将棋世界2000年11月号、高林譲二さんの第41期王位戦七番勝負〔羽生善治王位-谷川浩司九段〕第6局観戦記「もつれて最終決着へ」より。

 神戸の有馬温泉で開幕してから2ヵ月たった。猛暑の中を名古屋、北海道、九州、四国と転戦して、はや9月中旬。夕刻ともなれば、秋の虫が歌いだす季節だ。

「将棋・夏の陣」というのが王位戦の主催新聞が特集でしばしば使うキャッチ・フレーズだが、勝負がもつれて第6局、第7局となれば、すでに秋の入口。いかにも七番勝負は長丁場だ。

 今期は久びさもつれた。開幕局からすべて先手番が勝って、両者、白星は一間トビ。悪い将棋でも最後は先手番が勝つという不思議な展開になっている。

 さきの棋聖戦では同じメンバーで後手番が勝ち続けた。面白いことが続くもおのだ。

 あちこちで書かれていることだが、羽生善治王位と谷川浩司九段の対局スケジュールがすさまじい。特に羽生は王位戦の後半と王座戦の前半が重なり、中国遠征も二度ある。七番勝負がもつれてくれば、疲労との戦いにもなるだろう。

(中略)

 立会人は元王位の森雞二九段と、大盤解説などタイトル戦に同行することはあっても立会人としては初めてという先崎学八段。その先崎、1ヵ月くらい禁酒していたというが、前の日に鈴木大介六段の家で朝まで飲んでしまって、顔色まったく冴えず、前夜の会食ではウーロン茶をがぶのみしていた。

(中略)

 気になるのは羽生の対局姿。朝は弱いタイプと見受けるが、それを抜きにしても眼鏡を外して目もとに手をあてる仕草が目立ち、疲れが目に見えて外に出ている。

「羽生は死んだような顔をしている」

と先崎は自分のことをさしおいて、そういう。因みに先崎は二日酔いを越え、三日酔いのような顔色だ。

(中略)

 羽生にしては珍しく不出来な将棋になってしまった。逆に谷川にとっては久びさの会心譜だ。このところ勝っても負けても逆転という将棋が目立ち、光速流が発揮できていなかった。

(中略)

「受けてもキリがないので」と、羽生△4五飛。形作りだ。▲7三銀不成で投了。71手は今シリーズ最短だった。

(中略)

 この将棋も先手番が勝った。しかしそんなことより、最終決着へ進んだインパクトの方が大きい。同じ顔合わせで前期は羽生の4連勝決着。谷川は料理に手をつけないまま退席したようなものだった。

 勝ち負けは結果として、今期は競り合いにしようというのが谷川のテーマであり、実際にそういう展開になった。羽生と谷川の戦いを続けて7局見られるのだから、ファンとしてもこれ以上のことはない。羽生はとにかく、歴戦の疲れをどう取り除くかだ。

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年度対局数の新記録を更新したのがこの年度の羽生善治三冠で、1年で89局。この記録はいまだに破られていない。

このような対局数になるのは勝ちが多いからで、89局の勝敗は68勝21敗(0.764)という高い勝率。

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とはいえ、この観戦記で書かれているように、さすがの羽生善治三冠でもこれほど対局数が多く、かつ対局が重なれば疲れが出てしまうこともあるわけで、それほど過酷な状況だったということになる。

二日酔いや三日酔いは何も手を施さなくても時間が解決してくれるが、疲れは忙しければ解消できないのが辛いところだ。