先崎学四段(当時)「ボクですか。ボクは、正直者の東の小結ってとこですよ」

将棋世界1990年3月号、羽生善治竜王、中川大輔四段、先崎学四段(当時のタイトル、段位)による「第55期棋聖戦第3・4局 屋敷将棋を斬る」より。

先崎 屋敷君て本当に強いんですかね。ボクはまだ良く分からないんですけど。

羽生 強いと思いますよ。

中川 研究会で彼とはずいぶん指してますけど、強いです。終盤で競り負けるというのと、中盤でリードを奪われてさっと逃げ切られちゃうのが負けパターン。

先崎 とりあえず何かしてこない。

中川 そうですね。屋敷君は自分の方からよく動いて来ますね。

羽生 悪くても粘り強いという印象もありますね。

先崎 仕掛けて、それで良くなれば逃げ切っちゃって、もし悪くなっちゃったら粘りまくるってわけだ。

羽生 さて、第3局は角換わり腰掛銀になりましたね。意地の相掛かりかな、とも思っていたんですが。

(中略)

―感想戦では、3図の辺りでは千日手になるのではと、屋敷四段は思っていたとのことでした。

先崎 そんなのウソに決まってますよ。確かに中原先生の▲2四歩からの攻めは意表ですけど、先番を持った中原先生が、タイトル戦の舞台で千日手になんかしっこないじゃないですか。そんなことが分からないわけない。屋敷君は、将棋界ではウソツキの西の正大関ですね。

中川 よく言うよ。それじゃあ君は。

先崎 ボクですか。ボクは、正直者の東の小結ってとこですよ。

(中略)

羽生 ▲8五銀となっては大差の形勢です。先手の玉頭が開けているのに反して、後手はとても入玉は望めない形です。

先崎 しかし、ヒドイ負け方だね。中原先生は、1局目を負かされた時は驚いたけど、この将棋ではなあんだやっぱり大したことないやと思ったんじゃないの。

中川 いや、さすがにそこまでは・・・。自分の強さを再確認したという感じはあると思うけど。

羽生 防衛の手応えを感じ取ったということは確かにあるでしょうね。

先崎 で、すっかり喜んじゃって、今度は逆にヒドイ目にあうってことになっちゃうんですよね。屋敷君、わざとヒドイ負け方して中原先生を油断させる作戦だったんじゃないの(笑)。

(中略)

先崎 第4局は、1、2局と同じ相掛かりの序盤になりましたね。

中川 屋敷君は、先手番の時は必ず初手▲2六歩です。

先崎 動く将棋ですからね。まず飛車先の歩を突くというのはうなずけますね。

19904

1図以下の指し手

▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛▲7六歩△9四歩▲3四飛△3三角▲3六飛△8四飛▲2六飛△2二銀▲8七歩△5二玉▲6八玉

羽生 ▲2四歩と合わせたのは珍しい手ですね。普通は▲7六歩として△8六歩▲同歩△同飛に▲2四歩ですよね。

先崎 横歩を取りに▲2四歩と合わせたいのなら、その手順の方が後手の手を限定できますからねえ。

中川 ▲2四歩と合わせるのは、△4四角なんていう手も気になりますよね。

先崎 飛車引くんじゃはっきり損ですからね。何で▲7六歩としないの・・・。

羽生 △4四角には▲7六歩ですかね。

19904_2

中川 △2六角▲1一角成で、以下△3三桂なら▲2三歩成△同金▲2八香か。

19904_3

先崎 それですよ。△4四角とやって来たらそれでひとアワふかしてやろうとしているんですよ。全く陰険なやつだ。

(中略)

先崎 勝つには勝ったけど、中原先生の錯覚をとらえたというだけで、他に見るべきものというか目を見張るような手はないし。やっぱりボクは、屋敷君が強いとはどうしても思えませんね。

羽生 確かに、この将棋の分かれなら80手ぐらいで終わらせなくてはね。

中川 普段の屋敷君はもっと寄せが素早いんですがね。

先崎 最後に、みんなで5局目の予想をしよう。ボクは中原勝ち。

中川 ウーン。ボクは屋敷だな。▲1五歩みたいな手を喰ったら中原先生だって危ない。屋敷君は▲1五歩みたいな手をたくさん持ってるんだ。

羽生 先手番なら屋敷かな。中原先生が先手番になれば、矢倉とか角換わりとか、経験の出る戦型に持って行くでしょう。

中川 屋敷君が先番なら、得意の相掛かり戦。先番を握った方が自分のペースで戦えるということだね。

先崎 屋敷君の将棋は、初めはライフル持ってて遠くから狙いを定めて、ズドンとやる。それが失敗したら、今度はピストル持って近くまで寄って来て、うしろをつけ回すという、非常に実戦的な将棋ですよ。それがどこまで通用するか。五番勝負の結果が楽しみですね。

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彗星のごとく現れて勝ちまくった18歳の屋敷伸之四段(当時)。

石田和雄八段(当時)がある対談で語った言葉を借りれば、

「新人が次から次へと出てきて活躍してるでしょ、羽生だ森内だと言ってたら屋敷なんてのも出てきて…」

ということになる。

活躍をしはじめてから間もない頃なので、屋敷四段の将棋の信用力がまだ確立されていなかった時期のこと。

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先崎学四段(当時)の発言が面白い。特に、

「それですよ。△4四角とやって来たらそれでひとアワふかしてやろうとしているんですよ。全く陰険なやつだ」

「屋敷君の将棋は、初めはライフル持ってて遠くから狙いを定めて、ズドンとやる。それが失敗したら、今度はピストル持って近くまで寄って来て、うしろをつけ回すという、非常に実戦的な将棋ですよ。それがどこまで通用するか。五番勝負の結果が楽しみですね」

表現が秀逸であるとともに、屋敷四段への対抗意識が溢れている。

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それにしても、ライフルで狙ってきた上に、撃ち損じたら、後ろからピストルで襲う、というのも、非常にイヤな殺し屋のタイプだ。

主砲を撃っている戦車が通りすぎてホッとしていたら、戦車の搭乗員がピストルを持って降りてきて、こちらに向かって撃ってくるような雰囲気。

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この期の棋聖戦第5局は、中原誠棋聖・王座(当時)が後手番で角換りの将棋を制して、棋聖位を防衛している。

予想というのは難しい。