郷田真隆王位(当時)と先崎学五段(当時)が解説者を務めた公開対局

郷田真隆王位(当時)と先崎学五段(当時)が解説者を務めた公開対局の模様。

将棋世界1993年4月号、湯川博士さんの第4回富士通オープン将棋トーナメント決勝(真田圭一四段-青柳敏郎アマ)観戦記「真田流の神髄を見た」より。

 決勝進出の青柳アマは、木下浩四段、菊田アマ、豊川四段を破っての登場。その実力の割には実績が目立たない人だ。県代表は10回くらいあるが優勝はなく、アマ王将の準優勝が一度あるだけ。ところが大会前に青柳さんに目をつけた人がいる。1回戦観戦記担当の畠山鎮プロだ。

 「僕の経験ではこういう人が一番怖い。無欲で本番にいつも以上の力を出す人だ。悪くいうとくわせもんだ」

 青柳さんが前夜祭で真っ青な顔をして全然自信ないですよ、といっていたのを捉えての感想だ。勝負の世界に生きている者の直感だけに的を得た言だ。欲がないといえば、彼は優勝賞金(100万円)は知っていたが準優勝の金額(30万円)は知らなかった。

 もう一人の決勝進出は真田プロだ。新井田アマ、吉田アマ、野山アマを下しての登場。こちらは青柳さんとは反対に過激発言で話題になった。

 「誰であろうと俺の行く手をさえぎる奴は容赦しない。・・・遊びで指しているアマに負けるはずがない」

 この発言に注目したのが週刊将棋で、さっそく正月の特別企画に真田を登場させた。

〔真田(20歳)対20歳のアマ3人〕

一番手・学生名人、二番手・アマ王将、三番手・アマ名人

 これが信じられない大番狂わせで、真田の3連敗という結果になった。企画を立てた編集部も困ったと聞くが本人が一番参っただろう。大きなことを言ってその反対の結果になったのだから。ところがそうでもないらしく、その怒りを本棋戦にぶつけてきたのだ。心の有り様が只者ではないと思う。

 青柳さんは望外の決勝進出、真田はなんとしても勝って3連敗の屈辱を拭わねばならない立場だ。

(中略)

 会場の銀座ガスホールには定刻前からお客さんが詰め掛けていた。客席を一回りすると、知っている顔がそうとう見える。アマ名人や県代表があっちにもこっちにもうようよいる。これ皆青柳さんの応援だ。楽屋では解説の先崎五段が、

 「今日のお客さんのレベル高いよ。解説もへたなこと言えませんよ」

 と郷田王位に話しかけている。

   

 会場のお好み対局(斎田-山田戦)で会場が華やかに和んだあとお目当ての本番が始まった。

 定刻。舞台で両選手のあいさつ。

青柳「豊川さん、真田さんなど怖い人には当たりたくないなと思っていたのに両方と当たってしまいました。

真田「謙虚なアマは要注意。アマチュアには負けないといって3連敗したプレッシャーはないです」

 青柳さんの先手で始まった。予想どおり矢倉の急戦形に進む。2回戦の対菊田アマ戦とそっくりの展開だ。

郷田「アマチュアの方は矢倉が好きみたいですね。ところでこれで勝つと真田四段はとても効率がいいんですよ」

 週刊将棋のギャラと富士通杯の賞金を踏まえた冗句だが、なかなかうまい。

(中略)

 解説者は対局者の考慮中も巧みな話術で会場をだれさせない。

先崎「アマプロ戦では筋のいい人が結構負けているんです。ぼくみたいな畑を耕すような将棋のほうがいいみたい。それからぼくや神吉さんは口の攻撃もありますしね」(笑い)

 そういえば森内、羽生も負けているが神吉、先崎は無敗らしい。

(中略)

 真田四段が飛車を中段に浮いた(△8五飛)時、青柳さんの手が止まった。

photo (31)

先崎「ここ(4五)突いて欲しいね」

郷田「ええ、そこしかないですね」

 解説者の声は対局者にも聞こえるので内容が分からないように気をつけて言っている。先崎五段は誤魔化して言おうとしているが、郷田王位は正直なもの言いで微笑ましい。

 あとで青柳さんに尋ねたら解説者の声はよく聞こえるし、意味も完璧分かるそうだ。でもそれに惑わされるとよくないので、自分が考えたとおりの手を指すという。

1図以下の指し手

▲4五歩△7三桂▲3五歩△6五桂▲6八金右△5三角▲3六飛△4五銀(2図)

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 仕掛けられた真田四段あわてるふうもなく、じっと桂をハネて力をためる。

 (とにかく全部の駒を使おう。しっかり指していれば負けるわけはない)

 自分に言い聞かしているかに見えた。

 桂馬の二段跳びを敢行したのもこの考えからであろう。手の良し悪しよりも本筋を指していればというわけだ。

 △4五銀(2図)に場内溜息。自分から銀桂交換に飛び込むのだから。ちょっと強引に映るが次の手順を見て納得。

先崎「あっちこっちぶつけて、まるでゴウダの女性関係みたいだ」(笑い)

2図以下の指し手

▲4五同銀△同歩▲同桂△7七桂不成(3図)

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 ▲4五同桂の一瞬、角銀両取りの形になるので、あえて後手から指そうという発想が浮かびにくい。しかしそういうところを踏み込むのが真田流のようだ。桂のただ捨て(△7七桂不成=3図)で4五桂を抜くとは、まさに公開対局用の魅せる将棋だ。

(中略)

 青柳さんが投了した瞬間、真田四段がニッコリ、場内に拍手が起こった。対局者と観客が一体となった。これが公開のいいところだ。これで無料というのはどうかな。千円でお茶お菓子付き(つまりトントン)でいいからお金を取ったほうが今後のことを考えるといいと思う。でも企業の担当者に聞くとお金を取ると入場者が減る傾向にあるとか。

 舞台では女性アナが出てきて優勝インタビューの開始だ。

(中略)

 このあと両解説者を交え感想戦をやったが青柳さんは「見えていないんですから、仕方ないです」というばかり。ああやれば良かったこうやれば勝っていたというのは、この人にとって意味のないことなのか。負けたら次に借りを返すだけのことかもしれぬ。

(中略)

 真田四段は、外で待ち構える若手プロの一団に包み込まれた。コートの裾を翻し、銀座の街を駆けてゆく後ろ姿が若わかしかった。

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郷田真隆王位(当時)の親友である先崎学五段(当時)の「あっちこっちぶつけて、まるでゴウダの女性関係みたいだ」という言葉。

あっちこっちぶつける、あるいは2図の△4五銀のような女性関係。

解釈がいろいろでき過ぎて、考えれば考えるほど難しくなってくる・・・