山崎隆之四段(当時)の人を食ったような絶妙手順

将棋世界2001年1月号グラビア、「山崎隆之、気合の初優勝!!」より。

 羽生五冠王以来の十代の新人王が、関西から誕生した。

 第31回新人王戦三番勝負は1-1のタイで第3局を迎え、山崎隆之四段が北浜健介六段を下し、初優勝した。

 対局の朝。プロ3年目の新鋭は、気合十分であった。物静かで、清潔感溢れる容姿からは意外なほどの闘志を漲らせていた。ときおりジッと相手に鋭い視線を投げかける姿は、かつての羽生を思い起こさせ、傍で見ている者でさえゾクッとさせる。

 角換わりの中盤、8四に打った銀を▲8三銀不成、▲7二銀不成、そして▲8三銀成と、人を食ったような手順で北浜六段の意表をついた。しかし、これが山崎が描いた構想で以下、北浜にどうしても速い攻めが見つからない。以後もこの”成り銀”は大活躍し、勝利の立役者となった。

 17歳で四段。”天才”の期待を受けてデビューしたものの、これまで目立った活躍のなかった山崎。しかし、初の大舞台で見せたここ一番の勝負強さ、発想、勢いは、戦列な印象を与えると同時に、今後の飛躍を期待させるに十分であった。

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この、「8四に打った銀を▲8三銀不成、▲7二銀不成、そして▲8三銀成」という、人を食ったようなと書かれている手順を見てみたい。

将棋世界2001年1月号、沼春雄六段(当時)の第31回新人王戦決勝三番勝負〔山崎隆之四段-北浜健介六段〕第3局観戦記「妙技、銀の舞い」より。

 新人王戦は以前より若手棋士達の登竜門と言われている。

 登竜門は竜門に登る、の意味だが、竜門とは中国の黄河の上流にある峡谷の名前で、別名を河津という。

 このあたりは滝のような急流で、ここを押し切って登れた鯉はたちまち竜になれる、と伝えられている。

 ちなみにこの反対語は点額という。

 点は傷つける、額はひたいのことで、竜門を登ろうとして集まる鯉の大多数は結局は登れず、岩かどに頭を打ち付けて再び下流に転落するわけだ。

 やはり竜になるための道はせまく厳しい門があるのだ。

 今回決勝戦まで勝ち進んだのは24歳の北浜健介六段と19歳の山崎隆之四段。

(中略)

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2図以下の指し手
△6二飛▲8八玉△6五歩▲3五歩△同歩▲5四銀△同歩▲8四銀(途中図)

 2図の▲5五銀に△同銀と取る手は▲同角△3三銀▲3五歩△同歩▲2五桂△2二銀▲4四歩△同歩▲同飛で先手優勢だし、放っておけば次に▲6四銀が厳しいので△6二飛と戻るのは当然。

 だが、この時先手もすぐ▲5四銀と取るのは△同歩で、次に△5五銀が残るので取りにくい。

 というわけでこの瞬間は互いに銀は相手から取ってもらいたい形になっているのだ。

 といってここで形を乱さずに待つ手も難しく、北浜は110分の大長考で意を決したか、△6五歩と突っかけて行った。

 この手では△2二角も目につくが、▲5六歩△5五銀▲同歩△6九銀に▲5六銀と埋められてパッとしない。

”△2二角の筋は研究会で経験があるが、あまりにもうまくいかなかったので排除した”(北浜)そうだ。

 しかし△6五歩と突いたため▲3五歩△同歩▲5四銀△同歩の時に▲8四銀の好打が生じた。

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 この銀で前の△9三香と△6五歩を同時にとがめた結果となり、どうやら先手リードがハッキリした。

 なお▲8四銀で単に▲3五角と出る手は△5三銀打とガッチリ受けられて先手が面白くない。

途中図以下の指し手
△5五銀▲3五角△6一飛(3図)

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3図以下の指し手
▲8三銀不成△3六歩▲2五桂△3七歩成▲7二銀不成△6二飛▲同角成△同金▲7一飛△2二玉▲1八飛△2七と(4図)

 3図は夕食休憩時の局面だが、控え室ではここで▲5六歩と銀取りに突き出す手を本筋として研究していた。

 以下は△3四歩▲6八角△6六銀に▲6七歩が手堅く、△7七銀成▲同角△3三桂▲4四歩△同歩▲7三銀成△同金▲3六桂が予想されるが”7三の金がひどすぎる”(北浜)というわけで、先手がハッキリ優勢だった。

 山崎も”3五の角が引くようではダメだ、と読みを打ち切ったが、こちらの方が本筋でしたね”と納得の様子だった。

 実際の指し手は▲8三銀不成。

 取れる香と取らずに進んだのだから控え室でもびっくりしたのだが、本当に驚かされるのはもう少し後のことだった。

 北浜は待望の△3六歩。▲2五桂に△3七歩成とと金が作れたのだから闇夜に光明を見た思いだったろう。

 そして▲1八飛に△2七とと寄る。

 控え室では北浜が優勢になった、と判断を下したが、私も全く同感だった。

 なおここまでの手順中▲7二銀不成に△6二飛ではなく△4八とと攻め合う手は▲6一銀不成△5八と▲5二銀成△2二玉▲4二成銀△同金▲6一飛△4一金打▲3四歩で、歩切れのため後手がまずい。

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4図以下の指し手
▲8三銀成(5図)

 4図で▲4八飛と逃げ回っているような手では△3七との千日手の権利もあるし、△2六とと引いて上部を開拓する手でも後手が断然よい。

 これでは先手やりようがないだろう、と思っていたが、山崎の指し手は飛車取りに構わない▲8三銀成!!

 まさに驚愕の一手だった。

 この手は一体何だ、と調べている内に驚きは感嘆に変わっていった。

 つまり桂を取っての▲3四桂が意外なほど厳しく、そして受けにくい。

 何と5図では先手が断然優勢なのであった。

 局後山崎に確認したところ、この▲8三銀成は3図で▲8三銀不成と入った時からの予定だったそうだ。

 まさに山崎恐るべし、である。

 北浜も局後”本譜は指せると思っていましたが、▲8三銀成は全く見えていませんでした。致命的でした”と嘆いた。 

(中略)

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5図以下の指し手
△1八と▲7三成銀△3八飛▲6二成銀△2四歩▲5二成銀△3一銀▲4一成銀△2五歩▲3一成銀△同金▲2四銀(6図)

 △1八とと飛車を取り、▲7三成銀に△3八飛は▲3四桂を防いで仕方がないが、▲6二成銀までの駒割りは角対金桂の二枚替えでむしろ先手駒得となった。

 そして次の△2四歩は何とも悔しい一手。

 この手では△5八飛成と金を取りたいのだが、それでは▲3四桂△1二玉▲2一飛成△同玉▲2二金△同金▲同桂成△同玉▲3四桂△3一玉▲4二桂成△同玉▲3三銀△5三玉▲6三金までピッタリの即詰みがある。

 しかもこの変化でも先手の成銀は大きな役割を果たしている。まさに”勝ち将棋鬼のごとし”である。

 本譜△2四歩には▲5二成銀から着々と寄せの態勢を築いていく。

 それにしても▲8四銀と打ってからはこの銀だけで9回も動いたことになり、大活躍の銀といえよう。

 △2五歩には▲3一成銀と銀を取ってから玉頭に▲2四銀と浴びせる。

 後手△2三銀なら▲3五桂がピッタリの寄せとなる。

 どうやら大勢が決したようだ。

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6図以下の指し手
△3二銀▲3五歩△5八飛成▲3四桂△1二玉▲6八金打△同竜▲同金△4一桂▲同飛成△同銀▲2二飛(投了図)
まで、91手で山崎四段の勝ち

 ▲3五歩に△5八飛成で先手玉に詰めろがかかり、一瞬危険なようだが、▲3四桂△1二玉を利かしてから▲6八金打と手を戻して万全の態勢。竜が逃げたら▲3一飛成でよいわけだ。

 仕方なく竜を切って△4一桂と受けたが、これも▲同飛成と取られて即詰みが待っていた。

 山崎は快勝で竜門から飛んで見せた。

 しかし竜門を登ったとはいえ、これから何の苦労もなしに竜になれるわけではなく、むしろその重荷は倍化するはずである。

 (中略)

 山崎は指導を受けた兄弟子の故村山聖九段を尊敬している、という。

 一刻も早く大舞台に立った姿を見せることが恩返しにもなるし、それが今後の山崎に課せられた義務だろう。

 大いに期待したいところだ。

 北浜はふがいない自分を許せなかったのだろう。私に”ボロクソに書いて下さい”と注文をつけた。

 何か冗談ではぐらかせるような雰囲気ではなかった。

 でも北浜さん、その気持ちがあれば大丈夫ですよ。今回の傷をいやしてから再びチャレンジすればいいでしょう。

 竜門は決してなくならないんですから。

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8四に打たれた銀が、▲8三銀不成~▲7二銀不成~▲8三銀成~▲7三成銀~▲6二成銀~▲5二成銀~▲4一成銀~▲3一成銀と大活躍する。

▲8三銀不成と▲8三銀成だけでも驚くのに、すごい手順だ。

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3図では▲8三銀不成よりも▲5六歩の方が本筋とされているが、▲8三銀不成だったからこそ山崎隆之八段らしさが溢れる魅力的な将棋になったのだと思う。

人間と人間の勝負の面白さ、醍醐味だ。

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昨日行われた新人王戦三番勝負第2局で、増田康宏四段が石田直裕四段を破って優勝した。

増田康宏四段は18歳で10代の新人王。

歴代、10代の新人王は、

  • 森内俊之九段(1987年、17歳)
  • 羽生善治三冠(1988年、18歳)
  • 山崎隆之八段(2000年、19歳)
  • 糸谷哲郎八段(2006年、18歳)
  • 阿部光瑠六段(2014年、19歳)
  • 増田康宏四段(2016年、18歳)

の6人。

山崎八段と糸谷八段は森信雄七段門下、増田四段は森下卓九段門下、初代10代新人王は森内九段と、10代新人王は「森」と縁が深い。

私が森だから、そう感じるだけかもしれないが。

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羽生三冠と森内九段を除いて、師匠が新人王を獲得しているというところも共通点。