羽生善治名人(当時)が大盤解説で渡辺徹さんが司会の超豪華イベント。
近代将棋1997年7月号、「キリン杯 ペア将棋トーナメント」より。
平成8年の実績により選抜された男女16名の棋士による「ペア将棋トーナメント」の準決勝と決勝が、5月11日、千代田区神田の「九段会館」で公開で行われた。
準決勝に進出したペアは、予選で優勝候補の羽生名人・高群女流二段ペアを下した屋敷七段・中井女流五段。三浦棋聖・斎田女流三段ペアに勝った深浦五段・清水女流名人。
島八段・木村女流二段に勝った森内八段・石橋女流二段ペア。そして森下八段・碓井女流初段を下した関西チームの谷川竜王・林女流二段。
大盤解説は、準決勝2局と決勝の3局ぶっ通しで羽生名人が務めた。司会役は、最近すっかり将棋通になったタレントの渡辺徹さん。
羽生名人・渡辺ペアは、対局ペアに勝るとも劣らない素晴らしさだった。特に渡辺さんの軽妙な司会もさることながら、将棋通で随所に「エッ、そんなことまで知ってるの」と将棋界の話題などを紹介するものだから羽生名人をはじめ、聞き役を務めた中井女流五段、清水女流名人も驚いていた。
予定通り意表を衝かれた
準決勝第1局は、深浦五段・清水女流名人ペア対森内八段・石橋女流二段ペア。
清水「心の広いパートナーと組めてとても楽しみ」
深浦「女流将棋界の最強とペアを組めて負けるわけにはいきません」
この2人は居飛車党。ところが採った作戦が振り飛車穴熊。
対して森内・石橋ペアは銀冠から相手の玉頭に殺到し、激しい頭突き合戦となった。中盤以降は、盤面の左半分の攻防戦となった。
清水、石橋は女流初の師弟棋士。
弟子の石橋二段が「お師匠さんに恩返しを」と、穴熊の脳天目指して▲9四歩と突く。これは解説の羽生名人も「凄い!」と驚いた。
(中略・・・森内・石橋ペアの勝ち)
羽生「お二人にお聞きしますが、何故、居飛車党なのに、あれ(振り飛車穴熊)は予定の行動?」と聞くと深浦・清水「予定通りで、相手の意表を衝いたつもりだったが、予定通り作戦失敗で負かされました」
敗れたとはいえ、このペアが今回のペア将棋を最も楽しんでいたように思えた。
会場では新婚の深浦夫人が心配そうに?じっと旦那さんの対局を見つめてみた。
<大丈夫ですよ、奥さん。これは将棋だけのペアなんですから>
関西対北海道対決
続く準決勝2局は、唯一関西ペアの谷川竜王・林女流二段ペア対共に北海道出身の屋敷七段・中井女流五段の対決。
予選の時に「ご迷惑をかけないように谷川先生の棋譜を全部並べて研究しました」と言っていた林二段。
谷川「あの時に、今度は私が林さんの棋譜を研究してきます、と約束したのですが、羽生さんの棋譜も調べなくてはいけなくなって、すみません」とユーモアのある挨拶。
隣で解説役の羽生名人も思わず苦笑い。すかさず会場から
「羽生さん次の名人戦は頑張れ!」
将棋は相掛かりの激しい戦いになった。
(中略・・・屋敷・中井ペアの勝ち)
これで、決勝は、森内・石橋ペアと屋敷・中井ペアとなった。
「母の日」に最高のプレゼント
相掛かりから、相振り飛車の展開となった。
羽生「私はあまり相振り飛車の経験がないので分かりません。中盤までの優劣は全く五分のようです。でも決勝戦に相応しい大熱戦ですね」
(中略・・・屋敷・中井ペアの優勝)
この日は5月11日の「母の日」であった。対局者の中で唯一人、二児の母である中井には最高のプレゼントとなったことだろう。
屋敷七段には、スポンサーのビールが山ほど贈られたから、両者ともめでたし、めでたし!
対局前の控え室
渡辺徹さんを中心にお喋りの輪。協賛のキリンビールから優勝者には副賞としてビールが贈られるとあって、4組とも「美酒を貰うのは我がペア」と張り切っていた。
そこに入室してきたのが十代棋士の石橋二段。
「石橋さんは未成年だからビールを貰っても困るよね」と言ったのは羽生名人だった。
「優勝したらビールをどうします」
渡辺さんは、いかにも自分が欲しそうにニヤニヤ。
しかし、「それは相棒のボクにくれるでしょう」と森内。
取らぬ狸の皮算用と、冷ややかな目でやり取りを聞いていた屋敷は
「結局はオレの腹に入る」と言いたげだった。
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焼肉、特に薄切りのタン塩はビールとの相性が抜群だ。
生ビールを少し飲んで、それからレモンをたっぷり絞ったタン塩を食べて、それからすぐ、また生ビールを口の中に流し込む。
「もう、どうにでもしてくれ」という感じにしてくれるほどの抜群のハーモニー。
ドイツ料理も当然のことながらビールによく合う。
アイスバイン(塩漬け豚骨付き脛肉を茹でたもの)とビールの組み合わせは特に絶妙だ。
私はビールが苦手(苦くて飲みづらい割にアルコール分が低い)なのだが、焼肉店とドイツ料理店ではビールを頼むことが多い。
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キリンビールがスポンサーとなって、1996年にアマ・プロペア将棋トーナメント、1998年にも男性棋士・女流棋士ペアトーナメントが開催されている。
観る将棋ファンが増えている現在、このような企画があったなら、当時よりもはるかに大きな話題になることだろう。