村山聖七段(当時)「僕は森先生が結婚することを、新聞を見て初めて知ったんです。弟子に言わない師匠がありますかねェ」

近代将棋1994年3月号、故・池崎和記さんの「福島村日記」より。

某月某日

 森六段、東七段、脇七段、浦野六段、池崎が集まり、福島村マージャン研究会の解散式。

 2、3年前まで、このメンバーで「研究会」と称して定期的にマージャン大会をやり、その積立金で毎年一回、一泊二日の小旅行に行くという”優雅な遊び”をやっていたのだが、最近は旅行どころか、マージャン大会そのものが難しくなってきたので、いっそのこと解散しよう、となったのだ。

 グループが結成されたのは、7、8年前のことで、当時、私と東さん以外はみんな独身だった。その後、脇さんと浦野さんが結婚して、それぞれ福島区から生駒市(脇)と吹田市(浦野)へ転居。これだけならまだよかったが、最後のトリデだった森さんが12月初旬に結婚し、近く宝塚市へ移るとあっては、もういけない。結局、研究会は解散する運命にあったのだ。

 私としては、マージャンや旅行はどうでもいいが、一緒に酒を飲む機会が少なくなるのが何とも寂しい。

 解散式といっても、別にセレモニーはなく、半日、マージャンをやっただけ。脇さんの一人勝ちだった。

 夜、森夫妻を囲んで、てっちりをつつく。私が恵美子夫人に会うのは二回目だが、他のメンバーはこの日が初めて。

 森さんが手洗いに立ったスキに、脇さんが恵美子さんに突撃インタビュー。

 脇「きょう、ウチのヨメさんに”ぜひ奥さんに聞いてきてほしい”と頼まれましてね」

 恵美子さん「はァ・・・」

 脇「”森さんの、どこが気に入ったんですか”って」

 東「そうや!それをぜひ、教えてもらわなイカン」

 そういえば、私もまだ聞いてなかった。浦野さんもウンウンうなずいている。

 恵美子さん(恥ずかしそうに)「純粋な人だなと思って・・・」

 もっといろいろ聞きたかったのだが、森さんが戻ってきたので、質問はストップ。みんな素知らぬ顔で、てっちりに手をのばした。

某月某日

 大阪市淀川区の「メルパルク」で森さんの結婚披露宴(挙式は12月にすませてあるのでパーティーだけ)。将棋関係者を中心に約150人が出席した。

 媒酌人はミステリー作家の黒川博行さん夫妻で、司会は神吉五段。

 お色直しはなかった。これは森さんの最初からの作戦だったようで、その心は「席をはずしている間に、スピーチで何をしゃべられるかわからんから」

 しかし、この作戦は失敗だった。というのは続々とホンネのスピーチが飛び出したからだ。一番のケッサクは、写真家西川孟さんの次の言葉。

 「森さんは、純情をヘドロで包んだような人です」

 弟子の村山七段のスピーチもおかしかった。

 「僕は森先生が結婚することを、新聞を見て初めて知ったんです。弟子に言わない師匠がありますかねェ」

 この”新聞”はスポーツニッポンのことで、昨年10月に記事が出た。

 私はもっと前に本人から聞いていた。しかし、「来年になるまで、だれにも言わんといて。これは村山君も知らない話だから」と口止めされていたので、だれにも言わなかったし、どこにも書かなかった。ところがスポニチにリークしたのは森さん自身だったのだ。これには呆れましたネ。

 披露宴が終わってから、森夫妻、黒川夫妻、松田道弘さん(私のチェス仲間)らと一緒に喫茶店へ。

 「仲人やるのは、森さんが初めてなんですよ。とても疲れました」と黒川さんが言うと、森さんが笑って「新郎も疲れました。これがホンマのシンロウ(心労)やね」。しょーもないシャレ。

 この席で私は、またまた美しい言葉を聞いた。だれかが恵美子さんに、いつぞやの脇さんと同じ質問をしたとき、彼女はこう言ったのだ。「私にとっては、神様みたいな人です」

 私も一度でいいから、妻にこう言われてみたい。

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今日は、村山聖九段の命日。

あれから15年。

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「森さんの、どこが気に入ってました?」

天国で池崎さんが村山九段に同じことを聞いて、村山九段は森信雄七段の奥様と同じことを答えているかもしれない。