将棋世界1993年6月号、「第20回将棋大賞」より。
出席者氏名(順不同)
田中良明(赤旗)、風間博美(NHK)、亀井清明(スポニチ)、中野正(共同通信)、加古明光(毎日)、山田史生(読売)、東公平(朝日)、大石征史(ゲンダイ)、原田憲司(千葉日報)、島田良夫(テレビ東京)、小川明久(週刊将棋)、高野龍一(市場新聞)、高林譲司(三社連合)、表谷泰彦(日経)、奥田裕(産経)
殊勲賞・技能賞・敢闘賞
大崎 3人ずつ候補を挙げて下さい。
表谷 郷田、村山、佐藤康。もう一人挙げさせてもらえば米長先生。(一同笑)
高林 一応三賞に当てはめて、殊勲が郷田、敢闘が佐藤康、技能が加藤一、3七銀戦法を評価して。
高野 佐藤康、村山、それから小林宏。
小川 一応三賞に分けて、殊勲郷田、敢闘村山、技能は名人戦に出て中原名人に矢倉で3連勝した高橋。
島田 まず郷田。佐藤康。もう一人は今までの人は挙げなかったけど、谷川。
原田 私も殊勲は郷田。敢闘は佐藤康。技能は最後の天王戦チャンピオンの高橋。
大石 技能は羽生ですね。それから郷田が殊勲で、敢闘が佐藤康。
中野 大賞と三賞の同時は過去ないね。
高林 若花田はなったけどね(笑)。
大石 一番技能が優れているもの(笑)。
東 敢闘賞は村山さんで、殊勲賞は郷田さん、ダブルでよければ。それから技能賞は自称18歳の米長先生。(一同笑)
高林 新人賞か(笑)。
山田 僕は郷田を敢えて外して、佐藤康、村山、それから53歳で活躍の加藤一。
加古 僕はもう郷田は外します。まず村山アンパンマンね。それからタカミッチャンの健闘をすごく評価します。あとやはりトータルなスコアから佐藤康。
中野 僕は郷田君に入れたいです。それから佐藤君ね。3回挑決進出、全部負けたんでどうかと思うけど、まあ活躍してますよね。もう一人、大石さんが挙げた羽生と言いたいんですが、敢えて・・・。
大石 言ってくれよ。(一同笑)
中野 最優秀をとっても三賞に入ってしかるべきという感じがするので、一応羽生君を挙げておきます。郷田殊勲かな。
亀井 やはり郷田君が、まあ後々女性ファンも増えそうだし普及にいいんじゃないかと。あと村山君は王将戦4連敗の印象は悪いんですが、内容的には敢闘していたし、人間的にもどんどん大きくなっていったという感じがあって。あとはA級で8勝1敗の米長さんですね。
風間 殊勲はダブルでよければ郷田さん。あと村山さんと佐藤さんで、佐藤さんが敢闘かな。まあベテランの方もいいんですが、三賞というのは大体、横綱大関がとるものじゃないですよね。という意味で谷川さん、羽生さんは外した方がいいんじゃないかという気がします。あと加藤さん頑張ったな、と何かそういう賞はないかとは思いますが。
田中 私は郷田、村山、佐藤康、この若い3人にあげたいと思います。
山田 追加というか、誰も挙げていない深浦さんもぜひ候補に。
東 私も深浦君。
大崎 やはり問題になるのは郷田君のことだと思うんですが。
中野 それと谷川さんね。3年前ですか、米長さんが殊勲賞で、その時に過去に最優秀を受賞していても三賞には入るんだという話し合いだったんですが。
加古 しかし四冠から二冠になったんだから、やっぱりおかしいんじゃない。
中野 去年、おととしと最優秀だから。
島田 それに比べれば、ということだね。分かった、じゃあ取り下げる。
山田 それから羽生君もね、また三賞というのは屋上屋を架する感じも・・・。
加古 出来るだけいろんな棋士に励ましの意味であげた方がいいと思う。だって大賞とる人はみんな優れているわけだから、三賞を全部持ってってますよ。
中野 じゃあ羽生さんは取り下げます。
大石 うん、異議ありませんよ。
島田 加古さんの趣旨には全く賛成ですが、郷田は取り下げません。(一同笑)
加古 それはまあ・・・。
中野 僕は米長さんは名人とったら当然最優秀くらいいくと思うんで、挑戦者になったぐらいではどうかと。(一同笑)
加古 そうだよな、7回目なんだから。
山田 本人がね、三賞じゃ喜ばないもの(一同笑)俺がナントカ賞?なんて言って。誰が選んだんだ、なんてね。
大崎 亀井さん、如何ですか。
亀井 いやあ、結構ですよ。本人も嫌がりそうだな、という気がして(笑)。
東 そうですね。今皆さんのお話を伺ってなるほどと思いまして、米長さんは取り下げましょう。
高野 問題はやっぱり郷田さん・・・。
山田 そこの議論がちょっとないとね。
加古 僕はやっぱり、中身は殊勲大なんだけれども三賞の枠から外した方がいいという考えですね。僕はタカミチがね、ああいう時はガタッとくるもんだけど、今期の順位戦で6勝3敗の好成績を挙げたのを評価してやりたい。竜王戦1組で3位、天王戦でもイタチの最後っ屁みたいに優勝している(笑)。
原田 賛成です。
大石 私は郷田のダブル受賞でいいと思いますよ。三賞をあげた中で、とりわけ新人の中で優れているから新人賞をあげた、という解釈で。
島田 成績だけを見ても村山君、佐藤君にむしろ勝るとも劣らないでしょ。これで三賞に入れなかったら選考委員会の権威を問われますよ。(一同笑)
小川 僕も殊勲賞に限ってなんですが、郷田以外の人に求めるとすると該当者がいないんじゃないかと思います。
高野 前回か前々回、殊勲、敢闘、技能という名称にこだわらなくても活躍した人の中で選べばいいという話があって、私は多くの人にあげたいという意識があるので、郷田は外すべきだと思います。
高林 僕はやっぱり入れるべきだと思うねえ。というのは、羽生のブッチギリさえなかったら大賞の候補に挙がってもおかしくないくらいの成績だから。
表谷 そうですねえ、新人賞というのは成績の他に将来性という側面が大きいんですが、そういう意味で郷田は外せない。あと過去の新人賞を見ると、三賞に該当する成績は屋敷棋聖ぐらいかな。今回の郷田は特別だと思いますよ。これ、本当に三賞から外したら、将棋ファンが納得しないという感じですね。
風間 活躍度からいってしょうがないんじゃないですか。残念ながらNHK杯には出てなかったんですけどね。(一同笑)
亀井 僕も同じ意見で、成績プラス将来性プラスタレント性、僕が芸能担当もやってるからじゃないですが、あのルックスだったらやがては将棋連盟の広告塔になれるんじゃないかと。
大崎 加古さん、山田さん、こういう意見が多いようですが。
山田 いやね、こういう意見があるから一番最初に4者まとめてやったらどうかと言ったんだけれども。記録を見ても分かるけど、深浦は郷田と殆どひけをとらない成績を残してるんですよ。まあ、でも郷田の殊勲賞には賛成ですけどね。
加古 僕は郷田を入れるべきじゃないと思うけど、皆さんの意見だからね。もうその方に進めなきゃしょうがない。僕も郷田が殊勲賞に値しないってことじゃないんだけど、他の人にもあげたいなと。
山田 新人賞の方がいいって言ったんだから(笑)。
大崎 それでは投票ということで・・・。
中野 ちょっと待って下さい。もっと絞れないんですか、例えば小林宏とか。もう一つは推薦理由を聞きたいわけです。小林宏の場合には早指し新鋭戦優勝とケガにもめげず(笑)というのをつけるのかね。
高野 私はただ単純に、やはり棋戦に優勝したのは今年活躍した証拠で、九段とかAクラスというより、むしろ三賞は準フレッシュ賞みたいな意識があるんで小林宏を挙げた、というだけなんです。
大崎 あと、これは毎年出る意見なんですが、技能賞は特筆すべき技能を感じた人にあげるべきではないか、と。
高林 それはさっき言った加藤先生。今は森下システムより3七銀戦法の方が多いでしょ。
中野 20年前からやってるんですよ、それが見直された。それに53歳にしてA級復帰、確か4、5回目じゃないの。そういう意味で、森下システム、小林スーパー四間飛車ということになると加藤ピンさんはすばらしいな、と思いますね。加藤さんは外さない方がいいね。
山田 外す方の意見を言えば、高橋さんですけど、三賞辺りの人じゃないと思うんですよ。まだ若くて指し盛りで、三賞に甘んじる人じゃないんでね。
表谷 今たまたま技能賞の話が出たんで考えてることがあるんですが、高林さんが言ったような戦法的な改革にね、毎年でなくてもそうう賞を設けたらいいと思う。碁と違って将棋というのは戦法が重要ですよね。塚田スペシャルなんかが出た年というのは大変なことだと思うので。今の形でいえば、技能賞に戦法だけでは表彰しにくいと思うんだよね。やっぱり成績優秀者じゃないと。
田中 中原名人の5九金戦法とか。
高林 いや、あれは中原先生が一人でやってるからあんまりね。
表谷 そうしたら大家でもいいわけだからね。我々も戦法の勉強になるし。
中野 表谷さんの提案については今年は無理でしょうけれども、将来的に検討してもらいたいですね。
大崎 分かりました。あと加藤九段の場合、特別賞というのもありますよね。
中野 特別賞になると今度は大山先生が出てくるんだけどね、この後。今は三賞の方を集中的に議論するんでしょ。
大崎 はい。東さん、深浦さんの推薦理由というのは。
東 竜王戦6組優勝、あと全日プロの決勝進出が大きいと思うんですが。米長さんを引っ込めますと言ったのは佐藤さんの方が成績が上かと思いますので佐藤さんに技能賞をあげたいという理由です。で、加藤先生に関して言うと、特別賞かなという気がします。
大崎 佐藤さんが技能賞というのは。
東 成績ですね。羽生さんが断然ですけど、全部2位はすごい記録だと思います。深浦さんがもう一つ、C1に昇級してると有力だったと思いますね。
島田 小林宏はもう落としてもいいんじゃないの。強く推す人は一人でしょ。
中野 だって早指し新鋭戦に優勝してるんだから。
島田 いや、分かってますよ(一同笑)他の人に比べればさあ、いくら新鋭戦に優勝したって無理だよ、三賞は。
(産経の奥田氏が遅れて参加)
大石 投票が面白そうだね。
加古 投票にしたらいいじゃない。
大崎 では3名連記で投票を行い、上位3名が過半数を超えていれば決定で、その後話し合いで三賞を振り分ける。もし過半数に達しない場合は、上位数名の決戦とします。
―発表します。佐藤康14票、郷田12票、村山11票、加藤一3票、高橋3票、深浦1票、小林宏1票です。ということで、佐藤康、郷田、村山の3人で決定です。さて振り分けですが。
中野 郷田殊勲賞でしょう。やっぱり。
田中 谷川四冠王を破ったという。
大崎 皆さん、よろしいですか。
一同 異議なし。
大崎 では殊勲賞は郷田真隆王位に決定します。あとは村山、佐藤康ですが。
中野 佐藤が技能賞でしょう。全部2位だっていうんでしょ、記録部門で。
山田 それが技能?(一同笑)
原田 全部1位とるよりも難しいんだから。(一同笑)
大崎 村山がタイトルを獲りにいって強豪に負けちゃったというのは、いかにも敢闘賞という気もしますが。
田中 うん、ピッタリしますね。
加古 いや、和服を着慣れてなかったからだよ。(一同笑)
高林 村山技能っていうイメージないもんね、あんまり。(一同笑)
大崎 異論はありませんか。それでは敢闘賞が村山聖七段、技能賞が佐藤康光六段と決定します。
女流棋士賞
高野 これはもう広恵ちゃんしかいないなあ。
原田 いつも同じ、3人でかわりばんこで。
大崎 本日ご欠席の報知の木村さんは、中井さんに1票投じて下さいとの事です。
高林 全員一致でしょ。
中野 一応市ちゃんがレディースに優勝したけど、名人戦で0-3じゃあ。
大崎 他に候補がいたら挙げて下さい。
島田 じゃあねえ、候補者として山田久美の名前を挙げといて下さいよ。
原田 私も後援会ですから。(一同笑)
島田 成績を見ると勝率が.821、勝数が23、連勝が15と3部門トップで、対局数だけ28で3位とかなりいい成績なんですよね。ただタイトルを獲ってないのが弱いけどね。一応山田久美の名前も挙がったと書いといてやって下さいよ。
中野 記録に留めて下さいね。
大崎 あの、誌面が助かります(一同笑)、そこまで考えていただいて。それでは、山田久美の成績は特筆すべきものだが、中井広恵にはかなわないということでよろしいですか。では、女流棋士賞は中井広恵女流名人・王位に決定です。
特別賞
特別賞の候補としては、半数近くの委員から故・大山十五世名人の名前が挙がった。他には加藤一九段、蛸島女流五段、さらに米長九段が挙がり、該当者ナシという意見も多かった。議論の中心は、大山十五世名人に追贈するかどうかという点に集中したが、東京将棋記者会賞に推したいという声もあり、結局、前回受賞していることと、特別賞以上のあまりにも大きな存在であったということで、今回の特別賞は該当者ナシとなった。
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選考会後の記者会で、故大山康晴十五世名人に東京将棋記者会賞を追贈することが決まった。追贈理由は、名人18期をはじめ不滅の記録を作り、東西将棋会館の建設に奔走するなど、日本の伝統文化である将棋の普及発展に大きく寄与したこと。ことに69年の生涯を閉じるまで現役を貫いた偉業を偲んで、である。
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この年度の将棋大賞は、次の通り決まった。
最優秀棋士賞 羽生善治竜王・王座・棋王(22)/3年ぶり3回目
殊勲賞 郷田真隆王位(22)/初
敢闘賞 村山聖七段(23)/初
技能賞 佐藤康光六段(23)/初
勝率1位賞 羽生善治(.782)/3年ぶり5回目
最多勝利賞 羽生善治(61勝)/3年ぶり4回目
最多対局賞 羽生善治(78局)/3年ぶり3回目
連勝賞 羽生善治(22連勝)/3年ぶり3回目
新人賞 郷田真隆王位(22)
女流棋士賞 中井広恵女流名人・女流王位(23)/4年ぶり4回目
特別賞 該当なし
東京将棋棋士会賞 故・大山康晴十五世名人
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升田幸三賞の創設は、この選考会の表谷さん(日本経済新聞)の提案に端を発していることがわかる。
升田幸三賞は、この翌々年から開始されることになる。
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新人賞に”初”という表記がなくて、一瞬「あれっ」と思ったが、よくよく考えてみれば一度しか受賞できないので、当然といえば当然。
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将棋大賞は2006年から、「殊勲賞」「技能賞」に代わり、「優秀棋士賞」が設けられている。
ちなみにWikipediaによると相撲では、
殊勲賞・・・横綱や大関に勝った力士に与えられる。金星など重要な殊勲の星を挙げた場合には、たとえ8勝でも受賞できることがある。
敢闘賞・・・敢闘精神溢れる相撲を展開した力士に与えられる。新入幕力士の場合は2桁の白星を挙げると選考の対象となることが多い。また、殊勲賞にも、技能賞にも該当させにくい好成績を挙げた力士、新進力士やベテラン力士に対する奨励の意味で与えられることもある。
技能賞・・・優れた技能を発揮した力士に与えられる。決まり手の数が豊富なだけでなく、寄り、押し、投げ、立合いなどの基本の型に忠実である力士に与えられることもあり、そのため同じ力士が何度も受賞する場合が多い。
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将棋大賞が始まった1974年から2005年までの間で、
殊勲賞の受賞回数が多かったのは、郷田真隆九段(4回)、加藤一二三九段(3回)。
敢闘賞の受賞回数が多かったのは、羽生善治三冠、桐山清澄九段、田中寅彦九段、中村修九段、屋敷伸之九段、郷田真隆九段、深浦康市 九段のそれぞれ2回ずつ。
技能賞の受賞回数が多かったのは、佐藤康光九段(5回)、森内俊之竜王名人(3回)。
殊勲賞、敢闘賞、技能賞の三賞は、最優秀棋士賞が決まった後に、三賞候補者三人を決め、それからどの賞に割り当てるかという流れ。
そういう意味では、最優秀棋士賞に次ぐ優秀棋士賞が3名ということになるのだろう。
殊勲賞、敢闘賞、技能賞の総受賞回数を見てみると、佐藤康光九段(8回)、郷田真隆九段(6回)、森内俊之竜王名人(5回)、桐山清澄九段(5回)加藤一二三九段(4回)、森下卓九段(4回)の順となる。
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この間の最優秀棋士賞は、羽生善治三冠が13回、中原誠十六世名人が5回、谷川浩司九段が5回、米長邦雄永世棋聖が3回、大山康晴十五世名人が2回獲得している。
羽生三冠の13回もすごいが、50歳を過ぎてからの大山康晴十五世名人の2回も驚異的なことだと思う。