今日はA級順位戦最終局一斉対局の日。
将棋世界1994年4月号、青野照市八段(当時)の第52期A級順位戦8回戦集中レポート「見られてなんぼ」より。
あれは何年前のことだったろうか。私がA級順位戦で、陥落を懸けての一番を指しに将棋会館に着くと、4階の対局室の入り口のイスに、まだ存命中だった芹沢博文九段が座っていた。
私と目が合うと芹沢九段は、
「今日は大変な一番だな。しかしこの将棋を苦しみだと思うか、こんな大一番を指せて幸せだと思うかは、大違いだぞ」
という意味のことを言われたのを覚えている。
私はその年、助かったのか陥落したのかをまったく覚えていない。しかしその一局を、本当に充実した気持ちで指せたのだけは、ハッキリと覚えている。
それに比べると、順位戦の最終局に、昇級にも降級にも関係のない将棋を指すのは、ワサビとショーユをつけずに刺し身を食べるようなもので、何とも味気ないものである。
前期B級1組の最終局で、富岡七段が降級の一番を戦った時に、
「棋士冥利につきる」
と言ったが、A級はB級1組の十倍以上の注目度があると思えば、彼がA級で将棋を指す時には、現在の十倍の棋士冥利を感じることができるはずである。
大盤解説会
毎年、A級順位戦の最終局の大盤解説会には、会館がふくれ上がるのではないかと思うほど、熱心なファンがつめかけて来る。今年はそれを、ラス前の日からやろうという訳で、解説が私と中井広恵女流名人である。
(中略)
この結果、3勝組が揃って負けたために、南の他に有吉、加藤まで寒くなってきたのである。すべては最終戦勝負だ。
解説場では、深夜の1時半までまだ30名程の熱心なファンが、電車がなくなっているのを知りながら、固唾をのんでいる。こういうファンに、実際の勝負の場を見せてやれれば、本当に喜ぶに違いないと思う。
将棋は密室の競技と言われているが、今時試合を見せないで成り立つプロは、囲碁と将棋だけだろうと思う。これでは本当に、ファンが沸く訳はないのである。やはりプロは、見られてなんぼの世界なのである。
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今期のA級順位戦は、羽生善治三冠の名人挑戦と谷川浩司九段の降級が既に決まっており、最終局のポイントは、
・残る降級の一枠が誰になるのか
・来期の順位がどうなるのか
の2点。
降級の可能性があるのは、久保利明九段、三浦弘行九段、郷田真隆九段、屋敷伸之九段。
今回特徴的であることは、全員自力で残留できること。
それぞれ、勝てば残留が確定。
敗れた場合、
久保九段は、郷田九段、屋敷九段のうち一人でも敗れれば残留。
三浦九段は、郷田九段、屋敷九段のうち一人でも敗れれば残留。
郷田九段は、屋敷九段が敗れれば残留。
屋敷九段は敗れた段階で降級が決定。
そういう意味では、
三浦弘行九段-久保利明九段戦
郷田真隆九段-羽生善治三冠戦
行方尚史八段-屋敷伸之九段戦
が、残留・降級に関わる大きな戦いとなる。
佐藤康光九段-渡辺明二冠戦
深浦康市九段-谷川浩司九段戦
は、来期の順位に関係する戦い。
渡辺二冠は、勝てば2位確定、敗れれば2~4位。
佐藤九段は、勝てば3~5位、敗れれば5~8位。
深浦九段は、勝てば2~3位、敗れれば3~5位。
行方八段は、勝てば2~4位、敗れれば4~5位。
三浦九段は、勝てば5~6位、敗れれば7~8位または降級。
郷田九段は、勝てば6~7位、敗れれば8位または降級。
屋敷九段は、勝てば6~8位、敗れれば降級。
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「今日は大変な一番だな。しかしこの将棋を苦しみだと思うか、こんな大一番を指せて幸せだと思うかは、大違いだぞ」
そうは言われても、三浦ファン、郷田ファン、屋敷ファン、久保ファンの方々にとっては、胃の痛くなるような一日が続く。
『将棋界の一番長い日』は、とても因果な一日でもある。