中野英伴さん逝去

写真家の中野英伴さんが16日、胃がんのため都内の病院で亡くなられた。享年83歳。17日、日本将棋連盟の公式サイトで発表された。

訃報 中野英伴氏(日本将棋連盟)

中野英伴さんは、各タイトル戦、棋戦で多くの棋士を撮影、その迫力ある棋士の対局写真は「将棋世界」、「将棋マガジン」などに掲載され、ファンを魅了するとともに、将棋界に大きく貢献をした。2011年には「大山康晴賞」を受賞。

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中野英伴さんは、2008年に写真集『棋神』で将棋ペンクラブ大賞文芸部門大賞を受賞されている。

将棋ペンクラブ会報2008年秋号、「受賞のことば」より。

天職の喜悦

 将棋ペンクラブ大賞の文芸部門大賞を、私の写真集「棋神」に頂戴し、たいへん感激し光栄に存じます。作家大崎善生さんの文章と土方芳枝さんの編集デザイン造本によるチームワークのたまものです。「将棋世界」の編集長だった大崎さんのもとで十余年間、私達が力を合わせて仕事をしていた時代は花があり、それがこの写真集の大きな根幹となっています。

 今回のこの大賞を頂いて人様とのご縁の大切と運の恵みをしみじみと有り難く感じています。昭和50年、朝日新聞社主催の第34期名人戦全局の撮影依頼を、元アサヒカメラ編集長の白井達男さんから受けた時は本当にびっくりいたしました。

 私は長い間、演劇の舞台写真を仕事として撮影してきました。演劇は総合芸術作品で、作為の真実を多様に構築して舞台に表現します。撮影対象は俳優の演技が中心になりますが、写真という平面の中に無色無音の制約を超えて役の人間像を俳優の演技力を通じ、どこまで立体化し言葉や情熱のほとばしりを表現できるかに力を注ぎます。役の働きが伝わるような、役のせりふが聴こえるような、写真を通して演劇と読者が響き合えるような作品を作りたいと絶えず念じ続けてきました。そんな私を白井さんはじっと見ていて下さったのです。

 「君に将棋の写真は向いているよ」

 将棋の写真をしばらくやって、私はこれを天職だと思いました。将棋の対局は自然必然の真実です。一手指すごとに状況が変わり対応に苦慮したり、構築を改め直したり、千変万化の変様に、相手を超える創造の法を編み出さねばなりません。

 専門棋士の思考の内容は計り知れるものではありませんが、貌は、身体はそして細かくは眼は、肩は、心の中の大切を隠し切れない真実を秘めているのです。表情の変化は瞬く間に表れ、瞬く間に消えます。予兆とか予感とかの前の段階は気配でしょうか。それを感じとることが出来ると、写真は撮りやすくなります。

 写真は対象相手との呼吸の合い方であり、間の感じ取り方ですが、何よりもの大切は対象に対する愛と認識ではないでしょうか。棋士は有り難いことに長年の修行鍛錬の中に形成された思考力と集中力の確かを身に備えています。そこから生まれる思考の風姿は普通でも人を寄せ付けるものではありませんが、ある瞬間、将棋の神と一体化した姿を正に表すのです。

 写真は劇的なるものでなくてはいけないと思います。その時その人の興奮をそのままに伝達できるものでありたいのです。演技の写真は動の中に動と静の在り様を探り、将棋の写真は静の対象の中に静と動の風の道筋を読みます。写真の中の棋士とその現実とに、ゆっくりゆるりと対話して欲しいのです。棋士もそれを望んでいるのです。

 この写真集を企画して下さった東京新聞藤本直紀局長と大内延介九段、全面的にご協力いただいた日本将棋連盟米長邦雄会長と羽生善治名人に改めて感謝申し上げ、将棋ペンクラブと審査員の皆様に厚く御礼を申し上げます。

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2008年3月に発行された将棋ペンクラブ会報春号には、中野英伴さんと、作家で将棋ペンクラブ会長(当時)の高田宏さんの対談が掲載されている。

この対談のテープ起こしを担当した私は、間近でお二人の話を聞いていた。

とても素晴らしい対談だった。

中野英伴さん

横で聞いていただけだったが、私にとってはかけがえのない思い出だ。

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中野英伴さんが書かれた文章で私が特に大好きなのが、1993年の将棋マガジンでの「棋聖戦見聞雑記」。

写真家ならではの視点に貫かれた、叙景的で非常に美しい文章。

郷田が悲しむとき、天は涙雨を送る

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謹んでご冥福をお祈りいたします。

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棋神―中野英伴写真集 棋神―中野英伴写真集
価格:¥ 2,880(税込)
発売日:2007-10-24