将棋世界1995年6月号、故・池崎和記さんの「昨日の夢、今日の夢」より、森内俊之八段(当時)「最大の勝負どころは『中盤』にある」。
冒頭にも書いたように、森内はこれまで何度も棋戦で優勝している。しかし不思議なことに、タイトル戦にはまだ一度も登場していない。
よく考えてみれば、これは別に意外なことではない。例えば谷川浩司だってA級に入るまではタイトル戦とは無縁だったし、南芳一もそうである。
森内は「今回の昇級を機会に自分を鍛え直して、タイトル戦に出られるように頑張りたいと思います」と言い、そのあとすぐ「でも、いまはタイトル保持者がすごく強いから……」と付け加えた。
―タイトル保持者といっても羽生さんと谷川さんだけで、数から言えば、ほとんど羽生さん一人で持ってるみたいなものですよ。
羽生さんに勝たないと、出ても意味がないというか、挑戦しても面白くないですね。私が四段のころは戦国時代という感じで、だれにでもチャンスはあったと思うんです。いまは厳しい時代に入ってますから、それを打ち破るには、もう一ランク上にいかないと……。目先の勝ちより、実力をつけてからタイトルを狙っていきたいと思っています。
―四、五段時代はそうじゃなかった?
前はとりあえず順位戦を上がりたかったんで、タイトルを取ろうとか、そういう気持ちは特になかったですね。実力以上のことをしても、そのあとがキツイと思うんで……。
―森内さんはクロウト筋の評価がすごく高いでしょう。「羽生、佐藤、森内」と三人でワンセットみたいに、いつも名前が一緒に出てくる。昔からそうだったし、現在でもそうです。だから四、五段のころタイトル戦に出てもおかしくなかったし、また取れる力も十分持っていたと思う。
いや、そんなことはないですよ。
―全日本プロでは谷川さん(当時名人)を負かしているんですからね。
あれは、たまたまですよ。あのときは全然、力は及ばないと思いましたし。あれはフロックです。
―竜王戦のクラス優勝は、またちょっと意味が違うのかな。
竜王戦は優勝よりも、とりあえず本戦に出たいというのがありますんで、優勝に対する意識はないですね。二位でも一位でも本戦に出られれば満足です。
―森内さんから見て、羽生将棋はどういうところがすごいですか。
いっぱいあります。技術はとりあえず飛び抜けている。中盤が一番強みでしょうね、他の一流の人と比べたときに。
―中盤ですか。森内さんはまだ羽生さんに及ばないと思っているんですか。
中盤は特にそうですね。
―序盤と終盤はどうです。
それは努力次第では、当然、互角で戦っていけると思いますけど……。
―中番だってそうでしょう。
いや、その溝を埋めない限りは……。
―序盤と終盤が努力で埋められるなら、中盤も努力で埋められるでしょう。
まあ、そうですけど(笑)。でも人それぞれ得意の分野は違いますから……。終盤は理詰めの世界で、調べていけば必ず答えがありますから中盤よりは考えやすいです。また序盤は研究でなんとかカバーできるところもありますしね。
―一番難しいのは、やっぱり中盤だと。
いくら考えてもわからない局面があるんです。そこをいかにしのいでいくかというのが問題で。また、読めても形勢判断ができなければ仕方がない。そこが難しいですね。
―中盤力をアップするには、どうすればいいんでしょう。
私も教えてほしいです(笑)。どこが至らないのか、と。
やっぱり「羽生」が出てきた。森内にとっては奨励会時代からのライバルであり、また羽生は現在、六冠を保持している最強者だから、森内が羽生に狙いを定めているのは当然のことだ。
しかし森内は、あせってはいない。現在の目標は「もっと力をつけること」だという。「たまたま勝った負けたで通用する相手ではないから」が、その理由だ。
森内は言う。「タイトルももちろん欲しいですけど、それよりもまず、自分の納得のいく将棋を指したい。勉強量を増やして、自分に自信が持てるようになったら、タイトル戦で羽生さんに挑戦したい」と。
「最近わかったことですが……」と森内は最後にポツリと言った。「私はアマチュア時代から奨励会時代にかけて”トッププロはすごい”と思っていました。でも、いざ自分がA級になってみると、なんにもわかっていない……」
では、何がわかっているのか?最後の質問に、こんな返事が返ってきた。
「詰むか、詰まないか。わかっているのは、これだけです」
—–
羽生善治六冠(当時)を語る森内俊之八段(当時)。
「大きな舞台で羽生さんと戦いたい」というのが、この頃の森内俊之八段の思い。
—–
森内八段は翌年1996年の名人戦で羽生善治名人に、1999年度の棋王戦で羽生善治棋王に挑戦するが、初のタイトル獲得となるのは、2002年の名人戦(対丸山忠久名人)でのこと。
対羽生戦のタイトル戦ということでは、2003年の竜王戦で初めて森内九段(当時)が羽生竜王名人からタイトルを奪取する。
このインタビューから8年経ってからのことであり、本当にその間、森内竜王は力を蓄え続けてきたのだと思う。
昨日の将棋ペンクラブ大賞贈呈式、森内俊之竜王の横顔を見ながら、そのようなことを考えていた。