昨日、第22期倉敷藤花戦の挑戦者決定戦が行われ、山田久美女流三段が貞升南女流初段を破り、女流タイトル戦では最年長となる47歳8ヵ月での挑戦を決めた。
山田久美女流三段は25年ぶり2度目のタイトル挑戦。また勝ち数が規定に達し、昨日付で女流四段に昇段している。
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今日は、山田久美女流四段が25年前にタイトル挑戦をした時の話。
将棋マガジン1990年6月号、林葉直子女流王将(当時)の第12期女流王将戦〔山田久美女流二段-林葉直子女流王将〕第2局自戦記「9年目の恋人」より。
私の彼は浮気者だ。
街中に桜が舞い散るこの時季に限っていつもいつも違う女のニオイをさせる。
「香水のニオイがするわ、誰と逢ってたの?」
「あぁ、いつもおまえの顔見ててマンネリ化してきてな、ちょっとしたデートだよ」
「ふざけないでよね、マンネリ化してきたなんてヒドイ!どこの誰とデートしてきたわけ?」
「あ、ああ、山田さんっていう、ショートカットにしてるスタイル抜群の美人だよ」
「私とあなた8年も付き合ってるのに……私たちもう終わりなわけ?」
「そうじゃないけど、おまえなんかよりずっと魅力的だし…」
「じゃあ、ハッキリさせて。私と山田さんどっちを取るか」
私の攻撃に、彼は視線を逸しながらうつむき加減で答えた。
「明日その答えを出す」と―。
(中略)
私にとって”女流王将”というのは、かけがいのないものなのだ。
縁起よい大山扇子を片手に、その意気込みで対局場に向かった。
私より先に着席していた山田久美二段(以下、久美ちゃんと略させていただく)、グレーでチェックのスーツに白いブラウス。カチッとした感じの装い。
普通の人が着るとOLっぽく見えるのだろうが、オシャレ上手の久美ちゃんが着てるとモデルさんのようだ。真っ赤な口紅がよく似合う。
対する私は、地味めの花柄ブラウスにフレアスカート。
燃えるような赤い口紅に対して、口紅を塗るのを忘れていた私。
外見で勝負するわけじゃないんだわ、と自分自身に言い聞かせながらも駒と駒のぶつかり合いで良かったとホッと胸を撫でおろした。
(中略)
局後のインタビューに久美ちゃんは、
「また四間飛車で来ると思わなかった。ガンギか、居飛車かと思ってた」と答えていた。
私は私で、なにがなんでも穴熊で指してくるだろうと予想していたのだが、それもハズレで、四間飛車対左美濃。私の好きなガンギを警戒して早くに▲5八金と上がってしまったので穴熊に囲いにくくなってしまったのか。
お互いの作戦変更ということでか、2図までの局面で1時間ほど経過している。
(中略)
親友同士といえども盤を挟んだ瞬間から敵となる。
将棋の手を読みながらも、相手の目線がどこを見ているのか、それを観察することがある。しばらく見ていると、彼女の目線が駒台のほうに移動した。
どこへ?
私は、彼女の指先を見つめた。
3図直前の▲2三歩がそうである。しかしこれはヒドい手だった。手順に私の飛車が、行きたい場所に移動できたのであるから。
Mr.マリックではないが、見つめることによって、相手のカンを狂わせたのかと……。
3図となっては、私のほうが少し指し易い。
(中略)
女流名人位リーグ戦等では、対局者同士であっても一緒に食事に行くのだが、今回は違った。
やはりタイトル戦だけあって、お互い食事は各々で。
いつも、ミルクティーやホットミルクだけで昼食を済ませる久美ちゃん。
きっとこの日もそうだったのだろう。
私は、将棋連盟にある自動販売機でオニギリとウーロン茶。
闘志に燃えた二人の乙女の戦い。
もうすでに、将棋のことしか頭にないのである。
対局が再開され、昼というのに交わす言葉もなく、盤上没我―。
(中略)
いつも相手のミスによって逆転勝ちばかりしている私につきまとう不安は、自分が優勢になったとき、逆転されるのではないかということだが…。
勝負あり―と確信できたのは、△2九飛成と桂を手中にしたときだ。先手陣、△7五桂の防ぎ方が難しいのである。
1局目、得意な穴熊で優勢の将棋を逆転され、調子を狂わされたのか今回の対局、久美ちゃんにとって不満の残る一局だっただろう。
6図となっては助からない。
(中略)
実力を出しきれなかった久美ちゃん。性格の悪い!?私と対戦するのには、性格が良すぎたのかもしれない。
局後も笑顔で私に気を遣ってくれた。
性格が悪いほうが、ここ一番というときに勝つのではないかと、バカらしいことを考えた私だ。
なにはともあれ、女流王将防衛できホッとした。
長い付き合いになる―。
もしも私に恋人がいて、女流王将と俺とどっちを選ぶか、といわれても(そんなアホなこという人を恋人にする気はないが)女流王将を選ぶに決まっている。
そう、今のところ女流王将が私の恋人だ。
☆ ☆
「久美ちゃんもすごく魅力的だったけどナ、やっぱり性格の悪い女でいいよ」
「ん?性格が悪いって私?」
「決まってるだろ」
そういうと彼はテレ笑いしながらそっと私の肩を抱いた。
彼の名は―女流王将という。
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山田久美女流四段は何度もタイトル戦で挑戦をしていたような印象があったが、今度が二度目と聞いてビックリした。
25年ぶりのタイトル挑戦、とても心を打つ。非常に素晴らしいことだと思う。
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1990年の女流王将戦の時は山田久美女流二段(当時)は23歳の頃。
この当時の主催者は「株式市場新聞」を発行していた株式会社市場新聞社だった。
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この自戦記に掲載された山田久美女流二段の写真には編集部により「残念、今年は横恋慕に終わってしまった」とコメントが付けられている。
タイトルを異性と見る考え方は確かにあるかもしれない。
「名人位」という女性は、長い間二人の男性の間でよろめいている。
「竜王位」という女性は、9年間一緒だった男性から新しい男性に乗り換えたばかり。
「王座」という女性は、この22年間、1年を除き、一人の男性に尽くしている。
などの解釈となる。
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山田久美女流四段は沢田研二さんの大ファン。
沢田研二さんは、昨年、オリジナル・メンバー(岸部一徳、森本太郎、加橋かつみ、瞳みのる)とともにザ・タイガースを再結成して12月には日本武道館と東京ドームでコンサートを開催している。
44年ぶりとなるオリジナルメンバーによるライブ。
25年ぶりと44年ぶり、それぞれ感慨深いものがある。
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