中井広恵女流名人(当時)「どうやら奈津子さんも……」

将棋マガジン1994年11月号、中井広恵女流名人(当時)の第2期大山名人杯倉敷藤花戦〔対 藤森奈津子女流二段〕自戦記「百石にて」より。

近代将棋1994年6月号より、撮影は弦巻勝さん。

 ”すったもんだ”がありました。やっと騒動もおさまり、以前の平穏な将棋界に戻りつつあるが、林葉倉敷藤花が復活してタイトル戦が始まればまた賑やかになるに違いない。

 今年の倉敷藤花戦はきっと盛り上がることだろう。

 何とか挑戦者になり、ロンドン帰りの直子姫と戦いたいものだが、まだまだ先は長い道のりである。

 今回の対局は青森県百石町で行われた。

 皆さんも御存知のとおり、百石町は町おこしに将棋を取り入れてくださっており、助成金でこのようなイベントを毎年続けてくださっている。

 大山十五世名人が百石町の名誉町民であり、そういった意味でも、この大山名人杯倉敷藤花戦を百石で行うことを亡くなられた大山先生も喜んでくださるだろう。

(中略)

 対局者はNHK杯でおなじみの藤森奈津子二段。

 子供ができてから、いろいろと奈津子先輩にはご指導いただいている。

 百石につくと、

「うちの哲也が今年初めて上野松坂屋のこども将棋大会に出たの」

 と嬉しそうにおしえてくれた。

「2局負けて帰ろうかと思ったらまだ指せるのよ」

 と笑いながら。

 ご主人の保さんもアマ界で有名な強豪だから、さぞかしお二人でドギマギしながら応援していたことだろう。実はわが家のじゃじゃ馬も(私じゃありませんよ)将棋に興味を持ち始めて、よく、

「パチやろう」

 という(パチといってもパチンコではない)。

 やっと王様を覚えたのだが、何故王様だけわかるかというと、王様には必ず作者の名前か、駒の書体が書いてある。

 40枚の駒の中から、駒の淵を見て字が書いてあるのを探して、

「おーちゃまあった」

 とおしえるのだ。

「なんて賢いんだろう」

 と感心する主人は、なんて親バカなんだろう。

(中略)

 三沢空港に着くと、かなり冷やっとしていて、半袖では寒いくらいだった。

 百石は空港から30分ぐらいの所。

 先に着かれていた有吉先生、西村先生、町長さんをはじめ、関係者の皆さんが歓迎会を開いてくださった。

 この町長さんがなかなかユニークな方で、多少?お酒も入っていたせいか、とても場が盛り上がり、楽しい時間を過ごさせていただくことができた。対局当日は大会も一緒に行われ、大勢の方がいらっしゃった。

 控え室でお茶をいただいていると、町長さんがハエたたきを持って、

「悪い虫がつくといけませんので対局室のハエは退治しておきました」

 もう我々には悪い虫は寄りつかないと思うのだが、まずは町長さんのご好意に感謝。

 対局開始後10分間は公開対局に。その後は普段と変わらずに対局―の筈が、またハエさんの登場。

 しばらくはそのまま対局を続けていたのだが、一匹だったハエが二匹、三匹と増え、とうとうギブアップ。みんなでハエ退治。そこへ対局を見学にこられた町長さんに助けを求め、無事一件落着。それにしても、町長さんの早ワザには感心。

(中略)

 奈津子さんは振り飛車党で、特に三間飛車が得意戦法。本局も予想通りの展開に。

 四間飛車に対しては最近急戦を多く用いていたのだが、三間飛車なので、久しぶりに左美濃を起用。

 飽きっぽい性格なので、しばらく同じ戦法を指すと、飽きてしまうのだが、他の戦法を指していると、また試してみたくなる。女流棋士は振り飛車党が多いのだが、そのほとんどが四間飛車党だ。男性棋士の中でも四間飛車が見直されて、かなり優秀な戦法とされている。

 しかし、飽きっぽい私は、いつも同じことをやって、よく飽きないなぁと思わずにいられない。

 趣味も、テニスだ編み物だ何だといろいろやるが、どれもしばらく経つと飽きて次の目新しい物にうつる。主人は今のところ飽きずにいるが…。

(中略)

 将棋界にはパチンコをやる人が多い。名前は言えないが、仕事で地方へ行っては、そこのパチンコへ入る棋士もいる。奈津子さんもその一人で、実は前日の歓迎会の後、数人で百石のパチンコ店へ繰り出したようだ。しかも5箱も積んだらしい。

 私?―私も同じ店でやれば良かった……。

 主人もすごく好きで、私が地方で泊まりの仕事の時に時々やってるらしい。

 主人と車でドライブしていると、いきなり大声で、

「あっ」

 と助手席から悲鳴が上がる。

 運転している私はビックリして

「ど、どうしたの?」

 と聞くと、

「時計の数字がフィーバーしてる」

 と、1時11分の車のデジタル時計を指して言う。

 他にも、車のメーターが3ケタ揃ったり、数字が3つ並んだナンバーの車を見たりすると必ず大声を出す。

 もうこれは病気だと主人に言うのだが、百石でバスに乗っていると、奈津子さんが突然、

「あっ」

 と叫んだ。

「どうしたんですか?」

 と聞くと、

「揃ってる…」

 どうやら奈津子さんも……。

(以下略)

将棋マガジン1994年11月号より。

* * * * *

「うちの哲也が今年初めて上野松坂屋のこども将棋大会に出たの」

藤森哲也五段が7歳の頃のこと。

藤森五段の名前が将棋雑誌に初めて載った時だと思う。

* * * * *

「悪い虫がつくといけませんので対局室のハエは退治しておきました」

対局室に虫が入ってくるのは非常に悩ましいこと。それがハエなら、蜂と変わらないくらいに厳しい状況だろう。蚊取り線香が無力なのも辛い。

この時は、町長の裏芸が相当な威力を発揮したことになる。

* * * * *

「私も同じ店でやれば良かった……」

中井広恵女流六段も、パチンコをやらないわけではない。

打ち止めにしたこともある。

愛すべき勝浦修九段(2)

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「他にも、車のメーターが3ケタ揃ったり、数字が3つ並んだナンバーの車を見たりすると必ず大声を出す」

今から25年ほど前、ある居酒屋で二人で飲んで、会計をすると7,777円だったことがある。この時ばかりは記念に領収証をもらったという思い出がある。

ちなみに、植山悦行七段と中井女流六段が結婚をしたのは、平成元年11月11日のことだった。

 

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