加藤一二三九段のノータイムでの会心の手順

将棋世界2004年3月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。

 Bクラスもみな熱戦で、先崎八段が高橋九段を破った。これで先崎八段は昇級圏内に踏み留まった。問題は深浦七段のところだが、依然深浦優勢がつづいている。となりは加藤(一)対田中(寅)戦で、局面は急転回していた。

 30分ばかり前に見たときは4図の局面だった。7四の金と8四の銀との関係が後手辛く(質駒になっている)先手が指しやすいが、まだまだこれからと思われた。それが、どうしてこうなったか、その間の手順がわからない局面に変わっていた。

 控え室の勝又五段が「僕が見てきましょう」と出て行き、すぐ「気がつかない手順があるものですね」と感心しながら戻ってきた。

加藤田中2003年1

4図以下の指し手
▲2四歩△同歩▲2五歩△同歩▲2四歩△4四角▲8三金(途中図)△5二飛▲8四金(5図)

まず▲2四歩と突いて、継ぎ歩で攻める。これは手がかりを作る手筋で、中級者なら浮かぶ筋。

 田中九段は心得たとばかり、△4四角とかわす。これで攻め手はない、の自信があっただろう。▲4四同飛と切られ△同銀▲7一角の両取りは、△7二飛▲4四角成のとき、△4九飛があって大丈夫だ。

 ところがである。▲8三金(途中図)と入る手があった。

加藤田中2003年2

 △同飛なら▲4四飛△同銀▲6五角で王手飛車がかかる。

 仕方なく△5二飛と逃げ、▲8四金と銀一枚ただで取られてしまった。

 ▲2四歩から▲8三金まで、すべてノータイム。大天才会心の手順だったろう。

加藤田中2003年3

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4図の後手の8四銀は、6四から7五へ出てきた銀を、先手が▲7四金と打って8四に引かせたもの。

(△8四銀と引くところ、△8六歩と突くと、▲同歩△同銀▲8三歩で後手の攻撃が失敗してしまう)

斜め棒銀ではあるが、棒銀を得意とする加藤一二三九段は、逆に棒銀の出足を止める引き出しもたくさん持っているわけで、▲7四金などはその一つと言えるのだろう。

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加藤一二三九段の絶妙な▲8三金と、そこに至るまでの周到な着想。

まるで夢を見ているような手順だ。