忘れ得ぬ妙手

将棋世界2005年2月号、真部一男八段(当時)の「将棋論考」より。

 本誌は2月号だが、今はまだ慌ただしい年の瀬だ。

 一年の締め括りをどうしようかと愚考していると鮮烈な将棋の一場面がフラッシュバックする。

 この思い浮かんだ局面を読者とともに堪能したい。

 どういう訳か蘇る将棋は自分が10代だった頃の作品が殆どだ。

 まずはA図、昭和43年第12期棋聖戦。山田道美棋聖対中原誠六段。

 局面は山田が△4八歩成と角を取った所。次の一手として考えたい方はそのようにしてください。

 中原は飛車取りに構わず▲3五銀と只の所に銀を進めたのだ。

 この一手が絶妙の決め手になっている。

 飛、銀、桂と当たりになっていて目が眩むようでしょう。

 これで後手はヤリクリがつかなくなっているから驚きだ。

 △4九とと飛車を取るのは▲4四銀で全然ダメ。△3五同銀は▲5三金とクサビを打ち込み、△6一玉には▲6三金、△4一玉には▲4八飛が次の▲3三桂不成の両王手を見てぴったりである。

 本譜はやむなく△4五銀と桂を外したが▲4八飛△4六桂▲同銀△3四銀▲5五歩と進み先手が快勝した。

 山田はA図では当然▲4八同飛と読んでいて、以下△2六角▲4七飛△3七歩成▲同銀△1七角成と進むものと思いこんでいたそうである。

 次はB図、昭和44年第15期棋聖戦、中原棋聖対内藤國雄八段。(先後逆)

 ここで内藤の放った一着は私の感覚を遥かに越え、とうてい思いつきそうもない手だったので強烈だった。

 通常の感覚では▲6七香△同飛成▲6八香となるものとして、そこから読みを進めるであろう。

 ところが、内藤の脳細胞は▲5五香の奇想をキャッチしていたのだ。

 ▲9一馬の利きを遮りいかにも単純そうなこの香が、実は最短の寄せになっていたのには仰天した。

 天才の思考回路は分からぬものだが、それにしてもこの香には並み居る控え室の高段者達も一様に唸らされたという。

 以下は△6八金▲同銀△同飛成▲同金△5九銀▲3八玉△6八銀不成▲5三香成△同金▲4五桂と進み、あっという間に寄り筋となった。

 見事なものである。

 最近で(といっても平成8年)目を瞠ったのは第9期竜王戦、羽生善治竜王対谷川浩司九段、C図である。(先後逆)

 

 ここで谷川が打ち込んだ▲3三桂の烈手は読者も記憶に残っているかもしれない。

 先の中原、内藤の妙手もそれぞれ個性的ではあるが、この一手もやはり谷川の並々ならぬ終盤の才能が発現されたと云える。

 流石の羽生も意表を衝かれたであろう。

 以下は△5一飛▲4七飛△5六角に第二の剛打▲4二角が飛ぶ、勝負術では当代随一の羽生もこの飛躍した二連打を浴びては持ちこたえようもなかった。

 この他にも素晴らしい作品が多く浮かぶ、20代を過ぎてからは大山流の渋い金引きの発想にも底知れぬ独創が感じられるようになってきた。

 またの機会にご紹介したいと思います。

* * * * *

アマ・プロ問わず、それぞれの人にとっての「忘れ得ぬ妙手」というものがあることだろう。

多くの絶妙手の中から一つ選べと言われたら、私の場合は、升田幸三九段の1971年名人戦第3局、後手升田式石田流での△3五銀。

そういえば不思議なことに、ブログを始めて11年目になるが、升田幸三実力制第四代名人のこの△3五銀については、まだ記事にしたことがない。

なぜなのかわからないが、私の寿命が尽きるなどしてこのブログにいつかは最後の日が訪れるだろうが、最後の記事を「升田の△3五銀」にしようという深層心理が働いているのだと考えられる。

 

 

コメントを残す