今日も昨日に引き続き、2001年の竜王戦第2局 藤井猛竜王-羽生善治四冠戦を。
自陣歩の絶妙手以外にも、藤井流の指し回し、絶妙手などが出てくる
将棋世界2002年1月号、高橋道雄九段の第14期竜王戦第2局〔藤井猛竜王-羽生善治四冠〕観戦記「たかが歩、されど歩」より。
藤井システムとは?
私自身は、そのネーミングは好きではないけれど、しかし、ひと言で最も正しく藤井将棋を言い表している気もする。
ファンの中には、四間飛車に振って、居玉での戦いがそうだ、と思っている方もおられるだろう。それは、その一部を担うもの。対急戦型にも、相振り飛車においても、純然と存在する。
元より、広範囲にカバーしているのでなければ「システム」とはいえない。
そういう面では、時代を違えれば、故・大山十五世名人の将棋は「大山システム」と呼ばれたかもしれない。
現代将棋においても、藤井将棋が与えたインパクトは、限りなく大きい。
今や、四間に振った後、玉を上る前に▲3八銀(△7二銀)と上がるのが常識となっている。3八(7二)に玉がいく形は、十中八九、穴熊になりそうな雰囲気すらある。
さて、挑戦者・羽生四冠の先勝で迎えた本局。今後を占う意味でも重要な第2局だ。七番勝負は長丁場とはいえ、藤井竜王もいきなりの連敗は辛い。
(中略)
素早い▲1五歩が藤井流。先手番では端に手を費やしたことによる駒組みの遅れは、そう気にしなくても大丈夫。
対する羽生の作戦が注目されるところ。本局は△7四歩と急戦をちらつかせてから、一転して持久戦模様へ。果たしてこれがうまくいくのか?
2図以下の指し手
▲7八飛△2四角▲6八角△4六角▲7五歩△同歩▲同飛△6二銀▲6五歩△3二銀▲5八金左△2四角▲7七角△4二角▲7四飛(3図)一歩得対飛車のさばき
△7四歩(▲3六歩)と突いた形では、それを狙って三間飛車に転じるのが常套手段。藤井もそう指したが、△2四角を軽視したという。▲7八飛の前に▲5八金左が無難だった。
(中略)
△2四角に歩を守る▲4七銀は、この場合は利かされ形。
必然的に、羽生の一歩得対藤井の飛車のさばき、との争いになった。
封じ手が▲6五歩。
私は▲5八金左を予想したが、すると△6四角と引かれるのが、気になる手。それを押さえての歩突きは、指されてみれば当然の一着だ。
戻って、△6四角に期待した△6二銀だったが、少し凝り過ぎたとの羽生の感想がある。平凡に△7三歩と収めるほうが勝っていたようだ。
足の早い展開に、羽生は穴熊を断念し、△3二銀と左美濃に玉を囲う。
しかし、同じ玉形になっては、1筋の位が、俄然、眩しいほどに輝き出した。
(中略)
5図以下の指し手
▲7八歩△同飛成▲6八歩△5八桂成▲同金△6八角成▲同金△同竜▲3九金△4七金▲6九歩△5八竜▲6八飛△同竜▲同歩△5八飛(6図)好防の自陣の歩
飛車の利きを止める▲7八歩が細かい手。7筋に飛車を呼んでおけば、後に▲4五馬と引く手が、いい感触として残る。
羽生は△6八角成の強行手段に訴える。金銀3枚の守りが健在なうちに、何かと攻めまくりたい。
▲3九金に△4七金と食いつかれ、藤井はかなり攻められているように見えても、プロであれば、直感でこれは凌げそうだ、と判断できる。
その第一弾が相手の飛車利きをかえさせる▲6九歩。二段目の竜を確保したい△5八竜には、そこで▲6八飛と合わせたのが好手。
飛車(大駒)は、なるべく遠くから睨みを利かす形にしたい。だが6八の歩がひとつの防波堤となり、後手の飛車の打ち込み可能なポイントは5八の一箇所。
次の手を見て、控え室では、ほぼ大勢決す、との断が下された。
6図以下の指し手
▲4一馬△同銀▲4九金打△5七飛成▲6二飛△5二金▲6一飛成△5一金▲同竜△3八金▲同金左△5一竜▲3一角△同玉▲4三桂(7図)△5二金をうっかり
バサッと▲4一馬と切り、返す刀で▲4九金打と守りの駒に打ち据えるのが好手だ。先手でこの金を打てるのは、先に相手の飛車を5八に限定させた効果。
羽生の飛車が三段目に行ったところで、検討陣が解散しかける。
△5七飛成にいったん▲4七銀と取り、△同竜に▲6二飛と打てば先手が圧勝形。
ところが本譜の▲6二飛では、ちょっと事情が違った。藤井は△5二金の合駒をうっかりしたという。どうやら、この将棋はすでに終わったと思い、集中力が少々緩んだようだ。
それにしても、羽生四冠を相手にこのいい意味でのふてぶてしさ、これが藤井将棋のひとつの長所でもある。
いったん▲4七銀であれば、勝ちを急がず手堅くまとめられたはず。飛車打ちを手順前後した本譜は、△5二金に▲6五飛成で銀を取ると、△4八歩と食いつかれて大変なことになる。
△5一金に▲7一竜と引き、仕切り直してゆっくり攻めるのも有力だったが、藤井はあくまで強気。強固な自陣の2枚金形を頼りに激しく羽生陣に迫っていく。
7図以下の指し手
△2二玉▲5一桂成△3二銀▲4五桂△6六角▲3三桂成△同角▲5二成桂△7五角▲6二飛△4六桂▲4二金△3八桂成▲同金△3九銀▲同金△同角成▲同玉△6六角▲2八玉△5八飛(8図)羽生が猛烈に迫る
▲5二成桂~▲6二飛~▲4二金は、いかにもゴツイ寄せ方。
藤井ガジガジ流の面目躍如だ。
△7五角での2分により、羽生は1分将棋。藤井は10分少々を残している。
藤井の攻撃のわずかな合間を縫って、羽生は猛烈に相手玉へと迫る。
(中略)
△6六角に▲2八玉とかわすが、迫撃の△5八飛に対して、3八に持ち駒の角金銀桂のいずれを合駒しても、△同飛成以下詰まされてしまう。▲1七玉も△3九角成以下詰み。
では8図の局面は、先手玉は果たして詰みなのか?
8図以下の指し手
▲4八歩△同飛成▲1七玉△2五金▲3二金△1二玉(9図)絶妙の中合い
絶妙の中合い、▲4八歩があった。△同飛成と取らせて▲1七玉と逃げれば、今度は△3九角成が消えている。
少し前から現地の大盤解説会に参加していた私は、この歩打ちにより、藤井が勝ちと宣言していた。
そんな中で、△2五金と空中に金が放たれた。えっ、何だ、これは!
控え室も解説会場も騒然とした。
出たか、羽生マジック!
9図以下の指し手
▲2八桂△4四角▲1八玉△3八金(10図)9図で▲2二金打と詰ましにいっても、△同角▲同金△同玉▲4一成桂△4二歩で、相手の飛車を4筋に呼び込んでいる関係で詰まない。なお、先手は金がもう1枚あれば即詰みにできる。
後手は場合によっては、2四~1五の脱出ルートを確保しているのが、△2五金のマジックたる意義。
しかし藤井も負けていない。△1六金打の詰みを防いで、▲2八桂が最善の受けだ。
(中略)
それでも△3八金と詰めろをかけた局面は、一見、羽生勝ちに見える。
しかし、藤井はさらに絶妙手を用意していた。
10図以下の指し手
▲3九銀△同金▲5三成桂(投了図)まで、135手で藤井竜王の勝ち。絶妙の銀捨てで勝つ
藤井がノータイムで放った▲3九銀が、大熱戦に終止符を打った絶妙の一着。
△3九同竜は、4筋から竜がそれるので▲2二金打から詰む。やむない△同金は詰めろが外れている。
▲3九銀の類の手は、次の一手問題などでは、よくある手稼ぎの手筋。
実戦で決め手として出現するのは、極めて珍しい。
熱闘135手。最後の一手まで全く気の抜けない素晴らしい将棋だった。
本局は、藤井竜王の「歩」が特に印象的だった。
稼ぎのテクニック、71手目の▲7八歩と81手目の▲6九歩。詰みを逃れる中合いの123手目の▲4八歩。
そして、何よりも輝いた9手目の▲1五歩。
藤井竜王、会心の一局ともいえる内容で羽生四冠に勝ち、1勝1敗の五分に。
今期竜王戦も、どうやら最後の最後までもつれそうだ。
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高橋道雄九段の観戦記がとてもわかりやすく、なおかつ、解説の一つ一つが勉強になって、自分の身についていくような感じがする。
冒頭の藤井システム論も非常に印象的だ。
昨日の田丸昇八段・編集長(当時)の自陣歩に焦点を絞ったコラムもそうだが、それぞれ棋士の個性が出ていて面白く読める。
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藤井猛九段の自陣歩で思い出すのは、2012年王位戦挑戦者決定戦の渡辺明竜王(当時)-藤井猛九段戦。(藤井九段の勝ち)
△4一歩(A図)が好手で、この手を境に藤井九段に流れが傾いたという。
以下、▲3二飛△6二金引…
△4一歩を▲同とと取ると、と金の働きが悪くなり手が遅くなる。
▲3二飛にもと金と消さずに△6二金引。たしかに一段目のと金は攻撃の邪魔になってしまう場合もあり、藤井九段の方針は徹底している。
藤井九段の自陣歩には、これからも目が離せなさそうだ。