「加藤先生、本日も天ぷら定食でよろしいでしょうか!」

近代将棋2002年7月号、泉正樹七段(当時)の「野獣猛進流 囲いの攻略法」より。

 それはそうと、二つに一つという場合なやんでしまうのが、うな丼かうな重かです。1500円ぐらいでどちらにするか迷ってる人けっこういますよネ。

 なにをかくそう猛進君もご多分にもれずにその一人なのですが、お酒を飲みながらのときはうな重、飲めないときはうな丼なんだろうな~と思います。しかし、飲まないときにうな重を食べなきゃいけないって法はないし、飲んでるとき、面倒だからうな丼でカッこんでしまうのも一つの方策です。

—–

近代将棋2002年7月号、泉正樹七段(当時)の「野獣猛進流 囲いの攻略法」より。

 さて、前号ではうな重かうな丼で悩んでおわりましたが、すばやく結論を申し上げましょう。

 うなぎが主役の場合→うな重

 ごはんが主役の場合→うな丼

 うな重の重箱というのは気品にあふれていて、フタを開く人もなぜかその瞬間だけは上品な顔立ちになり、ハシをつまむ姿にも風格が備わり、蒲焼きもていねいに切り離し口に運びます。

 ごはんは上のうなぎ様に敬意を表している程度がよいので、たいていはどこのうなぎ屋さんでもご飯の分量を少なくしています。

 うな丼を食べるときというのは、べつだん気品や風格などあろうがなかろうが関係ありません。どんぶりの中は蒲焼き2に対しご飯8ぐらいの割合。

 ご飯の量が多いとなれば、うなぎがいくら良質でもオシンコ同様おかずの存在。下品といわれようが野獣といわれようが勇猛果敢にたいらげるべきです。

 こういうようなことからして、対局時にはうな重の方が(無芸大食?)余裕がありそうにも見え好まれています。

 将棋会館から徒歩3分の「ふじもと」といううなぎ屋さんは猛進君の記憶が確かならば、会館誕生とほぼ同時期から始めていますから連盟とはとても深い間柄。

 夕食時に注文が殺到する理由は、てごろな量と値段(1600円)による所が大きいのでしょうが、やはり順位戦などの深夜に及ぶ体力戦ではスタミナ吸収が重要なポイント、半数がうな重を注文というすごいときもありました。

 そして、すごいといえば2100円のうな重の”上”を8~9年継続してこられたのは皆様ご存じ、加藤一二三先生。しかも昼食、夕食どちらもですから、話を肥大成長させる棋界スズメ達の計略とも思ってしまいますネ。

 ところがどっこい!これが本当に冗談みたいな驚天動地の真実で、塾生君の「加藤先生昼食の注文です」に対し「ワタクシは2100円のうな重をお願いします」といい放ち、この塾生君への対応をひたすら、寸分の狂いもなく続けてこられたわけです。

 加藤先生の将棋といえば、振り飛車には「棒銀戦法」。矢倉戦では「スズメ指し戦法」のみ。これで半世紀も第一線に君臨してきたのですから感動以外の何ものでもなく、こうと決めたら断じて突き進むのが加藤流なのです。

 うな重の前は7年ぐらい”天ぷら定食”で、その前もまた”天重”というぐあいで頑固一点張り。

 この記録は、なにかに克明に記されているわけではありませんが、野獣がこの目でしかと見とどけてきたのですから完璧な事実です。

”天ぷら定食”の時代、脇田栄一という塾生君がいて、スッパリした性格の彼は十数回目のときにいきなり「加藤先生、本日も天ぷら定食でよろしいでしょうか!」と気合い十分におたずねしたところ「ハイ、ワタクシは天ぷら定食をお願いします」と平常通り答えられ”あえなく敗れ去った”という話を脇田君はうち明けてくれました。これは意外に知られていないホントの話です。

 天重にも天ぷらにも負けない黄金のうな重時代により多くの棋士(ざっと50人ぐらい)が時々注文するようになりました。やっぱり、加藤先生の影響力は絶大なのです。

「ふじもと」はうなぎ以外にも、”かくし玉”があって、自主性豊かな丸山九段は”ヒレカツ弁当”が定番。最近筋肉隆々の”ボディビルダー丸ちゃん”が愛称として定着。ミネラルウォーターの驚異の補給力と合わせエネルギー源のお肉は絶対に不可欠。おそらく新陳代謝もバツグンなのでしょう。

 独自の居飛穴退治で”藤井システム”を天下にとどろかせた藤井九段も他人のマネは大嫌い。鳥丼というヤキトリ好きにはたまらない一品を確立。こちらはあまり必要以上にエネルギーを貯えない主義のようで、自身のシステム同様全てにおいて計算ずみで軽めのドンブリ。

 ただ、ちょっぴり暴露すると、羽生先生に竜王をもぎ取られてからは、「急に鳥丼たのむのやめちゃって、きつねうどんばかりなんですよ」と専任塾生の田中誠君はなにやら心配気味。

 この話をそばで聞いていた師匠の西村先生は即座に「なるほどネ~」とかいいうなずき、「そうなんだ、やはり竜王じゃなくなったんだからきつねうどんで正解なんだよ。人間には分相応というものがあるからネ。じっと我慢しなきゃならないときは長い人生には必要なんだよ」と柔らかい口調とは裏腹に言葉の意味は鬼のように手厳しい。これを聞いた誠君も猛進君も「ハァ~ハァ~」とただうなずくよりありませんでした。勝負の世界の厳しい一面を垣間見た思いですが、ここぞという急所の一番ではちゃっかり、鳥丼を所望しているようです。

(以下略)

—–

将棋棋士の食事とおやつのデータによると、加藤一二三九段は、2009年度まではうな重一筋の注文だったが、2010年度から特上寿司が増え、2012年度からは鍋焼きうどんなど麺類が採用されることも多くなってきているようだ。

—–

と、書いていたら、昨日の順位戦で加藤一二三九段が夕食に、「カキフライ定食」と「チキンカツ定食」を注文したとの情報が入ってきた。

加藤一二三九段にとって、カキフライ定食もチキンカツ定食も新手で、両方を一緒に頼むのももちろん新手となる。

—–

加藤一二三九段に「加藤先生、本日も天ぷら定食でよろしいでしょうか!」と正面から挑んだ脇田栄一奨励会員は、あえなく敗れ去ったとはいえ、その姿勢が見事だ。

脇田栄一さんは、1984年に長谷部久雄八段(当時)門下で奨励会に入会、1990年に初段で退会している。

脇田栄一さんは、現在、ラ・アトレ(JASDAQ上場の不動産販売会社)の代表取締役社長を務めており、指導棋士五段でもある。

経営者:編集長インタビュー 脇田栄一 ラ・アトレ社長 2014年9月23日号(週刊エコノミスト)

それにしても、脇田奨励会員の問いかけに対して全く何もなかったかのようにいつも通りの回答をする加藤一二三九段も、すごい。

 

コメントを残す