羽生善治名人のお母様「片山さん。善治のことを一番最初に褒めていただいたお礼を改めて申し上げます」

将棋世界1984年3月号、銀遊子さん(片山良三さん)の「関東奨励会報告」より。

 羽生善治(はぶ・ぜんじ)は1年1ヵ月の猛スピードで6級から初段までを突っ走った。55勝22敗、勝率0.714というハイアベレージである。9月で14歳になるが、それまでに三段にはなっているだろうというのが大方の見方。14歳四段は確実のようだ。

1図は入段後の初対局、対富岡三段の香落ち戦の終盤。

羽生奨励会1

 子供らしくない、ブ厚い将棋だという評判を聞いたが、1図から▲6五香打△6二金上▲3六歩と進めたことでなるほどと思った。以下も△9五歩▲4七竜△9六歩▲6三香成△同金直▲同香成△同玉▲5五桂△7二玉▲4二竜(2図)まで、危な気無い寄せで”大器”ぶりを見せつけた。秒読みにも全くあわてることのない落ち着いた対局態度といい、ケチのつけようのない超大物の出現である。

羽生奨励会2

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将棋世界1984年3月号から、奨励会に関する記事が充実されることとなり、関東は銀遊子さん(片山良三さん)、関西は神吉宏充四段(当時)が執筆を担当した。

今日の記事は、その第1回目の記事からの抜粋。

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羽生善治(はぶ・ぜんじ)と書かれているように、この当時は羽生善治初段(当時)は「ハブゼン」と呼ばれていたので「よしはる」という名前がほとんど一般的にはなっていなかったものと思われる。

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銀遊子さん(片山良三さん)から昨年の11月に、このブログへ次のようなコメントをいただいている。

 片山良三です。連日の拙文のご紹介、ありがとうございます。
 これが競馬の予想記事なら特大の配当はもちろん、部長賞ぐらいはいただけそうですね。原稿も遠慮がなくて元気がいい、なんて自分の文章にそういう感情を抱くようになったのは、年齢を十分過ぎるほど重ねたせいでしょうね。
 ひとつ思い出しました。羽生さんが7冠を独占したときだったと思いますが、たしか「Number」かなにかの企画で、八王子のご自宅に取材に伺ったときのことです。玄関先まで応対に出て来られた羽生さんのお母様が「片山さん。善治のことを一番最初に褒めていただいたお礼を改めて申し上げます」と、先に頭を下げてこられ、恐縮至極でした。
 私の「関東奨励会レポート」の数少ない読者のなかに、親御さんという大事な人たちもいたということをそのときに思い知ったというお粗末。若さを武器に遠慮なく書き飛ばしていたわけですが、逆に傷つけてしまったこともきっとあったのではないかと気づかされました。どれもこれも、懐かしいことばかりです。

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本当に素晴らしいお母様だ。

前年の将棋世界7月号で、奨励会幹事の滝誠一郎六段(当時)が羽生善治3級(当時)の棋譜を紹介しているが、羽生奨励会員のことが折に触れ取り上げられるようになったのは銀遊子さんの「関東奨励会報告」(4月号から「関東奨励会だより」、1987年1月号から「関東奨励会レポート」と改名)が歴史的には初めて。

羽生名人のお母様が「善治のことを一番最初に褒めていただいた」と言っているのは、今日取り上げている記事についてのみならず、羽生奨励会員が四段になるまでの間に「関東奨励会だより」に片山さんが書かれたこと全てを指しているのだと思う。

「関東奨励会だより」で書かれた羽生奨励会員の記事はこれからも紹介していきたい。

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片山良三さんは、2013年1月に行われた第25期竜王就位式で、渡辺明竜王(当時)に祝辞を述べられている。

第25期竜王就位式2(竜王戦中継plus)

 

 

「週刊誌で見ましたよ。わたしのことを書いてくれていますね」

将棋世界1983年2月号、故・能智映さんの「棋士のたのしみ」より。

 半年ほど前だったか、『週刊現代』のグラビアで”勝負師たちのちょっといい表情”の解説文をたのまれたときにはまいった。

 将棋記者として書いてはみたい。しかしだ、永年にわたって棋士を撮り続けてきたカメラマンの炬口勝弘氏、弦巻勝氏の写真は”ちょっといい”どころかあまりに露骨だ。

 芹沢をはじめ、周りのものに相談したら「なんでも頼まれたら、やる一手!」という。こわごわ書いたら、「もうちょっと刺激的に」と週刊誌のほうから注文がついた。商売で”文字”を売っている身だから当然なおした。だが、ゆるされなかったか。「もうちょっと手を入れていいですか?」と聞かれた。「いいよ」というのが、気にせず、気まぐれなわたしの主義だ。

 それでも、実は週刊誌の校了から発売まで気が気ではなかった。

 その雑誌が出たのは、ちょうど名人就位式の前日だったかと思う。加藤の謝辞も良かった。明るい席だった。

 見た人に文句をいわれそうだったので、やや逃げ気味だったのだが、そこで佐藤大五郎八段につかまってしまった。―少々恐れていたのだが、にこやかに話かけてきた。

「週刊誌で見ましたよ。わたしのことを書いてくれていますね」 ―けっこう、ごきげんな顔である。まだいう。

「ファンの人たちから、いろんな情報が入ってくるんですよ。でも、こんどはよかったですね。内藤さんの上にわたしがあって(誌面ではたしかに佐藤のほうが上になっている)、しかもファッションをほめてくれている。数十万円のベルベットの背広や、800万円の金時計はほんとですがねえ―」ときた。

 こういうときはあとのせりふにトゲがあるのが普通だ。また逃げ腰で聞いた。やっぱりぴしゃりときた。

「でもね、あとに”もっぱら池袋のキャバレーでもてている”ようなくだりがあったのは少しばっかり気になったよ。最近は高級クラブへ行くことが多いからね」

 いつきびしく詰め寄られるかと思ったが、それでも気のいい大五郎氏は笑顔をたやさない。ちょっぴり気取りながらいう言葉がよかった。

「それでもねえ、高級クラブなんて書かれちゃうと生意気に見えて、ファンから浮き上がっちゃうからね」。わたしもけっこう気を遣っているのだが、本人たちもこれほど細かく気を回しているのである。

 同じ就位式の日に花村元司九段もいた。対局相手を背にしてお金を勘定している写真が同じ週刊誌に出た。わたしはふざけて「どこの競輪場の配当ぞ?」と書いた。これもヤバイと思っていたが、「気にしなさんな、なにを書かれてもへっちゃらや。ハハハハハ」とふとっ腹に一蹴された。実は、まだ読んでいないらしいのが、いかにも花村らしいところだ。

 しかし、思わぬところでつかまった。真部一男七段である。これにはわたしもとまどった。自分が書いただけに、よく読んでいなかったが「男性が熱を上げる男性」のようなことが書かれていた。

「あれはひどいよ」と笑いながら抗議されたが、ほんとういって、わたしにはまったく身におぼえがなかった。真部はさらに、「女房に『やっぱりねェ』といわれちゃいましたよ」と詰め寄ってくる。

 そんな感じを真部から受けた気がぜんぜんないのだからおかしい。―調べてみると、担当者が文章をおもしろくするために、一部分書き加えていたのだ。よくあることだ。

 真部が笑いながら抗議していたので、これはそれほど気にしていなかった。ところが、こんどは当日家に帰ったとたんに芹沢から電話があった。

「あの週刊誌見たよ。うちのカミサンが怒ってるぞ!」というのだ。芹沢自身ならまだしも、和子夫人に怒られては、芹沢家に出入りできなくなってしまう。実際、あわてたが、ここは落ち着いて聞くべきだ。

「カミサンがテレビの”目方でドン”に出たとき、どんぶりめしを2杯喰って、出すものも出さずにハカリに直行した。屠殺場に向かうブタじゃあるまいし―、なんて書いただろ?あれでカンカンだよ」

 だが、いいわけさしてもらえば、それは芹沢自身の口から聞いた言葉だ。―ヤバイとは思いながら、次の言葉をまっていると、やにわに女の声に変わった。もう逃げる手だてはない。観念して聞くことにした。まぎれもなく和子夫人の声だ。

「いえ」といった。続いてどんな怒声が出てくるかと身構えた。

「うそですよ。わたしはこの人に怒っているんですよ。ほんとにそう思っているから、そんなことを人前でしゃべるんですよね」

 しかし、書かれている行動については、うそともほんとうともおっしゃらなかった。だから、わたしはまだ半信半疑でいる、などと書いたら、まだ電話がリーンと鳴るのか。

 いろいろと話題豊富だった。そのグラビアは異例ともいえる8ページ。だから、彼らは口をそろえていうのである。

「これだけ大きく取り上げてくれると、将棋界の宣伝に役立つね。これ、広告代にしたらいくらになるんだろうか?」

 将棋指したちの発想は、どこまでもユニークだ。

(中略)

 少々理屈っぽい話が続いてしまった。だが、将棋指したちはおおむねおおらかに応対してくれる。連盟の中でわたしが耳をそば立たせていると、だれもが「また書くんでしょ!」と明るい笑いを見せてくれる。

 内藤國雄王位など、対局の前夜や打ち上げの宴で神戸組の情報をいろいろとしゃべってくれて「これ書いちゃあかんで」「これは書いてええわ」などとサービスしてくれるし、中原誠前名人も「おかしいんだよね」などと話しかけてきて、ときどきおかしなネタを提供してくれる。

 ちょっと恐ろしかったことがある。大柄で坊主頭の小堀清一八段が、「あのうー」といって寄って来た。普段あんまり付き合いがないので、「こりゃあ、まずいな!」とさとった。その話の前にわたしは、この”棋士の楽しみ”の「将棋界はゆかいな動物園」の中で、小堀さんと33匹のネコ(?)のことを書いた。それへの抗議かと思って、一瞬たじろいだ。

 ところがである。あの白髪の温かみのある(見方がこう変わるから記者なんていうのは当てにならない)顔が、ぐっとほころんでいる。小堀、ゆったりと笑みを見せてこういうのだ。

「ありがとうございました。わたしのことをいろいろ書いていただいてありがとうございました」―明治の人だけにまことにていねいである。「いや」といってまた思う。―あの取材は小堀本人にはせずに、電話で妹さんにしたはずだが―と。気恥ずかしかった。

「ネコに代わって、わたしはお礼をいいますよ」と八段がいっているように聞こえたが、本気であることは、その顔に出ている。なぜなら、少し腰をひいた形のわたしには、小堀のやさしそうな顔と白髪が白ネコに見えたのだから―。

 すこし変わっているのは板谷進八段で、会うたびに「あんたは、ひどいことばかり書くから少々お世辞をつかっとかないかんわ」などといって、ループタイやネクタイ、ウイスキーなどをプレゼントしてくれる。―こっちが書かせてもらっているのだから、まったく立場は逆なのだが、田丸昇七段など、わたしを横目でじろりと見ながらいうのである。

「書いていただくだけでいいじゃないの!」

 もっとも、いつか中原に「週刊誌などにいろいろ書かれていやでしょうね」と聞いたら「いや、変なことが書いてありそうだと、見出しを見れば想像がつくんで読まないことにしているんです」とケロリといっていた。もっとも、対照的に妙に風変わりな人もいる。

「そうそう今週の『週刊◯◯』にわたしのことが出ていますから読んでおいてくださいよ」―ものにこだわらない米長だ。

 ところがである。冒頭に書いた事件のあと、ご招待に応えて米長家を訪問したら、意外なところから手ごわい抗議を受けた。

「どうぞ」という明子夫人の声に上がるやいなや、長女の喜美子ちゃん(中学1年)が「将棋世界」の前年9月号をかかえてきていうのである。

「ここにわたしと(林葉)直子ちゃん(4級)が先崎君(1級)をいじめた様子が書かれているけど、あれはちょっと違うんです!」

 助け舟が欲しいところなのだが、意地悪く明子夫人はニヤニヤ笑って素知らぬ顔。米長はむしろ逆に「怒れ、怒れ!」とけしかける始末だ。いっこうに漕ぎ出してこない。<あるいはこのためにわたしを呼び出したのか>と思えるほどきびしい追求だったが、これでいい。この可愛い抗議はうれしかった。彼女もわたしの文を読んでいてくれたのだから―。しかし、またもう一度、自らの仕事を見つめ直さなくては、と痛感したものだった。

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「薪割り大五郎」と呼ばれた故・佐藤大五郎九段。

棋風も豪快だったが、遊び方も豪快だった。

豪傑列伝(2)

この時代、池袋は現在とは違って、かなり場末のイメージで捉えられていた。

そういう意味では、「池袋のキャバレー」というのは、当時では「銀座のクラブ」「六本木のクラブ」の対極に位置する概念の店ということになる。

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故・花村元司九段もとても花村九段らしい情景。

棋士になる前の花村九段は博打全般を得意としていたが、1948年以降は、競輪のみが唯一の趣味の賭け事だった。

東海の鬼といわれて(前編)

東海の鬼といわれて(中編)

東海の鬼といわれて(後編)

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故・真部一男九段は当時の美男子棋士の代名詞だった。

「男性が熱を上げる男性」と書かれたのも、税金のようなものと言うことができるだろう。

古代的美男子棋士と近代的美男子棋士

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「将棋学徒」と呼ばれた腰掛銀の鬼・故・小堀清一九段。

内藤國雄九段、神谷広志八段など、棋士には猫派が多いような感じがする。

小堀清一九段と羽生善治四冠

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たしかに、書くということは、いろいろと難しい。

 

 

井上慶太四段(当時)「わしが12時に帰るっていうとるのに……悪いお人達や…」

将棋世界1984年9月号、神吉宏充四段(当時)の「関西棋士はどないじゃい 井上慶太四段の巻」より。

”花子さんは風邪をひいています。花子さんの家の前では牛がモウモウと鳴いてその横には蝶々が飛んでいます。さて花子さんはどんな病気でしょうか?”

 このナゾナゾを井上四段に出すと、彼は笑いながら「なんや!簡単な問題や。花子さんはモウチョウやー!」

 とにかくそそっかしい。初めに風邪といってあるのに……。

(中略)

関西のアイドル的存在

 井上慶太―昭和39年1月17日芦屋生まれの現在20歳である。血液型O型。奨励会入会は54年10月6級で、56年には初段、58年2月に四段とかなりハイペースで通り抜けた。若松六段門下で今をときめく谷川名人の弟弟子にあたる。

 とにかく愛くるしいマスクとかん高い声で皆から”ケイタ、ケイタ”と呼ばれる、関西のアイドル的存在である。

(中略)

よっしゃ!いったれ!

 いきのいい男である。彼は阪神の大ファンで、先日もTVで野球の試合をやっていた時、阪神の攻撃の番になるとじっとTVを見る。”佐野打ちました、ヒットです”と実況が入ると彼は、「よしよし」といって大きくうなずく。さらに”掛布フォアボールでランナー1・2塁です”に身を乗り出し、「よっしゃ!バースいったれ!ここで打たにゃ男ちゃうでー!」と叫び出す。ここで凡打なんかで終わると慶太、天を見上げ「あーあっこりゃバース、何やっとんじゃい!」と大阪弁丸出しで嘆く。これじゃ一体誰が野球をやっているのかわからない。

ゲームセンターで正座

 井上四段は対局中正座を崩さない。りっぱな対局態度で内藤國雄先生からも彼は強くなると太鼓判を押された逸材である。

 最初に見ていただいたようにそそっかしいのがやや玉にキズだが……それでも昨年の全棋士勝率ベスト10に入ったことで、その実力は知れよう。

 このように正座を通しながら戦う井上四段だが、実は対局以外でも正座をしている所を筆者は目撃した。その場所はゲームセンター。普通がゲームセンターはイス席なので正座でゲームをやっている人はいないのだが、井上君はイス席で正座する。

 これはまた傑作で「ケイタ、ゲームしよか」と誘うと最初、彼は意志が強く、「わしゃー今日はやめときますわー」というが、再三誘うと「そんなら1ゲームだけしましょか」と控えめにゲームセンターに入っていく。彼は1ゲーム終え、我々のゲームの終わるのを見ているが、私がマージャンゲームをやっていて失敗すると慶太「神吉さん、そこはこうでっせー」と助言してくれる。それではと「慶太、そんならちょっと教えてくれ」といってゲームを交代する。もうここで彼は、最初に言った”1ゲームだけ”はすでに忘れている。

「ほりゃ!こりゃ!どないじゃい」とゲームセンター全体に聞こえるような声でゲームをしだす頃には、ちゃんとイスに座っていた彼も、いつしかクツを脱いで正座で戦っているではないか。このまま放っておくと、いつまでもやっているから「慶太、そろそろ帰ろか」と言うと慶太先生残念そうな顔をして、「いやーもうちょっとだけ、あと1ゲームだけやりましょ」……

わしゃー困りまっせー

 慶太先生は、よく皆から酒に誘われる。しかし、酒をあまり好きでない彼は「わしゃー困りまっせー}となるべき辞退するようにしているが、兄弟子の谷川名人とか内藤先生なんかに誘われるとことわりきれず「ほんなら12時までということで」などといいながら飲みに行く。しかし鬼の先生方。慶太を帰すはずがない。「おい慶太、飲め!」と命令されしぶしぶ何かお茶を飲むように口の中で含んでグチュグチュさせて飲んでいるが、そのうち、酔いが回ってくると「ほんなら、一曲やりましょか!」と自らマイクを持って歌い出す。得意な歌は、沢田研二の”カサブランカ・ダンディ”。♪ボギーボキーあんたの時代は終わったー♪と目をつぶってマイクを上下に振りながら力唱する井上慶太を誰も止めることは出来ない。

 そして歌が終わって席にもどってくると今度は、「皆さん踊りましょ!ソレソレー」と今度はアワ踊りのような何かわからん踊りを踊り出す。これを内藤先生は”タコ踊り”と命名された。

 午前3時、嵐のようなひとときが過ぎ去り帰る途中、慶太先生も酔いがさめてきたようで、「わしが12時に帰るっていうとるのに……悪いお人達や…」

とにかく天真爛漫

 彼は本当に敵を作らない。いや、作らせないというか、とにかく彼を悪くいう人は絶対にいない、これは断言できる。

 奨励会の人からも親しまれているし、先輩の棋士からも可愛がられている。

 また勉強熱心でよく将棋会館で棋譜を並べている光景を見る。

 こんな天真爛漫な彼をファンの皆さん、どうか注目して見て下さい。きっと皆さんを楽しませる存在になることうけあいです。

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『カサブランカ・ダンディ』の歌詞は「ボギーボキーあんたの時代は終わったー」のところ、”終わった”ではなく”良かった”が正しい。

これは井上慶太四段(当時)が酔っ払って歌ってこうなったのか、神吉宏充四段(当時)が元々の歌詞をそのように覚えていたのか、ネタでこのように書いているのか、いろいろと想像ができて楽しい。

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神吉宏充七段が井上慶太九段のことを書いた初めての記事。

この後、井上九段は、神吉七段が書く記事に登場する常連となる。

この記事での予告通り、それだけ井上九段の面白いエピソードが多かったということになる。

井上慶太六段(当時)に訪れたパラダイス

井上慶太五段(当時)の悪夢

井上慶太七段(当時)「ワシ、こんなん一回でええからやってみたかったんですわ」

井上慶太六段(当時)の結婚

井上慶太六段(当時)の秘策

井上慶太六段(当時)のボヤキと嘆き

村山聖七段(当時)のボケと井上慶太六段(当時)のツッコミ

村山聖六段(当時)「井上先生、1回だけでいいんです。負けて下さい」

井上流運転技術

井上慶太五段(当時)の妹さん「ウソやろ」

「井上さん、ずっとそうしていなさい」

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写真: DSC_0174
この記事ではないが、当時の将棋世界に掲載された井上慶太四段の写真

 

 

2015年6月将棋関連新刊書籍

6月の将棋関連新刊書籍。

 

 

新・棋士と顔が似ている有名人集大成(六段編)

棋士とどの有名人が似ているか、六段編。

sokkuri?」では有名人同士の顔が似ているかどうかを投票形式で判定しており、その結果より、

  • 投票数がある程度多く(30票以上)、そっくり率が高いケース
  • 投票数は少なくても、とてもインパクトのあるケース

をピックアップ。

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矢倉規広六段

矢倉六段と似ているのは、

小倉隆史さん(名古屋グランパス・ゼネラルマネージャー補佐)

そっくりと思う:2票 似てないと思う:0票 そっくり率:100.00%

一瞬の妙技。

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窪田義行六段

「sokkuri?」の投票結果によると、窪田義行六段に似ているのは、

林修さん(タレント、予備校講師)

そっくりと思う:10票 似てないと思う:3票 そっくり率:76.92%

前回のそっくり率60.00%から票を伸ばしている。

ただ、二人が似ているとはなかなか思えない。

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勝又清和六段

「sokkuri?」の投票結果によると、勝又六段に似ているのは、前回の高木晋哉さん(ジョイマン)をそっくり率で上回った

久保田雅人さん(声優)

そっくりと思う:6票 似てないと思う:1票 そっくり率:85.71%

勝又六段にどれほど似ているかは、やはり微妙なところ。

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近藤正和六段

近藤六段に似ているのは、

山本一太さん(参議院議員)

そっくりと思う:22票 似てないと思う:16票 そっくり率:57.89%

前回と票数は変わらず、そっくり率はやや低いが、逃しがたいノミネート。

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佐藤紳哉六段

「sokkuri?」の投票結果によると、佐藤紳哉六段に似ているとされる有名人は多い。

中村悠一さん(声優)
そっくりと思う:328票 似てないと思う:101票 そっくり率:76.46%
永田実さん(フリーアナウンサー)
そっくりと思う:38票 似てないと思う:13票 そっくり率:74.51%
斉藤慎二さん(ジャングルポケット)
そっくりと思う:37票 似てないと思う:12票 そっくり率:75.51%
マキタスポーツさん(お笑い芸人・ミュージシャン・俳優)
そっくりと思う:23票 似てないと思う:9票 そっくり率:71.88%
竹中直人さん(俳優)
そっくりと思う:19票 似てないと思う:7票 そっくり率:73.08%

この中で最も似ていると思えるのは、斉藤慎二さん

斉藤慎二さんの一瞬の表情が絶妙。

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安用寺孝功六段

安用寺六段に似ているのは、

中田ボタンさん(漫才師)
そっくりと思う:28票 似てないと思う:11票 そっくり率:71.79%
阿南健治さん(俳優)
そっくりと思う:2票 似てないと思う:1票 そっくり率:66.67%

そっくり率では下回っているものの、阿南健治さんが絶妙に似ている。

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増田裕司六段

「sokkuri?」の投票結果によると、増田六段に似ているのは、

博多華丸さん(お笑い芸人)

そっくりと思う:3票 似てないと思う:0票 そっくり率:100.00%

気持ちは分かるが、どうだろう。

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村中秀史六段

村中六段に似ているのは、前回に続いて、

日村勇紀さん(バナナマン)

そっくりと思う:18票 似てないと思う:8票 そっくり率:69.23%

前回よりも少しそっくり率が上がっている。

口元がポイント。

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戸辺誠六段

「sokkuri?」の投票結果によると、戸辺六段に似ているのは、

水道橋博士さん(お笑い芸人、タレント)

そっくりと思う:3票 似てないと思う:0票 そっくり率:100.00%

なかなか難しいところ。

ところで、最近、ブログにあれっくすさんから、戸辺六段と中岡創一さん(お笑い芸人)が似ているとのコメントをいただいた。

かなりの説得力とパワーがある。

写真

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宮田敦史六段

宮田敦史六段に似ているのは、前回に続いて、

前山田健一さん(ミュージシャン・音楽プロデューサー)

そっくりと思う:74票 似てないと思う:27票 そっくり率:73.27%

大幅に投票数を伸ばし、前回同様、自信を持ってお勧めできる。

写真

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西尾明六段

西尾明六段に似ているのは、前回に続いて、

千原ジュニアさん(お笑い芸人)

そっくりと思う:16票 似てないと思う:8票 そっくり率:66.67%

そっくり率の割には意外と雰囲気が似ている。

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中村太地六段

「sokkuri?」の投票結果によると、中村太地六段に似ている上位は、

金田哲さん(お笑い芸人)
そっくりと思う:190票 似てないと思う:59票 そっくり率:76.31%
西野亮廣さん(タレント・絵本作家)
そっくりと思う:265票 似てないと思う:85票 そっくり率:75.71%
ローワン・アトキンソンさん(コメディアン、俳優、作家)
そっくりと思う:64票 似てないと思う:24票 そっくり率:72.73%

前回と同じ結論。やはり中村太地六段は中村太地六段だ。

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澤田真吾六段

「sokkuri?」の投票結果によると、澤田六段に似ているのは、

錦戸亮さん(関ジャニ∞)

そっくりと思う:10票 似てないと思う:4票 そっくり率:71.43%

髪型が似ていることが大きいのかもしれない。

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菅井竜也六段

「sokkuri?」の投票結果によると、菅井六段に似ているのは、

黒瀬純さん(お笑い芸人)

そっくりと思う:8票 似てないと思う:2票 そっくり率:80.00%

今後の推移を見守りたい。

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斎藤慎太郎六段

「sokkuri?」の投票結果によると、斎藤慎太郎六段に似ているのは、

能年玲奈さん(女優)
そっくりと思う:16票 似てないと思う:6票 そっくり率:72.73%
綾野剛さん(俳優)
そっくりと思う:13票 似てないと思う:5票 そっくり率:72.22%
平山浩行さん(俳優)
そっくりと思う:3票 似てないと思う:2票 そっくり率:60.00%
富坂聰さん(ジャーナリスト)
そっくりと思う:4票 似てないと思う:0票 そっくり率:100.00%

たしかに斎藤慎太郎六段には、綾野剛さんの雰囲気があるかもしれない。しかし、能年玲奈さんっぽくはないと思う。