「谷川君、実は彼女、僕の嫁さんやねん」

将棋世界1984年10月号、神吉宏充四段(当時)の「関西若手はどないじゃい 東和男六段の巻」より。

ここでぇの東

「ここでぇ…ぎぃんん」関西将棋会館の棋士室へいくと毎日といっていい程このセリフが聞こえてくる。

 そう東六段が棋譜を並べているのだ。一手一手ていねいに並べながら首をひねっている。「ぎんねぇ……」と駒台から銀を取り、2、3度カラ打ちして盤上に置く。私が奨励会員ととなりで練習将棋を指していると、またまた東先生、大きく目を見開きながら、「こおぉ!」と驚きながら棋譜に見入る「こおねぇ……」しばらくして駒を動かす。そんなに凄い一手が出たのかと見ると、それは普通の矢倉の定跡手順であった。

 この驚きながら棋譜を並べるのは東六段の得意ワザで、皆から”ここでの東”と呼ばれ、恐れられている。

堅実な棋風

 東和男六段。昭和30年生まれの29歳。血液型B型。四段昇段は51年で、以下55年五段、そして今年六段と実力通り着実に昇段している。受け六分攻め四分のじっくりした棋風で序盤から中盤までにポイントを上げて、そのまま押し切ってしまう感じのする将棋である。

東1

 1図は、先頃行われた昇降級リーグ戦で吉田七段との将棋。ここではすでに東六段がポイントを上げて有利に展開しているが、いざどう指すかというとむずかしい所。8分考えて東六段は△2四歩と突いたが、これが相手の意表をつく好手。先手から▲2四歩と合わせたい気がするのに、自ら門を開いた様な手。だが、これには深い読みの裏付けがあった。先手▲同銀と取ると△2七歩とタタく。以下▲同飛△4九角とし後手必勝。そこで△2四歩に対し、▲3六銀と引いたが、銀がサバけず、東六段の完勝となった。

名人をひっかける

 東六段にはみどりさんというきれいな奥さんと良君という男の子がいる。エピソードを一つ。東さんは奥さんとよく飲みに行くが、谷川名人が七段時代、筆者と飲みに行っていて偶然、お二人に会った。谷川先生に「こちらが東先生の奥さんのみどりさんです」と紹介しようとすると、東さんが「神吉君、嫁さんやというのは内緒にして近くのホステスさんやいうことにしとくで」そういわれたのでだまって見ていると、なんと谷川七段にみどりさんが「素敵な人ね、私の好みのタイプよ」とか何とかいってくどきに出た。谷川先生もまんざらではなく、話に花を咲かせている。それを見て東さんはニヤニヤしている。悪い御夫妻やなー。

 二人がいいムードになってきた時、東先生。機は熟したと見てか、スクッと立ち上がり、「谷川君、実は彼女、僕の嫁さんやねん」と言って目の前でチュッとキスし、笑いながら去っていくのであった。

 可哀想な名人。

ギザギザハートの……

 東さんは洋酒党で、おもに大阪のミナミに出没している。同門の脇六段とよく飲みに行くそうである。カラオケが大好きで、昔のクールファイブから今のチェッカーズまでレパートリーはかなり広い。

 歌のうまさは定評があり、得意な歌は”ギザギザハートの子守唄”とのこと。ミナミで会った人はぜひ聴いてみて下さい。

奨励会名幹事

 東先生が奨励会の幹事を引き受けてからもう2年半になるが、どうやらこの頃では東流の指導が実ってきたようで、実に充実して来た。森五段とのコンビも抜群で、これからの関西将棋界は、この二人の双肩にかかっているといっても過言ではない。がんばって下さい。

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どのような時も驚きながら棋譜を並べる東和男六段(当時)が絶妙だ。

どっきりカメラ風の展開も、たまらなく可笑しい。

31年後の日本将棋連盟常務理事が31年後の日本将棋連盟会長にドッキリを仕掛けたと思うと、もっと楽しくなる。

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「おとなでしたねえ。子どものころから人間が出来てました。落ち着いた人柄で……」というのが、東和男八段の神吉宏充七段の少年時代に対する評価。

24年前の関西若手棋士の七不思議