夜の脇システム

将棋世界1985年3月号、神吉宏充四段(当時)の「関西若手はどないじゃい 脇謙二六段の巻」より。

 脇謙二六段。昭和35年8月生まれの24歳。血液型O型、彼は関西関東どちらでも「お祭り脇」と呼ばれている。その「お祭り」ぶりを今回は彼の楽しい日常生活から取り上げてみよう。

ホストの……

 脇六段は、谷川名人の親友で、あの「秘技クイクイ」の必殺技を持つ西川慶二五段とも仲が良い。

 そこでこの3人とお酒を飲んだ時の話をしたいと思う。

 神戸の三ノ宮で電車を降りると、さっそく谷川名人の行きつけのスナックへ。店に入るとママさんがにこやかに迎え、脇君の顔を見て「あら、こちらホストクラブの方?」とたずねる。

 びっくりして「いえいえ」と言いかけた脇君を押さえるようにして我々「実はそうなんです。彼は大阪ミナミの店でナンバーワンのホストなんですよ」。ママさん「なるほど」。優しそうな表情の甘いマスクの脇君、見ようによってはそうみえる。本人もママさんに否定しないのを見るとまんざらでもなさそう。そこで、少年ジャンプの人気マンガ「北斗の拳」にシャレて「ホストのケン」と呼ぶ事にしよう。

出た!必殺背中叩き

 店に来てから30分、お酒も少し入り気分がよくなった脇君、西川五段の背中を「いやーはっはっはっ」と笑いながらポンポン叩いている。でた!これぞ必殺脇流の「背中叩き挨拶」である。これにはエピソードがあり、名古屋の「二日酔い攻撃」こと中山三段と飲んだ時、この挨拶をした。そしてまた東京で飲んだ時、「そおやなあ、中山さん、わっはっはっ」と背中をポンポン叩いた。ところが中山三段だと思って叩いた相手は何と!天下の勝浦八段だったのである。

勝浦八段と中山三段は鏡に写した姿ではないかと勘違いする程よく似ている。それでこうなったわけだが、考えただけで恐ろしい……。

 でも、今日は中山三段も勝浦八段もここにいない。思う存分「挨拶」する脇君であった。

キングコング脇

 それから30分過ぎ、かなり酒の入った脇君、ググッと胸を張り「ウォー」と雄叫びをあげ、両手でドンドンドンドンとキングコングのように胸を叩く。

 何事かと思って見ていると「さあ、調子が出て来たでー」ともう一度雄叫びをー。

 びっくりしたのはママさんで、脇君の所は酒を作らず避けて通るのであった。

神田川脇

 それから30分。すっかり出来上がった脇君、「一曲いきましょう」とマイクを取り上げ♪あなたはもう忘れたかしら赤いて♪と得意の「神田川」をー。

 びっくりしたのはまたまたママさんでいきなり歌われたもんだからあぜん、それでも恐る恐る拍手をすると、真っ赤な顔で脇君「ウオー」とまたまた雄叫び、キングコング脇が……。

お手!

 それから30分、もう何も怖くなくなった脇君、もう名人であろうが何であろうが構やしない。谷川名人に向かって「谷川さん、お手!」とイヌのようにお手を催促するのであった。

 いきなり言われたもんで名人、思わず手を出してしまい、あとでしまったと残念がる。全く付き合う方も付き合う方であるが、付き合わなければ「背中叩き挨拶」が飛んでくるので仕方なかったか。

 谷川名人に「お手」をさせた脇君「んがははは」と豪快に笑い、またもや胸をドンドンドン。

怖いものなしの脇

 スナックから帰る時も凄い。道を歩いていて信号が赤なので「脇君、信号やで」と注意すると彼は右手を高々とあげてグルグル回しながら「ほれ、信号信号!」と叫びながら歩く。私が「ちゃうちゃう、赤や赤」と言うとまたまた「ほれ、あっかあっか」。

 帰る途中、名人と私がゲームが好きなので、みんなでゲームセンターに寄ってマージャンゲームをしていると脇君、そばに寄って来て「ほれ、イーピンイーピン!」とにぎやかにお祭り。隣の客が「うるさい!」と怒ると脇君「ヒェー、わっるい、わっるい」とグルグル両手を回しながら謝る。本当に楽しい酔っぱらいだ。

任侠道脇

 私はこんな楽しいお酒の飲める脇君が大好きである。彼の一本気の性格もうらやましい。そういえば彼は仁侠映画の大ファンで「仁義なき戦い」シリーズの事を喋り出したら止まらない。そんな映画を見たあとは自分が主役になったつもりなのかコートの衿を立て「フッ、寒いぜ」。

人望脇

 いいヤツである。約束はきっちり守るし、物事の道理もしっかり筋を通す。そんな人間性を買われてか、関西の野球部「シルバーズ」の幹事になった。そしてそれまであまり勝てなかった野球部を見事に立て直し、今では常に勝ち越せる実力をつけさせた。これもひとえに彼の熱心さの成せる技であろう。

文句言い三人衆

 その野球での話。彼は将棋連盟の「原」と自分で言っている。そこでいつもベンチに引っ込められる若手三羽ガラスと言われている井上四段、伊藤四段、そして私神吉の3人が脇君にやじを飛ばす。例えば井上四段「おうおう、わしらが2打席凡退したら引っ込められんのに誰かさんは3打席凡退でも出てまっせ、おかしいやないか」と3打席凡退の脇君を責める。そして伊藤四段「僕、今日奈良から朝5時に起きて出て来たのにひどい思いません」そして私「今度凡退したらわしらと代われ」と変な声援。

 ま、こんなうるさい3人組がいるのだから脇君も大変やな、同情しまっせ。

(以下略)

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ある日の夜の脇謙二六段(当時)。

たまたま少し酔っ払った時のことを書かれて気の毒だな、とはじめは思ったのだが、よくよく読んでみると、「背中叩き挨拶」は定跡手順のようだし、キングコングのように胸を叩くのも慣れていなければできないことだし、もしかすると、この頃の脇六段にとっての典型的な夜だったのかもしれない。

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私も「広島の親分」を書く時には、「仁義なき戦い」関連のことをかなり詳しく調べている。

脇謙二八段と飲みながら「仁義なき戦い」について語り合い、背中を何度も叩かれてみたい気持ちになってくる。

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「北斗の拳」にかけての「ホストのケン」は、なかなかの傑作だと思う。

試しに調べてみると、漫画家の芹沢由紀子さんが「ホストの拳」という作品を発表している。

時代を超えて、神吉宏充四段(当時)と美貌の女性漫画家が同じ言葉を考えつくところが面白い。

 

 


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