村山聖五段(当時)「この4人のうち、一人でも居なかったら現在の僕は存在しなかっただろう」

将棋世界1988年5月号、村山聖五段(当時)の「昇級者喜びの声(C級2組→C級1組)」より。

将棋世界同じ号より。

 (死んだ)……そう思った。

 人の声も自分の声も遠い世界の声に聞こえた。

 そしてそれから2、3週間は自分が何故生きているのか解らなかった。悲しみや苦しみしかなかった。

 今期の順位戦は対戦相手の表が出来た時は降級点を取らなければ良いと思っていました。

 しかし1局目、4局目と負けを覚悟していた将棋を勝ち、もしかしたらと思う気持ちが今期しかないという思う気持ちに変わっていきました。

 そこで悪夢の様な出来事が起きました。対有森戦の敗戦。その時点で僕の上位には10人位、うちの3人が全勝でした。

 多分駄目だと思いました。残り全部勝っても昇る可能性は薄い、そして残り5局を全部勝つ保証は全くない。

 気が狂いそうだった。

 6局目、7局目と苦しい将棋を勝ち、少し考え方が変わった。残り3局を勝ち頭ハネになってもそれは運命、誰かに負けて昇れなくても仕方がない。

 僕がC1の実力なら昇段出来るし、そうでないなら……と思っていた。他人の星ばかり考えても仕方がない。まず自分が勝たなくては、そう思いました。

 8局目の将棋は少し苦しいと思っていた局面が結構難しく、なんとか辛勝しました。この時に1敗者が次々と2敗になったので可能性は高くなりました。しかしまだ他力です。

 そして9局目に悪い将棋を勝った時に自力になりました。

 まさか自力になるとは……追う感覚が長かっただけに少々とまどいました。

 最終戦、これに勝てば昇段です。負ければ昇段は絶対ありません。

 対局数週間前から悔いのない将棋を指したいと思っていた。ああやれば、こうやれば良かったという将棋は指したくなかった。そしてもし負かされるのなら心から負けましたと言える様な将棋を指したかった。

 僕の原形を造ってくれた両親、そしてDr.の山本先生、師匠の森(信)先生、この4人の内、一人でも居なかったら現在の僕は存在しなかっただろう。

 その事を恩や感謝という安易な言葉に代えたくない。

 この僕に応援して下さっている方が居るとは思えませんが、もし居るのなら、その数少ないファンに敬意とお礼の気持ちを述べさせて頂きます。

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今日、8月8日は村山聖九段の命日。

「その事を恩や感謝という安易な言葉に代えたくない」という言葉が非常に心を打つ。

これほど思いのこもった言葉があるだろうか。忘れることのできない言葉だ。

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村山聖四段(当時)が対局数週間前から悔いのない将棋を指したいと思っていた最終局。

将棋世界同じ号、池崎和記さんの順位戦C級2組レポート「村山、一期で昇級」より。

 昇級の「本命」と見られていた羽生と泉が、一足先に第9戦で昇級を決めたので、残るイスは一つだけ。ところが、もう一人の本命・森下は、同じ第9戦で飯田に敗れて痛恨の2敗目を喫してしまった。

 代わって急浮上したのが、下位ながら、ただ一人1敗を守ってきた村山だ。開幕前には「村山や佐藤の位置では1敗でも危ないんじゃないか」などとささやかれたものだが、さすがに順位戦である。どんな位置にいようと、コツコツと頑張ってきた人には、それなりのチャンスが与えられるものだ。

 村山に「自力昇級」のかかった最終戦。3月8日に関西将棋会館で行われた。相手は今期絶好調の井上で、本局前まで何と11連勝。

 村山も負けてはいない。こちらは目下9連勝。一時、大スランプに見舞われていたが、いつのまにか克服した。本来の調子を取り戻したときに昇級の大一番を迎えられたのは幸運だったといえる。

 勝てば昇級―。負けると2敗の森下や日浦に目が出てくる。井上だって、かすかだがまだ望みは残っているから(村山に勝ち、森下、日浦の二人が負けると昇級)絶対に負けられない勝負。

 1図。後手玉は原型をとどめていないけれど、もともとは矢倉穴熊である。村山が大胆な端攻めを敢行して、こうなった。

村山井上1

 いま井上が飛車取りに△4三歩と打ったところ。△4三歩で△6七金なら千日手の公算大だったが、井上は形勢良しと見ていたから自分のほうから手を変えたのだった。

 村山はここで▲1四歩―。以下△2二銀▲7四飛△5六角▲6八金打△5九竜▲6五銀△2九角成(2図)と進んだ。

村山井上2

 △2二銀で△4四歩と飛車を取ると、▲1三歩成△同玉▲1六香以下、井上玉に必至がかかる。

 2図。井上はここでも「指せる」と思っていたらしいのだが…。▲1三歩成△同銀▲1四歩△2二銀▲5四飛(!)。

 最後の▲5四飛がうまい手で(井上の読みから抜けていた)、井上はこのとき初めて自分の劣勢を悟ったのだった。

 井上が投了したのは▲5四飛から18手後のこと。井上は千日手にしなかったことを悔やんだが、時すでに遅し。総手数117手。終局は午後10時57分。村山はわずか1期でC2を駆け抜けた。