2015-08

タイトル戦の食事

第56期王位戦第3局対局場「六園荘」

王位戦第3局は、北海道釧路市の「六園荘」で行われる。→中継 「六園荘」は、大阪の商人で後に釧路に永住した中西六太郎の、明治38年に建設された住宅。 中西六太郎は弘化4年(1847年)に大阪府豊能郡池田町で生まれいる。当初は大阪と函館の間で商...
自戦記

内藤國雄九段「何をバカなことを言うか、谷川はそんな男ではない!」

将棋世界1988年5月号、内藤國雄九段の「自在流 スラスラ上達塾」より。  いつのことだったか、A級の定員が11名だった年、リーグ終盤に入って全員指し分けに終わるかも知れぬという、奇妙な事態の生じかけたことがあった。  皆が5勝5敗の同成績...
自戦記

谷川浩司王位(当時)「この連載自戦記では、私はいつも肩書きで統一しているのだが、今回だけは先生と書きたい気分である」

将棋世界1988年4月号、谷川浩司王位(当時)の連載自戦記〔A級順位戦 対内藤國雄九段戦〕「全力で戦った一局」より。  問題図は、△2四歩▲同歩△2二飛▲2八飛△2四角までの局面である。  後手の次の狙いは、もちろん△5七角成ではなく、△5...
インタビュー・対談

夜の脇システム

将棋世界1985年3月号、神吉宏充四段(当時)の「関西若手はどないじゃい 脇謙二六段の巻」より。  脇謙二六段。昭和35年8月生まれの24歳。血液型O型、彼は関西関東どちらでも「お祭り脇」と呼ばれている。その「お祭り」ぶりを今回は彼の楽しい...
棋士のエピソード

「谷川君、実は彼女、僕の嫁さんやねん」

将棋世界1984年10月号、神吉宏充四段(当時)の「関西若手はどないじゃい 東和男六段の巻」より。 ここでぇの東 「ここでぇ…ぎぃんん」関西将棋会館の棋士室へいくと毎日といっていい程このセリフが聞こえてくる。  そう東六段が棋譜を並べている...