大野流▲4六金戦法退治

1月30日に行われた岡田美術館杯女流名人戦〔里見香奈女流名人-清水市代女流六段〕第3局で、里見女流名人の中飛車に対し清水女流六段が△6四金戦法(先手なら▲4六金戦法)を採用した。

女流名人戦第3局中継

▲4六金戦法は、中飛車に対して用いられる居飛車急戦で、加藤治郎名誉九段が創案した戦法。私の記憶が確かならば、香落ち下手番用に編み出されたものだと思う。

1972年の名人戦第7局、中原誠十六世名人が初めて名人を獲得した一局が、中原挑戦者の中飛車に対する大山康晴十五世名人の▲4六金戦法という戦型だった。

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今日は、▲4六金戦法の狙い(魅力)を十二分に引き出した加藤一二三八段(当時)と、▲4六金戦法を真っ向から迎撃した振り飛車名人・大野源一八段(当時)の一戦を見てみたい。

1961年の九段戦、加藤一二三八段-大野源一八段戦。

〔初手からの指し手〕
▲7六歩△3四歩▲2六歩△4四歩▲2五歩△3三角▲4八銀△4二銀▲5六歩△5四歩▲6八玉△5二飛▲7八玉△6二玉▲3六歩△7二玉▲5八金右△8二玉▲5七金(1図)

大野加藤1

▲5七金が▲4六金戦法の出だし。

〔1図以下の指し手〕
△4三銀▲4六金△7二銀▲3五歩(2図)

大野加藤2

加藤一二三八段は▲3五歩から早速の開戦。

振り飛車側はもちろん△同歩とは取らない。△同歩▲同金△3四歩に▲2四歩とされてもイヤだし、▲3六金とじっくり引かれても超つまらない。銀と違って金なので重厚感が違う。

〔2図以下の指し手〕
△3二飛▲5五歩(3図)

大野加藤3

▲3五歩から▲5五歩と行く。銀で攻めると△4五歩からの反発が気になるところだが、金なので心配がいらない。

〔3図以下の指し手〕
△同歩▲同金△5二金左(4図)

大野加藤4

△5二金左のところ、△3五歩だと▲3四歩が厳しい。

△3四同銀は▲4四金で後手が壊滅状態になるので△2二角か△4二角しかないが、△2二角は▲2四歩、△4二角は▲4四金で先手が快調。

そういうわけで、後手からは△3五歩と取りたくない。

〔4図以下の指し手〕
▲2四歩△同歩▲9六歩△5四歩(5図)

大野加藤5

それならばと、先手は▲2四歩から飛先を軽くしておいて、▲9六歩と手待ち。場合によっては▲9七角と出る味も含んでいる。

ハラハラするような場面なのだが、後手に動いてもらった方が先手の攻めの効果がもっと出るし、後手も先手に動いてもらった方がより強く反発できるので、一瞬の静寂。

後手は△5四歩から先手の攻めを催促する。

〔5図以下の指し手〕
▲3四歩△2二角▲2三歩(6図)

大野加藤6

ここから局面が大きく動き始める。

▲2三歩まで、先手の攻めが決まったかに見えるが、むしろ、後手が先手の攻めを呼び込んでいるような展開。

ジャイアント馬場がフリッツ・フォン・エリックのアイアンクローを真っ向から受けているような展開か。

〔6図以下の指し手〕
△3一角▲4四金△同銀▲同角(7図)

大野加藤7

居飛車側がうまく攻めてきたが、ここから振り飛車側のターンとなる。

〔7図以下の指し手〕
△3四飛▲1一角成△6四角▲3七歩△3六歩▲5五歩△3三桂(8図)

大野加藤8

△3四飛が気持ちの良い手。あっという間に後手は石田流風の布陣になった。

▲1一角成の時に、ついつい△3八金のような筋悪の手を考えてしまうが、▲3七香あるいは▲3五歩のような手があって幸せにはなれないのだろう。

ましてや神業の捌きの大野八段がそのような手を指すはずもない。

〔8図以下の指し手〕
▲3六歩△5五角▲4六銀△9九角成▲3五歩(9図)

大野加藤9

▲3五歩で後手は絶体絶命に見えるが、ここからの数手が大野八段の真骨頂。振り飛車党にとっては鳥肌が立つような感動の手順が続く。

▲3五歩のところ、▲3五銀、▲3五香、▲8八銀も考えられるが、これはこれで一局なのかもしれない。

〔9図以下の指し手〕
△2五香▲2六香△同香▲同飛△4四馬(10図)

大野加藤10

言葉も出ないほど。本当に神の領域だと思う。

〔10図以下の指し手〕
▲3六飛△2五金▲3九飛△3五金▲同銀△同飛(11図)

大野加藤11

とにかく飛車交換は居飛車側が不利。△2五金から一気に捌けた。

振り飛車の醍醐味が凝縮されている。

〔11図以下の指し手〕
▲3七銀△6四香▲6八金△5六銀▲5八金打△4六歩▲同歩△4七歩▲3六銀△6五飛(12図)

大野加藤12

先手玉のコビンの6筋に後手は戦力を集中する。

〔12図以下の指し手〕
▲6九香△3二歩▲2二歩成△6七銀成▲同金直△同飛成▲同香△同香成▲同金△6四香(13図)

大野加藤13

飛車損の攻めだが、△4八歩成が約束されているので攻めが繋がる。

この後も見応えのある応酬が続き、146手で大野八段が勝っている。

振り飛車党にとってはたまらない一局だ。