将棋世界1999年8月号、第57期名人戦七番勝負第7局「ツキに恵まれたシリーズ」より。佐藤康光名人(当時)の自戦解説、記は野口健二さん。
―▲7六飛を指すところでは、投了するのでは、という声も出ていました。
佐藤 正直に言うと、1分将棋で10数手続いていて、時間に追われて取りました。確かに、5分か10分眺めていれば相当敗勢の局面です(笑)。ただ、対局中は負けだとは思っていましたが、まだ投げる局面ではないと。にぶかったのが、かえって幸いしたのかもしれません。谷川先生も突然勝ちになってビックリされたのでは。終盤、何回も間違えて勝ちを逃していたので、あの将棋はツキがあったとしか言いようがありません。
(中略)
佐藤 今期は、先手番の時の方が悩みました。谷川先生は、後手番では横歩取り、四間飛車を多用されていますが、あるいは矢倉もあるかもしれないと、展開が読めませんでした。後手番なら角換わりと決めていました。実は第3局と第4局の間に、初手を▲7六歩と▲2六歩のどちらにするか、相当悩んだんですが、第4局に負けた後、あまりに阿呆らしいことに気付いて、悩むのはやめました(笑)。
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将棋世界1999年10月号グラビア「第57期名人就位式」より。
第57期名人就位式が7月26日、東京都千代田区の如水会館で、師匠の田中魁秀八段をはじめ300名の出席者を集めて盛大に行われた。謝辞に立った佐藤康光名人は、「今期の名人戦はツキがありました。特に第6局の▲7六飛が話題になりましたが、私としてはもっといい手で褒めてもらいたかったです」とユーモアで場内を沸かせた。
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▲7六飛は、「助からないと思っても助かっている」ではなく、「あきらめたらそこで試合終了だよ」という言葉がピッタリとくる一手だ。
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もし第4局に佐藤康光名人が勝っていたら、第5局と第6局の間にも初手を▲7六歩と▲2六歩のどちらにするか真剣に悩んでいたはずで、そのようなところが佐藤康光名人の真骨頂の一つであると思う。