100人中95人以上が「何もそこまでしなくても…」と思う話

将棋世界1981年4月号、能智映さんの「ベストドレッサーの条件」より。

「ヴァチカン展」に豪華絢爛たる王杯が出品されているのを見て圧倒された。

 黄金に輝くカップには、315個のダイヤモンドが散りばめられていた。これは、時価いくらぐらい?などと値踏みするのは、やはり貧乏性か。

 だが、将棋界でも、そこまで行かないまでも、ダイヤを散りばめたゴージャスな装飾品を身につけて、「どうじゃ!」と威張りくさっている男がいる。

 先輩の芹沢博文八段にも「あいつのサイフは、真っ直ぐに伸ばして立てても、立派に立つんだよ」と実力を高く評価されている”名古屋のプリンス”板谷進八段が、その人だ。

 夏の盛りだった。NHKの小谷ディレクターから「将棋番組」の聞き手を頼まれた。将棋の力にあまり自信のない私は「聞き役ってのは、ただ聞いているだけの役なんでしょ?」などとふざけながら、その相手の解説者を聞いてみると、「板谷先生のご指名です」とのことだった。

 彼なら、私の棋力をよく知っているので、難しい局面になって「ここで、どう指す?」などと意地悪な質問はしない。―そう読むと即座にOKした。

 ところが、暑い夏のこととて、フォーマルにネクタイで首を絞めるのはつらい。女房に「天下のNHKでも、ネクタイでなくてはいけないというわけではないだろう」と相談して、当世流行のループタイ、しかもある芸術家からもらった少々シャレたデザインの逸品を首にぶらさげてスタジオに入った。当然、「こんなにナウい出演者はいない」と主役のような気分だった。

 するとどうだ!解説者の板谷も「NHKさんには悪いかもね」とかいいながら、ループタイのスタイルで現れた。そして、こういうのだ。

「これ純銀製だよ。ようく見てよ。後手が5四角と打って、先手が3八角と打ち返したところだ」

 なになに?とよく見てみると、四角い銀のかたまりは将棋盤で、その上にきらきら光るダイヤが40個も散りばめられている。凝ったことに、そのダイヤは駒、なんと”棒銀定跡”の途中図なのである。

 ローマ法王の王杯のダイヤが何カラットのものかは知らぬ。しかし、この”名古屋の法王”のダイヤが、もし 屑ダイヤだとしても我々庶民には手の届かぬループタイであることはたしかだ。

(中略)

 板谷が突然、発狂したかのように剃髪して上京してきたことがある。あのトレードマークのナマズヒゲもない。 どうしたのか?と聞くと、いたって単純「ドラゴンズがあまり弱いんで、アマタに来て”全て”を剃ってしまったんだ」との答え。そして、ヒゲのないナマズはにやにやしながら、「はえかけは、かゆいねえ」と口先をなで回す。「そんなもんかなあ、鼻の下がかゆいの?」とマジに問い返してみると、「いや、違うんだよ。あんまりアタマにきたんで、全ての毛を剃っちゃったんだよ」と。

 将棋指しというのは、どうしてこう乱暴をするのか。奥さまもびっくりの話だ。

(以下略)

——–

”東海の若大将”と呼ばれた故・板谷進九段。

ドラゴンズの不甲斐なさに、頭と髭を剃るところは若大将らしい行動だ。

それ以外の部分も剃ったことについては明らかに指し過ぎと思えるが、その思い切りの良さは、若大将の面目躍如といったところだろう。

それにしても、髪の毛と髭は理容店へ行けば剃ってもらえるが、それ以外の箇所は原則的には自分で剃らねばならず、よく実現したものだと思う。

(弟子への愛情が深い板谷進九段)→東海の若大将

——–

全ての毛を剃る、と言った場合、一般的には眉毛は含まれないことが多い。

これは、眉毛を全て剃ると人相が一変するからで、男性の場合だと、ほとんどの人がヤクザっぽく見えてしまうという傾向がある。

——–

眉毛を剃って迫力を増した事例としては、『仁義なき戦い 代理戦争・頂上作戦』での梅宮辰夫さんが有名だ。

梅宮さん演じる明石組幹部のモデルとなっている人(当時の山口組若頭)の眉毛がもともと非常に薄かったことが、そのような役作りをする発端となったようだ。

撮影当初は、眉に溶いた蝋を塗って眉がないように見せていた梅宮さんだったが、照明などに当って蝋が溶けることがしばしば。

その度にメイクを直すのは面倒だとして、梅宮さんは眉を剃る決心をしたという。

当時、1歳くらいだった梅宮アンナさんは、眉のない父の顔が怖くて、いつも泣いていたと伝えられている。

当時の梅宮辰夫さんの姿は、以下の映像で一瞬見ることができる。

とにかく、凄い迫力。