絵に描いたような異色の棋士

将棋世界1981年2月号、清水孝晏さんの「噂のキャスター」より。

 時代とともに棋士たちにも洋服党が増えてきた。それにつれオシャレというか身だしなみも様になり、どこかのモード雑誌に、モデルとして出るとか出ないとかの噂もある。

 ダンディの随一は、目下歌手と兼業で多忙の内藤國雄九段。深夜にどこかでビデオ撮りしての帰りか派手なステージ衣装で現れたかと思うと、翌日の対局には地味な背広と、こちらのほうも千変万化。外見だけでなく、そこは港町神戸っ子らしく背広のすき間からマーククロスのバックルがちらりとのぞく。

 マーククロスといえば勝浦修八段も早くから愛用し、我こそはオシャレっ子と自認していたようだが、内藤九段が現れるとはちょっとシャクのタネ。勝浦八段は将棋の他に連盟理事を兼ねているが出勤にはいつもイタリア製のアタッシュケースを携行、どこかの商社マンと見違えるほどスマートだ。

 そうした中でもひときわ異彩を放つのは佐藤大五郎八段。なにしろ「普段着です」と、こともなげにいう背広が35万。そして「オシャレは目立たないところにするものだ」とのたもうて、ベルトが80万、ネクタイピンが100万。いずれもダイヤがキラキラしている。それに加えてオーディマピゲの腕時計が480万。

 これには相手が「金銀とダイヤで攻めてこられる思いだ」とあきれるばかり。その大五郎八段が、どうしたことか対局室をはって歩いている。

「アンマにもみ殺されそうになった―」とボヤけば、やっかみの外野は「あんまりキンキラキンだからだ。もう少し頭のほうにも金をかけてもらいたいよ」とくさすが、それでも勝つ根性はさすがプロだ。

 この人のデビューは昭和28年16歳でアマ名人戦北海道代表となって決勝まで勝ち進んだことにはじまる。その翌年、プロの養成機関の奨励会に入ったが、少年のクセに不遜だということで人にいわれぬ苦労をした。新宿でオデンの屋台を引いたのもこの時期で「八段になってお金を残して故郷の山を買う」が、口グセだった。

 対局中に突然「詰みだー」と大声を発して駒を力まかせに打つことから薪割り大五郎と称される。一見粗野のように思われているが、その実、いたって気はいい。大仰にいうのも駄々っ子が甘えて気を引くに似ている。

 ずいぶん前の棋聖戦で中原誠名人を相手に鬼殺し戦法を用い、10手で投了して、一時出場停止かとさわがれた。が、本人は、「鬼殺し戦法は私が本に書いているので参考までに指してみようと思っただけ。詰みまで読んで勝てないと思ったので投了したんだけど―」「人間だから失敗もありますよね」と助け舟を求めていた。

 この人、一つの信念があるようだ。事務所を構え、大山十五世名人につぐ35冊の単行本を出し、酒も呑まないのにキャバレーにいき、かと思うと「お金は使わなければたまる」とのたもう。まさに異色の棋士といえよう。

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「噂のキャスター」は、清水孝晏さんが小説現代に連載していたコラムの中からピックアップされたもの。

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佐藤大五郎八段(当時)が10手で投了した将棋は、中原誠名人の鬼殺し退治の陣形が非常に参考になる。

最短手数の将棋

佐藤大五郎九段の代表的な名局も対中原名人戦。

佐藤大五郎九段自慢の一局

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佐藤大五郎八段の普段着のスーツが35万円。

将棋世界1981年4月号の能智映さんの記事によると、米長邦雄九段のスーツも35万円で「フィンテックス」の生地。3着も持っている。

ところが、1着あたりの値段で上には上がいた。

 勝浦修八段に「米長さんの背広は35万円もするんだよ」と話してみると、彼はいともあっさりと、こういってのけたものだ。

「そうですか。オレのほうが高いね。でも、茶色だから、おめでたい席には着ていけないんだ。茶は”茶化す”に通じるので、祝いの席ではおかしいんだってさ」―ダンディな勝浦のことだから、ほんとうにすごいスーツを持っているに違いない。しかし”茶色が茶化す”に通じるというのは本当かどうか。

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フィンテックスのような生地で、英國屋や壱番館で仕立ててもらうというのが、スーツの最高峰ということになるのだろう。

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同じく将棋世界1981年4月号の能智映さんの記事によると、時計の世界は次のような雰囲気。

 オシャレに、こんなきびしい採点をする河口は、生粋のハマっ子だ。子供のころからハマの”下町”の元町や伊勢佐木町の旦那衆を相手に将棋を教えてきただけに、身に着けているものが違う。

 この原稿の取材中でも、さりげなくテーブルの上に乗せた左手に、明らかにスイス製と思えるセンスのいい時計が光っていた。だが、シャレ者のならいとして控え目だ。

「いやいや、これは金張りですよ。でも佐藤大五郎君が持っている同じものは金製ですよ。こっちは約50万、向こうは100万円と大差なんだけど、見比べてみるとまったく変わらないんですよ。先日、二つを並べてみたら、やっこさんクサッていたね。もっとも、敵はもう一つ、プラチナゴールドのブレスレット付きのオーディマピゲの高級時計を持っているんですけどね」

 佐藤自身が語るところによると、このピゲの時計は、「いま、金やダイヤが値上がりしているので、800万円はするかな?」とか。

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セイコーとシチズンを行ったり来たりしていた私の腕時計人生からは考えられないような奥の深い高級時計の世界。

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佐藤大五郎九段の真骨頂は次のエピソードにも表れている。

豪傑列伝(2)

本当にあった禁断の盤外戦術(3)

朝から闘志が充満している対局室