囲いの中に入らない藤井猛九段

将棋世界2003年1月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。

 さて、今月はA級順位戦を主に取材したが、いずれもが、挑戦権を狙うグループに入るか、逆に降級を心配するグループに入るかの分かれ目の戦いだ。

 第一弾は、青野九段対藤井九段戦で、2勝2敗同士の対決。降級戦線に影響を及ぼす一戦だ。

 そういうこともあって、序盤から両者すこぶる意欲的。1図など、江戸時代初期の将棋みたいである。ただ、こういった流れは、藤井ペースで彼の長所(駒組を作るセンスのよさ)が生きる。

(中略)

 この間に4図となっていた。先手陣は飛角金銀の配置は申し分ないが、玉の位置が気になる。

 一方、後手陣も堅いが、角の利き筋の玉の位置がやはり気になる。だから△1二玉がよくある指し方なのだが、この日の青野九段は終始意欲的で、そんな平凡手を指さなかった。

4図以下の指し手
△6四歩▲7七桂△6五歩▲同桂△6四角▲7四歩△同飛▲同飛△同歩▲6一飛△7五角▲2五歩△6六角▲同銀△3三銀(5図)

 青野九段は、先手玉が不安定なうちに戦えば有利になる、のカンが働いたのではなかろうか。たしかめたわけではないがそんな気がする。

 そうして△6四歩と動いた。対して藤井九段は▲7七桂から、相手の手に乗る指し方で応戦する。やがて飛車、ついで角も交換され、一気に寄せ合いになったが、不思議なことに先手の玉が最善の位置にいる。もし、2八の定位置にいれば▲2五歩なんていう手は反動が怖くて指せなかった。そして、△3六歩がきつく当たる意味もある。成り行きだったとはいえ、玉の位置が優劣を決めた。

 結果論になるが、△6四歩では△1二玉とし、▲3九玉、▲2八玉と囲いに入るのを待つ指し方がよかった。

5図以下の指し手
▲5三桂成△同金▲4五桂△4四角▲3三桂成△同角▲2四歩△同角▲2五銀(6図)

 先手有利とはいえ差はまだ僅かと思われた。後手玉は金銀4枚で堅い。控え室の予想は▲4五桂だったが、△4四角と粘られる。その次▲5三桂左成とやっても、△6九飛と打たれ、▲4二成桂と取れば△同銀と、目標の銀に逃げられる。また、▲3三桂成と銀の方を取れば、△同金右と金の方が逃げてしまう。つまり、▲4五桂から▲5三桂左成は、取りに取りを重ねて重い筋というわけだ。

 となるとうまい攻めがないようだが、ここで指された▲5三桂成の空捨てが実に軽い。軽くてパンチが利いている。ここで先手有利がはっきりした。

 今なら後手は△5三同金と取るしかなく、そこで▲4五桂と跳ね、いわゆる「筋にハマッた」寄せとなった。

 6図を見ると、先手4八玉が最も好い所にある。藤井九段も局後、4八の玉を軽く叩きながら「ここがよかった」というようにうなずいた。

6図以下の指し手
△3一桂▲4一角△6九飛▲2四銀△同銀▲2三歩△同玉▲4二角まで、藤井九段の勝ち。

 右の手順は特に言うところもない。

 終了は午後11時寸前。淡々と感想戦をやってから、青野九段と出た。負けたので何処かに寄る気持ちにもなるまい、と思い、麻布まで送って別れた。

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現在の角換わり腰掛け銀最新型の6八玉(4二玉)のままで戦う感覚を左右反転させたのが、この時の藤井猛九段。

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穏便に行くなら4図からの△6四歩に対し、▲同歩△同角▲6五歩と収めておいてから、▲3九玉~▲2二玉と銀冠に入城するところ。

それを、△6四歩を反撃の好機と見て、藤井九段は騎虎の勢いの戦いに突入する。

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▲2五歩に△同歩だった場合は、▲2四歩△同銀▲8一飛成から▲3四桂を見せているのだと思う。

▲5三桂成がプロ感覚満載の妙手。

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藤井システム風玉頭攻撃と石田流の捌きが合体した、藤井九段の超豪華指し回し。

しかし、私などがこの戦型を真似すれば、最大級に酷い目に遭うことは間違いない。

昭和の振り飛車党には絶対に指しこなせない戦型だ。