「ヨネさんの▲1六歩は発狂の一手だ」「大山王将のと金の使い方はひどすぎる!」

非常にわかりやすく、なおかつ歯に衣着せぬ激辛の解説。

将棋世界1983年4月号、第32期王将戦七番勝負〔米長邦雄棋王-大山康晴王将〕第3局、「タイトル戦を斬る 激談:大内延介VS森雞二」より。

大内 この将棋、ぼくは将棋会館で大盤解説してたんだけど、なかなか指し手が当たらなくてね(笑い)弱っちゃった。

森 ぼくも仲間と研究していましたが、双方に疑問手がとびかいましたね。

大内 だから、どんなふうな話になるかわかんないけど、とにかくスタートしよう。

森 大事な将棋だと大山王将は四間飛車が多いですね。

大内 で、△7二銀(1図)の早上がり。玉頭位取りに備える、最近流行りの銀上がり。これも大山さんはよく指している。

森 ただ、穴熊にはできなくなっちゃいますけど…。森安八段もよくやってますね。

大内 岡山スタイルというところかな。

森 (▲6八銀を見て)米長さんは居飛車穴熊はほとんどやんないですか。

大内 たまーに見かけるけど、対振り飛車には左美濃が多いね、ヨネさんは。でも大山さんには、なぜか玉頭位取りが多いみたい。(△5二金左(2図)に)ちょっとおかしいんじゃない、これ。普通は△6四歩でしょう。

森 金を上がったために、後で△7二飛と回れないから▲7五歩の位が取りやすくなったということですね。

大内 金上がって7五の位を取られるんだったら、△7二銀の早上がりの意味がない。

森 銀を上がるんなら△6四歩ですか。それでも▲7五歩なら△6三銀から△7二飛。

大内 そう、そう。金の態度をなかなか決めない人だと思ったけどね、大山さんは。

森 △8四歩(3図)は、場合によっては△8三銀から△7二飛で位の奪還を目指した手。

大内 △5四銀までは必然の運びとして、ヨネさんの▲3六歩は普通は突かないよね。

森 結局、△8三銀から△7二飛の牽制ですか。ゆっくりしていると、やってきますから。形が崩れた時に▲3五歩から▲4六銀をねらって…。次の大山王将の指し手がすごい。

大内 △4五歩(4図)か。思い切った手だねえ。△8二玉と上がったら、どうなったんだろう。

森 角上がったり(▲7七角)金上がったり(▲6七金)するんじゃないですか。

大内 それなら△8三銀から△7二金で、後手陣もしっかりしてくるよ。

森 じゃあ、△8二玉に▲3五歩と仕掛けてみましょう。△同歩に▲3八飛と。

大内 それだと飛車回って(△3二飛)飛車走って(▲3五飛)銀引いて(△4三銀)振り飛車十分に戦えるな。(変化A図)

森 次に△2二角を見て振り飛車戦えますね。それなら▲3五歩△同歩▲4六銀を気にしたんですかね。

大内 △3六歩▲3八飛△4五歩▲3五銀△6五歩で、大丈夫なの?

森 ウーン、これは、振り飛車楽勝ですね。

大内 だから4図の△4五歩は相当に危険な手だと思うんだ。

森 ▲3五歩といけないわけですから、△4五歩では△8二玉の方がいいのかも。ここでの決戦は振り飛車大歓迎ですものね。

大内 居飛車側から見るとありがたい。▲6五歩からの角交換がいつでもできるから。

森 ▲6八金上(5図)で▲7七角は仕掛けるのが遅くなるからでしょうか?

大内 ▲7七角~▲8八玉~▲7八金の方が形がいいけれど、3手かかるからね。例えば▲7七角だと△1二香▲8八玉△8三銀。ここで▲6五歩は居飛車側も離れ駒があって危険きわまりない。で、▲7八金だけど後手にも△7二金と締まられて互角の戦いになる。

5図以下の指し手
△1二香▲8六歩△8三銀▲2四歩△同歩▲3五歩△同歩▲6五歩(6図)

森 ▲6八金上と一手で締めておいて、敵の離れ駒を待てばいいわけだ。それで△8三銀と上がった瞬間に、ドーンと行った。

大内 △8三銀と上がらざるをえないようでは、さっきの△4五歩がどうだったか。適当な手待ちが難しいでしょう。

森 待ちっこだったら、居飛車側は▲7七角と上がればいい。形もいいですしね。

大内 これでやられちゃうとなると、△4五歩は相当大きな意味をもつ。

森 ▲3五歩の突き捨ては必要な手ですか?

大内 角交換してからの角を広く大きく使いたいということでしょう。▲3四角とか▲1六角のようにね。

6図以下の指し手
△8八角成▲同玉△3六歩▲7七桂△2五角(7図)

森 △8八角成が封じ手ですが、この一手ですね。逆に▲3三角成とされると…。

大内 △6五同歩▲3三角成△同桂▲2四飛のように無条件に飛車が走れるようなら、これは完全に米長ペース。

森 ▲6五歩を△同銀と取るのは…。

大内 ▲3三角成△同桂としておいて、ここで▲6五銀と▲8七銀の二つの応手がある。

森 ▲6五銀なら△同歩▲2四飛で、後手の金が浮いていますからねえ。

大内 △4六歩▲同歩と突き捨ててから△6六銀の打ち込みか…。

森 なるほど、難しいことは難しい。

大内 この変化がうまくいかないなら▲8七銀と引くか、次の▲7七桂に期待して。

森 先程の△6五同銀の手で、△8八角成▲同玉としてから△6五銀もあるんですね。王手飛車の筋を残して。

大内 それだと▲8七銀と引いて…。

森 △3六歩▲7七桂△3三角としても、やはり振り飛車指しにくい。どっちみち後手をひくからと、▲8八同玉の形にして△3六歩。

大内 ▲7七桂と王手飛車を防いだ手に△2五角(7図)。なんともすごい手だね。

森 いかにも大山王将らしい手ですね。

大内 亡くなった山田道美九段とこういう将棋があったねえ。普通こんな角打つと負けちゃうもんだけどね。

森 読み筋なんですね。△2五角以外だと、飛車の走りをちょっと防げない。例えば△2二飛だと▲6四歩△同金▲3一角。

大内 しかし、居飛車側としてはこういう角を打ってもらうと…。

森 楽ですね。歩も成れないし(△3七歩成)

大内 ここじゃ居飛車良しといってもいいんじゃないの。

7図以下の指し手
▲6四歩△同金▲3五角(8図)

森 ▲6四歩△同金に▲3五角。いい手ですね。角成り(▲5三角成)と角出(▲2四角)をみて…。

大内 筋違い角と筋の角だから値打ちが違う。ここじゃ、もう米長ペースと思ってました。

8図以下の指し手
△5二飛▲6五歩△6三金▲2四角△1四角▲1五角△2五歩▲6六銀△2二飛(9図)

森 △5二飛で△4三飛は…。あっ飛車切って角打ち(▲3四角)でダメか。

大内 ▲1五角に△2五歩だもんね。つらいよ、これは。

森 △2二歩だと▲2四飛と浮かれ、次の▲3四飛からの飛車成が防ぎにくい。

大内 そこでジッと▲6六銀。米長ペースだ。

森 △2二飛(9図)で△3七歩成は▲同桂なら△3六歩でいいんですが、▲同角と取られていけませんね。

(中略)

9図以下の指し手
▲3四歩△3二飛▲3三歩成△同桂▲3八飛△2六歩▲2八飛(10図)

森 △3二飛に▲3三歩成△同桂として、ここからの飛車の使い方がおもしろい。▲3八飛と回って△2六歩と突かせ、また▲2八飛と戻るのが…。

大内 いい感じだね。

10図以下の指し手
△2五桂▲2六飛△4六歩(11図)

大内 △2五桂(10図)で△3七歩成は▲同桂で、△3六歩なら▲3四歩でこの取り合いは先手良し。△3六歩で△2五桂と跳ねても、▲3三歩△3七桂成▲2六飛△2五歩▲3二歩成△2六歩の時…。

森 あっ▲5五歩(変化C図)がひどいじゃないですか。それで踏み切れなかった。

大内 ▲2六飛に△3七歩成も…。

森 ▲3三歩と一発たたかれて、飛車がどこに逃げても▲3七桂でやはり先手良し。

大内 そこで△4六歩(11図)か。手筋だね。

11図以下の指し手
▲5五歩△4五銀▲4六歩△同銀▲2四角(12図)

森 ▲4六同歩なら歩が成るって意味ですか。

大内 そう。▲3三歩と同じようにたたいても△6二飛と逃げておいて、今度は角筋が通って突き捨てが大きな利かしになる。

森 ▲5五歩は、こう突きたいところですね。

大内 引くわけにもいかないから△4五銀。これからうまく銀を取っちゃうんだね。▲4六歩△同銀に▲2四角(12図)。これがいい手だった。

森 うまい手でした。先に▲3三歩は△4二飛と回られてダメなんですけどね。

12図以下の指し手
△3五銀▲3三歩△4二飛▲3五角△4九飛成(13図)

大内 △3五銀は苦しいけどしょうがないのかなあ。

森 銀の行くところがないですもんね。まさか△4五歩とは打てないし…。

大内 ▲4四歩△3四飛▲4二角成で…。

森 ダメだ。歩が重たくなっていますね。

大内 ここじゃヨネさんが楽勝するかと思っていたんだけど。

森 △3五銀は勝負手ですが、▲3三歩と打たれて。

大内 飛車の取り合いは振り飛車が悪いから△4二飛と回ったわけだ。しかし▲3五角で銀の丸損。それも単なる銀損じゃないもんね。玉頭の厚みがすごいから。

13図以下の指し手
▲6四歩△6二金引▲5四歩△同歩▲3二歩成(14図)

大内 ▲6四歩から手筋の攻め。決まったかと思ったけど▲3二歩成。これは緩手だ。

森 疑問ですね。ここでは▲3六飛と歩を払って、次に▲4六飛とぶつけちゃう。

大内 そう。▲3六飛だと△4五竜しかないと思うけど、いったん▲3九飛と引いて△3八歩と打った時に▲6二角成と切っちゃう。

森 △6二同金の一手に…。

大内 ▲8九飛(変化D図)と回って、金銀持っているから8筋を攻めれば楽勝と解説したんだけれど、入ってきた手は▲3二歩成。ビックリしたよ。ヨネさんらしくない手だ。

森 実戦心理としては▲3六飛はこわい手ですね。この歩を取ると△3七桂成で角が働いてくるし、竜を引かれて▲3九飛に△3八歩と打たれるとね。角切って▲8九飛で優勢には違いないんですけど、それをやると相手にも手を作らせると思ったんじゃないですか。

14図以下の指し手
△9五歩▲同歩△9七歩▲同香△9八歩▲6三歩成△同金▲6九歩△9九歩成(15図)

大内 △9五歩。ウーン、こんなところで手ができるものなのかねえ。△9八歩を▲同玉と取ると、△3七歩成がイヤだったのかな。

森 それと△9六歩▲同香△9七歩の筋が、いつでも振り飛車の権利ですからね。

大内 たしかに気持ち悪い。▲6三歩成から▲6九歩は実戦ならこうやるね。

15図以下の指し手
▲1六歩△3七歩成▲4六飛△同竜▲同角△9八飛(16図)

森 ここで米長さんは▲1六歩と指したんですけど、これは全然信じられないですね。

大内 なんだかわかんないね、どういう意味だったんだろう。△3七歩成に▲1五歩で勝てると思ったのかな。でも△3六とで…。

森 なるほど、負けですね。△3六と▲同飛△3七桂成▲同飛△6九角成(変化E図)とパーッと殺到されてね。だから▲1六歩は本当の一手休み。パスに等しい。

大内 気が狂った感じね。

森 △9九とは取ってられないですか。

大内 取りたいけど△3七歩成で…。

森 やっぱり角が働いてきますか。でも▲4六飛とぶつける手がある。

大内 歩打って(△9六歩)▲同香に飛車打ち(△9七飛)のねらいが残る。すぐは▲9八飛受けがあるけどね。

森 ちょっと取りにくいですね。ここでは。

大内 翌日の新聞でも”驚いた”とは書かれていたけど、どうやればいいのか書かれていない。

森 はっきり結論が出ていないんですか。

大内 すると銀損した大山流の指し方は、決して悪くなかったということなの。

森 だからその前の▲3二歩成がおかしかったんですよ。▲3六飛で決まっていれば、やっぱり銀損は悪いわけです。

大内 (15図から)▲6五桂はどう、王様を広くして。

森 歩成るか(△3七歩成)歩受けるか(△4四歩)だけど、受けるのが好きな人だから(笑い)△4四歩と受けておいて、次に△6四歩の桂取りと見せて…。

大内 やっぱり▲9九同玉と取って切らせるしかないのか、▲6九歩と打ったんだから。…で、発狂の一手をやったわけだ。

森 △3七歩成とされてガク然したんじゃないですか。予定だったら▲4六飛に30分も考えないですものね。

大内 予定変更でしょう。夕食休憩(▲4六同角)ではおかしい、というヨネさんの感想がある。

森 そうでしょう。9九にと金がいて飛車を渡そうっていうんですからね。でも飛車交換してからの△9八飛(16図)が、またおかしい。普通は△4七とでしょう。

大内 △4七と▲3五角△5八と(変化F図)と指し、▲同金なら△9八飛で後手有利。あるいは△4七と▲3五角に△8九飛と打ち、▲7八玉に△9八ととされても困るんだ。

森 (△8九飛▲7八玉△9八と、に)▲5六金と上がる一手。

大内 そこで△3七桂成と成っておいて、次の△5八とが強烈。

森 なるほど▲4二飛でも△6二歩が立つし、▲4一飛は…△5八とが詰めろですか。

大内 ねえ、これでも勝ちなんだよ。

森 なぜ△4七とと指さなかったのか、今でもわからない。

大内 この将棋は謎だらけ。(笑い)

森 △4七とから△5八とと指せば、これは勝ちますね。

大内 大山王将だから△9八飛と打ったとも言える。この局面をアマチュアの人に”次の一手”の問題として出したら、ほとんどの人が△4七ととするんじゃないかな。

森 考えすぎて、寄せにいっちゃったんですね。それが寄らなかった。

大内 △9八飛が決め手と思ったんでしょう、きっと。夕飯をはさんで。

16図以下の指し手
▲8七玉△3六と▲2四角△9六歩▲同香△9四歩(17図)

森 △3六ともわからない。考えられるのは▲3五角と出られるのがイヤなだけ。

大内 次の飛打ち(▲4一飛)がイヤだったのかな。でもと金は4七の方がいいね。

森 ただ△4七と▲3五角に△5八ととやると、今度は▲7八金と寄られてダメですね。

大内 △4七とと指せば△8九飛の筋からきてるんだよね。△9八飛だから△3六とという感じになっている。つまり△9六歩▲同香△9四歩という手順に期待していて、△3六とで▲2四角と角をボカしておけば優勢だと思ったんじゃないの。

森 なんだかこの順は、▲3二歩成から▲1六歩の手順に似ているんじゃないですか。

大内 似てる。これで帳消しだ。

17図以下の指し手
▲7八金△9五歩▲8八金△9六歩▲9八金△同と▲7八玉△9七歩成▲5七金△2三角▲5六歩△6四香▲4二飛△6二歩(18図)

森 ▲7八金!これがいい手だった。▲9四同歩は△9五歩▲同香△同飛成でダメですからね。

大内 まさに絶妙手。大山王将の△9五歩から△9六歩は、自玉を安全にしながら攻めていこうという欲張った指し方。あわよくば入玉もといった考え方で、むこうも入玉するんなら負けはない、とみてたんだ。しかし、▲7八金からのズリ寄りの金が米長流の絶妙手。これからのヨネさんの凌ぎがすごい。

森 △9六飛成とできないのがつらい。

大内 ▲7八玉△9八と▲8七金でやっぱり竜が殺されるからね。

森 △8七同竜▲同銀で、と金が4七にいたら負けないのにねえ。(笑い)

大内 ▲5七金がいい味だから、大山王将がこれを勝ち切るのは大変だと思ったね。

18図以下の指し手
▲8五歩△8七と▲同銀△8八金▲6七玉△8七金▲4一飛成△6六香▲同金△7八銀▲5八玉△4六歩▲8四歩△同銀▲8三歩△9三玉▲9五歩△9四歩▲8二歩成(図) 
 まで、139手で米長棋王の勝ち

大内 ▲8五歩が米長流の決め手。

森 なんともきつーい一手ですね。

大内 うまい手だなあと思った。横から攻めるのはダメなんだ。例えば▲4一飛成と成って、▲6一竜と金を取ってもこれが詰めろになっていない。

森 横からだと受けがいっぱいありますからね。

大内 ここで△8七ととやったんでハッキリした。わかりやすくなった。

森 楽になりましたね。△8五同歩と取ってまだむずかしいんじゃないですか。

大内 そう。▲8四歩△同銀▲8五銀とぶつけても、△同銀▲同桂の時がなんでもないからね。

森 △8七とを指すにしても、△同歩と取ってからの方がまだアヤがありましたね。

大内 △8七とで△6六香と銀を取っちゃダメかな。▲同金に△4六歩と垂らして…。

森 詰めろですか?

大内 じゃないけど、なんかむこうに駒が渡せないっていうか。

森 それだと▲8四歩△同銀▲8三歩。まあ仮に△同玉と取ったとして▲8五歩(変化G図)が詰めろですね。

大内 △8八と寄と王手をして、▲6七玉と上がる一手。

森 ▲6八玉と寄ると?

大内 △5七銀▲6七玉△6六銀成▲同玉に△5五金(変化H図)と打って詰み。

森 ほうーっ。なるほど。だから▲6七玉。

大内 で△7八銀に▲6八玉。これで振り飛車側が詰めろになっているかどうか、だけど。

森 ▲8四歩△9四玉▲9六香△同と▲8三銀で詰み。でも相当に難しい変化ですね。

大内 でしょう。必ずしもこうなるとは限らないけど、△8七とよりははるかに難解。

森 △8七とでわかりやすくなりましたね。

大内 △7八銀から同じような攻め方をしているけど、ハッキリ一手足りなくなった。

(中略)

森 最後は手筋の連発で鮮やかでした。

大内 最初はヨネさんが銀得になって楽勝かなと思ったけど、▲1六歩の緩手をついた大山王将の攻めがすばらしく逆転した。しかし△9八飛と寄せにいったのが失敗で、ヨネさんのズリ寄りの金が実現した。

森 △4七とですね。あそこは。それで終わりだとみんなで言ってたんですけどね。

大内 悪い方は”どうせ負けだから”と大胆に勝負手を連発する。優勢な方は”大事にいこう”ということに必ずなる。実戦心理とはそういうもので、勝ちを意識したとたんに▲1六歩や△9八飛の悪手が出る。”タイトル戦に名局なし”というけど、三つともひどいね。お互いにソウ状態になっている感じ。

森 タイトル戦だと不思議と自分本来の実力が出なくなりますね。(笑い)

大内 ムードに負けるんだよね。(笑い)

森 しかし、これから一波乱も二波乱もありそうな感じがします。

大内 大山VS米長という屈指の好カードだもんね、これからがますます楽しみだ。

—————

大内延介八段(当時)と森雞二八段(当時)という、振り飛車党の二人による豪快でわかりやすい解説。

このような高段者同士が遠慮なく話してくれると、難しい変化も追ってみようという気持ちになる。

というか、このような長編を書こうと思わせるほど、魅力的な内容だ。

森雞二八段が読者のために、上手な聞き手になっているとともに、煽り役にもなっている。

—————

大内八段の「▲8九飛(変化D図)と回って、金銀持っているから8筋を攻めれば楽勝と解説したんだけれど、入ってきた手は▲3二歩成。ビックリしたよ。ヨネさんらしくない手だ」

ヨネさんらしくない手だと言われても、▲8九飛は大内八段にしか指せないような、他の棋士はあまり指さないような大内流の手にも思える。

このような勢いがあるところも面白い。

 

 

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冷房嫌いの三浦弘行八段(当時)がワイシャツ姿になった対局

将棋世界2002年10月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。

 この日は好カードがたくさんあったが、中で注目の一番は、A級順位戦の、藤井九段対三浦八段戦。

 いきなり本題に入り13図は寄せ合いに入ろうか、というころの局面。後手陣は申し分のない好形で、攻めも桂香を取れるからわかりやすい。攻守ともに心配がなく、後手が楽に勝てそうだ。

 しかし、それは外野席の見方で、藤井九段はすこしも楽観していなかった。事実、13図で▲6八金と受けられると容易に寄らず、次第にわけがわからなくなった。

 そして夜11時ころの局面は14図。控え室には継ぎ盤が一つ。田中(寅)九段と深浦七段が対し、中村、先崎両八段、日浦七段などが見ている。

 13図から見ると14図の後手陣はずいぶん危なくなっているが、△7四銀と受けて後手優勢。角銀を渡さないかぎり心配はない。

 というところで三浦八段に奇手が出る。

14図以下の指し手
▲4七金引△同竜▲3七金△5八飛▲6八金打△7九金▲6七玉△6八飛成▲同玉△7八金打▲6七玉△3七竜(15図)

 ▲3八金と取るのは△5九角成で後手勝ち。飛車を持ってもしょうがない。欲しいのは角である。

 というところで▲4七金引が指された。△同竜と取られてただのようだが、竜の利きが変わったので▲3七金と取れる。

 金がくるりと入れ替わって奇術を見ているようではないか。

 さあ角が入った。後手玉は一手すき。控え室も「逆転もあるのでは」の雰囲気である。

 藤井九段は14図のところで時間を使い切り、残り1分。しかし、読んであったのだろう。奇手に動じなかった。

 △5八飛がお返しの好手。

 これに対し、▲6八桂は、△6七金▲同玉△5七飛成▲7八玉△7七竜以下詰み。で、▲6八金打と金を使うしかなく、これで後手玉の一手すきがほどけた。

 さらに△7九金も好手。▲同玉と取れば、△5九飛成▲6九金打△8七香成▲5九金△5七竜までで必至。飛角桂では後手玉は詰まない。

 三浦八段は△7九金と打たれたところで7分考えた。取っても逃げても負け、と自分にいい聞かせたのだろう。▲6七玉と逃げる手を選んだが、△6八飛成から△7八金打と決め、ここで△3七竜と駒を補充する手があった。このとき控え室で「あっ冷たい手があったな」の声がもれた。

15図以下の指し手
▲6五歩△5六歩▲8五桂打△同香▲同桂△同銀(16図)

 後手は▲8二角と打っても△9二玉で詰まない。▲8二銀不成は筋らしいが、これも△9二玉で詰まない。

 先手は手段に窮したかに見えるが、▲6五歩という手がある。控え室でも発見され、まだまだ先手が粘れる変化もあった。まったく勝ち切るのは容易じゃない。

 しかし最後まで藤井は乱れなかった。▲8五桂打△同香▲同桂のとき、勇気を持って△同銀と取ったのが決め手。怖がって△8五同銀と取る手で、△8四玉と逃げるのは、▲6六角で長引く。

16図以下の指し手
▲6六角△8四桂▲同角△同歩▲8二角△8三玉▲7五桂△7二玉(17図)まで、藤井九段の勝ち。

 遅くまでかかり、終了は午前1時近かった。投げたと知るや、検討陣はいっせいに帰り、感想戦に残ったのは、関係者以外では深浦七段だけだった。感想戦は序盤から一手一手について詳細に繰り返され、勝負所と思われる場面の研究に入ったのは、1時間くらいたってからだった。

 室内は熱い。冷房嫌いの三浦八段もワイシャツになっているが、藤井九段は背広の上着を脱がずネクタイもゆるめなかった。気分がよくて、暑さなど気にならなかったのだろう。

 それはそうだ、今期は混戦必至だから、ここで勝ち越したのはとてつもなく大きい。

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14図からの▲4七金引がまさしく奇術のような凄い一手。

▲4七金打の方が手堅いように見えるが、△1五角成とされたときに▲2六金と打てなくなる。

リアルタイムで見ていれば、藤井ファンも三浦ファンも生きた心地がしないような対局だっただろう。

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「感想戦は序盤から一手一手について詳細に繰り返され、勝負所と思われる場面の研究に入ったのは、1時間くらいたってからだった」

対局に敗れた日の夜、普通なら飲みに行くかあるいは家に帰って寝てしまうところ、三浦弘行九段は自宅で敗れた対局を並べ直すと何かで読んだ記憶がある。

相手は気心の知れた兄弟子の藤井猛九段。

自宅で敗れた対局を検討するがごとく、非常に熱心な感想戦になったのだと思う。

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私も、夏でも背広の上着を脱がない男、と呼ばれていた。

冷房嫌いではなく冷房は大好きなのだが、上着を脱ぐと、

  • 上着のポケットに入れている財布や名刺入れが知らぬ間に落ちても気が付かないのではないか
  • 外を歩く時に上着を手に持つのは、かえって面倒
  • 室内はそこそこ涼しいし、外は裸で歩いても暑いわけで上着を1枚脱いだからといって暑さは変わらない

のが主な理由。

私にとっては、家の外に出ている間に背広の上着を脱ぐということは5年に1度あるかないかのこと。

それはともかく、上着を脱いだことを言及されるほど、三浦弘行八段(当時)も上着を脱ぐのが珍しかったということになる。

三浦弘行九段が四段時代の冷房にまつわるエピソードもある。

加藤一二三九段、真夏の嘆き

 

 

盤上が真っ黒になった対局

将棋世界1985年10月号、高橋道雄六段の第26期王位戦〔加藤一二三王位-高橋道雄六段〕第3局自戦記「結果は後から………」より。

 外は30度を越え、かなり暑い(らしい)。

 来道した三度、何れも猛暑で私には「北海道は暑い」のイメージしかない。

 昨年は第2局、北見温根湯温泉で行われた。北海道らしく普段はクーラーなど無用とのこと。当然その設備が無い。

 こりゃたまらん、とクーラーを付けてもらったのはいいけれど、その力が私の方まで届かない。対局中は汗のかき通しだったのを憶えている。

 その対局はその後珍エピソードがあった。

 二日目の最終盤。誰かが窓を開けた為に、虫が対局室へ大挙して乱入。盤上をも我が物顔で飛び回る。

 双方秒読みである。そんな事かまっていられる状況ではない。

 ビシッビシッ。可哀想に盤上が虫たちの墓場と化した。盤上まっ黒。

 妙な体験であった。

(以下略)

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北見温根湯温泉で行われた1984年の王位戦第2局は、高橋道雄王位(当時)と加藤一二三九段の戦いで、高橋王位が勝っている。

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盤上まっ黒になってしまったということは、ブヨの比率が高かったと考えられる。

加藤一二三九段は思いっきり力強く駒を打ち付けるので、相当の数の虫が一手ごとに盤上に張り付くことになったことだろう。

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春や夏の季節、対局中に窓を開けると、対局室が集虫灯と化してしまう。

窓を開けたわけではないが、テレビカメラ用のケーブルが引かれていることによってできた障子のわずかの隙間から大量の虫が入り込んできたのが1995年の名人戦第1局。

最終盤ではなかったためか、関係者が虫を撃退した。

森下卓八段(当時)痛恨の△8三桂 =第53期名人戦=

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晩秋なのに大量の虫が出たのが、出雲大社「勅使館」で行われた1995年の竜王戦第3局。

寒くなってきたので電気ストーブを急遽入れたところ、冬眠中の虫たちが起き出してきて…という展開。この時は観戦記者(武者野勝巳六段)と記録係(野月浩貴三段)と担当記者(小田尚英さん)が虫を排除している。

竜王戦秘話

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テレビ東京の早指し将棋選手権戦で、スタジオ内を飛んでいた1匹の虫を一撃で退治したのが、対局中の加藤一二三九段。

加藤一二三九段の虫退治

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1995年の名人戦第1局ではブヨが多く入ってきた。

蚊取り線香でブヨが近づかないのなら、それはそれで一つの風情だが、ブヨに普通の蚊取り線香はほとんど効き目がないという。

どんなことがあっても対局室の窓は開けない、というのがタイトル戦における鉄則なのではないかと思う。

 

 

関西若手棋士の痛烈緊急座談会に対する大反撃

昨日からの続き。

将棋世界1985年3月号、「関西新鋭対談 東西ライバル棋士を斬る」より。

出席者は、谷川浩司名人、福崎文吾七段、南芳一六段、脇健二六段、西川慶二五段。司会は神吉宏充四段。(タイトル・段位は当時)

神吉 まず最初に―、皆さん将棋世界の2月号読んでくれましたか。こん中で田中寅さんがごっついこと言ってますなー。なんや谷川名人が意味のない名人やとか弱い名人やとか。それについて西川センセはどう思いますか。

西川 いきなり僕ですか。(笑)田中発言ねー。前まではねー、将棋の技術的なことばかり言ってたんですけど、最近は歌のことで文句言ったりしてね。(笑)ちょっと発言が子供っぽいですね。

神吉 文吾ちゃんはどうでっか。田中発言は。

福崎 ちょっと言い過ぎちゃいますかー。普通に考えて。

神吉 具体的にどこがひどい?

福崎 ちょっと想像を絶することが書いたるんでねー。とにかく信じられませんわ。

神吉 田中さんのことどう思う?

福崎 あんまり会ってませんけど、変わってますわ。中原先生のことを書かれてますからね。中原さんは十六世名人やし谷川さんも十七世名人の候補やし、そういう人をつかまえて、ああいうのはどうかと思いますわ。そう書いたから面白いとかどうかでなくて、どう意味があるのか。

神吉 うーん、そうやね。南君は?

南 ……ある程度までは将棋界のためにもなると思いますけど、度を越してると思います。将棋界のためにも面白いという意味もありますけど。ちょっと常識を超えてると思います。

神吉 うーん、常識を超えてると。脇先生もそろそろどうでっか。

脇 まああれですね。田中さんとしては谷川さんを引き合いに出すことで自分の宣伝をしているんじゃないですか。アピールというか。でもまあ、ちょっとやり過ぎですね。(笑)

神吉 私もそう思いますよ。谷川さんの将棋以外のことまで言うというのは、私ら谷川シンパの軍団としてはちょっとオモロないですよ。

(中略)

神吉 みんなの気持ちはだいたい分かりましたが、ここらで名人にどう思っておられるか聞きましょう。

谷川 まず、今までの将棋界というのはおとなし過ぎたと思うんですよ。タイトル戦の挑戦者でも「がんばります」ぐらいしか言わないと。そういう意味では彼が出てきたのはいいことだと思うし、田中さんの場合それで売ってきた。例えば対談や座談会なんかでは、彼なら何か言うだろうという期待が周りにありますよね。それに対するサービス精神みたいなものもあるでしょう。ただ、将棋のことなら、皆、名人になろうと思ってやってるんだから「オレが一番強い」みたいに言うのはかまわないと思うんですが、最近は将棋以外の事まで言うようになってきた。この辺は少しおかしいでしょ。

(中略)

神吉 うーん、かなり盛り上がってきましたね。(笑)文吾ちゃん、どう。谷川名人だけ目の仇にしとるちゅうのはどう思う。

福崎 でも先月号では中原先生のことも書いているし。本当にこういって人のことこきおろしてるのが将棋界のためになってるのかどうかですね。

脇 でも、下に向かって文句言わんのはエラいよ。上にしか言わんから。

谷川 会ってみると、すごくいい男なんですよ、彼は。

神吉 それが、どうしてこうなっちゃうのか。それが不思議というか。

脇 やっぱりさっきも言った宣伝という意味もあるでしょ。自分の宣伝もあるし、将棋界の宣伝もあるし。

神吉 じゃあ相手のことは何も考えてないんですかね。

西川 言われることに慣れてないって意味もあるでしょ。将棋界は。芸能界や野球界じゃ、まったく仕事に関係ないプライベートな部分でもたたかれちゃうし。でも、今の将棋界のファン層では面白いと思う人よりも反感買うことの方が多いんじゃないですかね。田中さんがどういうところを狙ってるのかという興味はありますけどね。

神吉 さて、田中発言はこんなところにして、次に関東と関西の若手棋士の比較論というのをやってみたいと思います。性格、棋力、体力など総合的に比較して。まず最初は谷川名人と田中八段。このライバル関係をどう見ますかね。

(中略)

神吉 それでは、ここで少し視点を変えて、福崎七段と田中寅彦八段を比較してみたらどうですかね。

脇 将棋の質は全然違うね。似てるのは両者とも穴熊を得意としていることだけですね。

谷川 (福崎七段に)田中さんはあなたに期待してましたよ。例えば十段リーグに入った時なんか、面白い将棋が見られるんじゃないかって。

福崎 面白い、面白いってばかり言われんねん。(笑)そやけど田中さんはA級八段としては最年少やし、勝率もすごいし、僕は実際B級やし、比べるのはおかしいでしょ。

谷川 そう言うけど、あなた今度、二人が入れ替わる可能性もあるんですよ。

福崎 いや、それはまあ…。

神吉 入れ替わってほしいと。(笑)それはいいとして、二人の将棋を比べてみましょ。福崎さんの将棋は、分からんというか神秘的というか。大駒もなんも関係なくたたき切っていくし。

福崎 おもろいやろ(笑)

西川 二人は対照的ですよね。片方は何でも言うけど、福崎さんは自分のこと何にも言わないから。

神吉 そう、それを白日の下にさらさないかん。そういえば、南君が最近、福崎君の家によく行ってるようやけど、南君に福崎評を聞きましょ。どうぞ。

南 ……。どうと言われても。

福崎 普通やろ。

神吉 ほな、ゲームやってる時はどないや。

南 ゲームやってる時は……明るい。

神吉 ほな将棋指してる時は。

福崎 普通やなあ。

南 将棋やってる時は……ちょっと怖い。

一同 大笑い。

福崎 ほんでも今日、ここにきてる人間はみんな人のこと言われへんくらい変わってんのやからな。ほんま人のこと言われへんで(笑)

谷川 福崎さんの将棋は○○二世とか言われませんよね。それだけ独創的だと思いますよ。

西川 去年、福崎さんと一局指したんですよ。その日の朝、駅で偶然会ったんですよね、福崎さんと。そしたら会うなり「西川君、今日はなに?」と聞かれましてね。びっくりしましたよ。

福崎 そんなことあったかいな。

脇 そんで将棋は?

西川 いや、まあ……ゆるめてもらいました。

一同 笑い。

福崎 西川君は汚いんや。脇君とやったら「今から行くで―」ってかっこうで攻めてくるけど西川君は横向きながら攻めてきよんねん。ドッジボールであるやん。横向きながら投げるやつが。あれとおんなじや(笑)

(中略)

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関西若手棋士の座談会、(中略)にしてある部分では、もう少し手厳しい発言も出ている。

福崎文吾七段(当時)は、後半で現在に近いキャラクターが出ている。

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いろいろなことがあったのか、田中寅彦八段(当時)が連載中の「名人、A級十人 ここが強い」は、田中八段の意志で痛烈緊急座談会が掲載された翌月号で急遽最終回となる。

将棋世界1985年3月号、田中寅彦八段の「名人、A級十人 ここが強い」より。

 まず根底に、中原先生を見て育った私には、名人とは絶対的に強いものなのだという気持ちがあります。いろいろなタイトルを取り、名人位を守り、優勝を重ね、序盤のわずかな有利をそのまま生かし、勝ち切るすごい人でした。その名人を破る、これが私の望みです。

名人は一つのタイトル名ではなく、棋界の最強位なのだと思います。

谷川名人、米長四冠王、ともにすごい人だと思います。素晴らしい人間だと思います。しかし、名人以外のタイトルを持たない名人、名人を取らない四冠王……それでは本当の天下人、本当に強いとは言えないのではないかと、今も思っています。

先月号での私の発言は、座談会もこの講座も、将棋の本筋とはかけ離れ、将棋ファンの皆さん、棋界の諸先輩にまで不愉快な思いをさせてしまい、申し訳なく、反省しております。

私自身、四、五段の時から言いたいことを言ってきて、名人になると言って気違いかとも言われましたが、自分の思うところをあえて言う。例え人の将棋に対する評価でもこれは大切なことだと、プロ棋士として必要なことでもあるのではないかと思っています。

しかし、今回はまさに犬の遠吠え。将棋とは関係のないところにまで踏み込んで、それを自分の尺度で論じたり、嫌味を言ったり、本当に、なにをそんなに焦ったのか、恥ずかしく思っています。

中原先生はいつもの口調で「こういうことは自分に返ってくるからね」と言われました。一応、弟弟子ではありますが次回当たった時には、きっと本気で弟弟子とは思わず相手をして下さると思います。その時は必ず、恥ずかしくない棋譜を残したいと思います。

強くなりたい、誰にも有無を言わさないほど強くなりたい。

未熟ゆえに、思うところを表現できず横道にそれて、恥をさらしたままで終わるのは残念ですが、「技は徳にまさり、徳は技にまさる」という先人の言葉を思い出しつつ、とにかく私には技を磨く以外にはないと思いました。

(以下略)

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将棋世界1985年4月号、加藤治郎名誉九段の「この面白い芝居からは、目が離せないねえ」(前編)」より。聞き書きは香太さん。

 今の将棋界の隆盛の端緒となったのが名人戦が出来た時で、それが昭和10年でしょ。ボクらがその頃、ようやくこの世界に入ってきた。だから将棋界の黎明期から今の隆盛期までずっと見てこられたわけで、そういう意味では一番いい時に生まれてきたかもしれない。

今の若い人でも”ああオレはいい時代に生まれてきたなー”って思っている人がいっぱいいますよ。そういう人は必ず伸びていくね。

今、田中(寅)八段がいろいろ問題になっているでしょう。あれは活字になると強く響くんだよ。笑い顔で「谷川とか米長とかあんな弱い将棋」とか言って、その前に「神様より」とか入れればなんでもないし、彼だってそんな悪意があって言っている訳じゃない。確かに言い過ぎの部分はあるけれども、だけど彼なんかは「私はいい時代に生まれてきました」っていうことをちゃんと認識してるからね。これは大したものだと思うよ。

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「名人以外のタイトルを持たない名人、名人を取らない四冠王……それでは本当の天下人、本当に強いとは言えないのではないかと、今も思っています」

は、非常に切れ味が鋭い。

有言実行、田中寅彦八段は、この3年後、棋聖位を獲得する。